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 昨日から今朝の明け方までゲームをし続けて、ろくに飯も喰ってなかった。その後はそれこそ飯を喰うどころじゃなかったしな。

 今日も剣で腹を貫かれたのに水しか口にしていない。

 

 部屋を見渡したが、飯のようなものはなかったが、服がベッドの隅に置いてあった。

 麻か綿かは知らぬが、そういう系統の布でできた上着。誰かのお下がりなのか黄ばんでいるようにも見える。本当は白かったのだろう。臭いはない。それがせめてもの救いだ。

 素人目で見ても裁断は雑で、服の形に切られた布にただ袖を通している印象だった。


 ボトムスも単なる布で、唯一の違いは元から茶系の色合いだということぐらいか。

 靴は俺愛用の黒の運動靴がそのまま置かれていた。触ると、手に赤い染料のようなものが付いた。これはまさか血なんじゃないだろうか。しかも俺の。

 獣人に腹を一突きにされたのを思い出して、気分が悪くなった。


 忘れよう、忘れよう。あんな怖い出来事は。

 それよりもっと楽しいことを考えよう。例えば、さっきのメイドの女の子の事とか。

 あ、そういえば、あの子の名前を聞きそびれたなぁ……。もう一度会えるだろうか。

 ハーレム異世界生活に可愛いメイドは欠かせないからな! ぜひお近づきになりたいものだ!


 部屋を出ると、左右と正面に通路があった。正面の道の先には大広間が広がっていた。

 入口には小さな板が掛けられており、何かが書いてあった。

 見たことも無い字だったが、なぜか読むことができた。「食堂」と書いてあった。

 ここが食堂なのか。

 大きな卓が1つ。その他は小さな4人座りのテーブルが複数ある。

 腹は減ったが、金は無いし、誰もいないので、ロビーのような所に出た。ロビーも人取り見回すと、とりあえず外に出てみることにした。


 ギルドは街の中心から少し外れていたようで、そこまで歩いて行くとレンガの道がずっと続いていた。人通りが多く、建物は白や赤みがかった土壁のようで、西洋の観光地のようにも思えた。


 海は見えないが地中海の町みたいだな~。行ったことないけど。


 店での売買には客が何かコインのようなものを手渡していた。

 この町でも何かを買うには通貨を使っているようだった。


 やっぱりこの世界でも金は必要なんだ。これからどうすればいいんだよ……。

 せっかく生きていたのに、あのハンマーフォールっていう大男に殺されちゃうのかな……。


 それにしても腹が減った。そして疲れた。全然歩いていないのに、もう疲れてしまった。

右も左もわからない異世界で生きていかなきゃいけないのに、この体力のなさはヤバいんじゃないか?


 ギュルルルル~~。


 ああ、腹減った。どうすりゃいいんだ……。


「お~い、そこの君~」


 声を掛けられ振り返ると、女性が立っていた。


「あ、やっぱり君だね。ダメじゃない。勝手に外に出ちゃ」


 女性が俺に向かってそう言った。そして悪戯っぽく微笑んだ。

 彼女の笑顔を見た瞬間、風を感じた。暴風だ。実際には風など吹いてはいない。

 しかし、風が吹いたのだ。俺の胸に。そう、今まで感じたことのない程の突風が吹き抜けていった。

 

 ズキューン!


 くっ……。な、なんだ。この胸への衝撃は……!! 

 

 なるほど、そういうことか。

 どうやら恋に落ちたらしい。


 彼女は俺より少し年上だろうか。薄い栗毛色の髪が肩辺りまで伸び、その間から抑え目に尖った耳が見える。

 癒しをふり撒く為にできたような垂れ目に青っぽい瞳。笑うと大きな眼が糸のように細くなる。髪を耳にかける仕草がなんとも色っぽく、彼女が奏でるその声は安らぎを与えてくれるかのうようだ。

 ()れると包み込んでくれそうな、たわわな胸も()ることながら、彼女が持つ雰囲気が醸し出す包容力と母性がその性格の美しさを現しているかのうようだ。

 話していて分かったことだが、ララーさんはギルドで働いているようだ。

 ハーフエルフなのだろうか。そんなこともこれから聞くことができるのかもしれない。


「お腹が減っているんじゃないの?」

「えっ、なんで分かったんですか?」


 この女性、俺の事ならなんでも分かっているのか?

 逢った時からそういう運命にあるのかもしれない。


 口に手をあてて、くすりと彼女が笑う。こんな笑い方もするんだ。

 その発見に加え、なんなのだろう。この空間に漂う癒しの空気は。可愛いという言葉だけでは済まされんぞ。


「いえいえ、ずっとお腹が鳴っているようだから」

「え?」


 ギュルルルルル~~~~~。ギュルルルルル~~~~~。


「ははは……。な、鳴っていますね」


 俺、かっこ悪ぅぅーーー!!


「ふふふ。ヒブリア家のメイドさんから聞いているわ。大変だったわね。私はララー・エピカ。ララーと呼んで下さいね」


 ラ、ララーさんか。いい名前だ。


「あ、あの俺は因幡(いなば)ヒロトといいます」

「へぇ、じゃあヒロトくんって呼ぼうかな。ふふふ」


 YES! YES! いいね! ヒロトくんだって!

