4-3
「部下に心配されるようじゃ、大隊長も終わりだな」
不意に横からそんな言葉が聞こえてきた。
言葉の主は詮索する必要も無く、一人と断定できた。ジャッカル・エクリプリウムだ。今回、俺が大隊長になったことに一番不満を持っている男と言っても大袈裟ではないだろう。
「お前が現時点で大隊長への適正があるとは、俺は認めていないからな」
「手厳しいな。ジャッカルさん」
「当たり前だ。飼い犬に手を噛まれた気分だ」
冗談で言っているのかと思い、眼だけを移したが、ジャッカルさんの表情に笑わせようとするものはなかった。
俺が新人の頃、ジャッカルさんに指導を受けた。ジャッカルさんはギルドの中でも古参でソングさんに次ぐ存在だ。メンバーからも好かれ頼りにされている。
少々プライドの高さを感じることはあるが、大隊長の適正も申し分ないように思える。
ジャッカルさんが俺を認めたがらないものも無理はないだろう。それに関しては理解できるが、そう感じるであろうジャッカルさんを俺の下に付けるクライフの無神経さに腹は