 何度もガッツポーズを取ってしまっていた。それを見たララーさんが口に手をあてて、笑った。可愛い。


「面白いね。ヒロトくんは」


 女の子に名前呼ばれたのっていつぶりだろ。いや、母親以外に呼ばれただろうか。

 やべー! モテ期到来か!?


「ヒロトくんはどこから来たの?」


 おお……。そういう設定のこと何も考えてなかった。とりあえず、アンパイな回答をしておくか。


「東のそのまた東からですね」

「東?」

「ええ、東の果てといいますか……」

「東の果て? ヒロトくんまさか……!!」

 

 (ほが)らかだったララーさんの表情が一瞬で曇った。これは、禁句ワードだったか?


「果てって言っても、ララーさんが想像された程の果てじゃないと思いますよ」

「ああ、なるほど。でも、それなら何か特別なことができるんでしょ?」


 うーん……。この質問の意図が何を意味するのか……。ララーさんももしかして不死者(アンデッド)だと思っている? もしくは転生者なのを知っているとか。

 考えても分からん。ここは無難に答えておくか。


「特別なことと言っても、俺の場合半端者ですからねぇ。ははは……」

「まぁ、そうか。見た感じ若そうだしね。ところで、ヒロトくん、これから住む所どうするの?」

「どこか住むところを借りたかったんですけど、お金もないし…」

「お金が、ない……?」

「こっちに来る時に無くしちゃったみたいで」

「あら~、かわいそうね」


 自分で言うのもなんだが、今のは危なかったぞ。セーフだ。セーフ。


「じゃあ、ギルドで一緒に住んじゃおっか」


 急に俺の周りから音が無くなった。聴力にかける分析能力を全てシャットダウンしないことには脳内の分析が追いつかないと推測される。

 今、俺の記憶が正しければ、ララーさんとんでもないことを言ったよね?

 「一緒に住んじゃおっか」って。

 とてつもなく衝撃的な言葉を発した後なのに、天使のように微笑んでいる。これは夢だろうか……?


「おーい、ヒロトくん?」


 我に戻り、思考の底に沈んでいた聴力と判断能力を呼び戻した。


「え、は、はい!」

「一緒にすんじゃう?」


 ゆ、夢では無かった。やはりララーさんは俺を明らかに誘っている。

 おい、慌てるな俺! こんなことで取り乱していたら、色々とバレるぞ!

 落ち着け、深呼吸だ。よし、深呼吸をしよう。


 …………。


 駄目だ! ドキドキが、ドキのムネムネが止まらない!!


「め、迷惑じゃないんですか?」

「迷惑なんて。ここも人が足りなかった所だし、ヒロトくんが来てくれると私、すごく助かるんだ。部屋も1つ空いているから好きに使ってね」


 俺がララーさんの近くで住むだけで、ララーさんが喜ぶ? それなら答えは一つじゃないのか? ララーの喜びは俺の喜びだろ??

 俺は、必死に縦に首を振った。


「良かったぁ。じゃあ、一緒にギルドに行こっか」


 ララーさんが俺の手を取り、ギルドに連れて行ってくれる。

 手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、手、ララーさんの手! 俺、ララーさんと今、手を繋いでいる!!


 ギルドに戻るとララーさんが髪の毛を後ろで結び、夕飯の支度を始め出した。ララーさんの他にもコックがいるようで、料理はその人が作っているようだ。


「もうすぐみんな帰ってくるから、夕飯の準備に入るわね。その辺りで座ってて。ごめんなさいね。すぐにご飯を出せなくて」

「いえいえ、俺のことは気になさらずに。それよりも俺も手伝いますよ。なんてったって、俺も住み込むんですから」

「初日からそこまでしてもらうのは申し訳ないけど、そう言ってもらえると助かるわ」


 なんか本当に夫婦みたいじゃないか。ララーさんとこれから一緒なのかー。楽しみだなぁ。はぁ~かわいい。


「ヒロトくん。そっちの食器並べてくれる?」

「はい!」


 ギュルルルル~~~。


 相変わらず、腹は鳴っているが、俺の心は満たされている。

 ララーさんの見本の置き方に倣い、中央の20人程が座れる大きな卓に食器を並べていく。

 皿を並べるぐらいなら余裕だな。腹もほとんど痛まないし。


「あ! いけない」

「どうしたんですか?」

「ヒロトくん。君怪我しているんだったね」


 駆け寄ってきたララーさんが片膝をついて、俺の腹部を擦ってくれた。


「痛い?」


 くぅぅぅ!!!! 世の彼女持ちは日々こんな良い思いをしていたのか!! ちくしょう~! 

 なんだよこの可愛さは! ララーさんに触れられただけで、俺の腹部に異常なんてものは皆無に等しくなりましたよ!


「大丈夫?」


 ギュルルル~。


 腹が俺の代わりに返事をした。

 いいタイミングで腹が鳴るもんだ。それがなんだか可笑しくって2人で笑い合った。

 カサブタは触っていると、キレイに剥がれた。それを見て、ララーさんが今度は驚いた顔をしていた。

 笑っても驚いても可愛い表情をする人だなぁ。

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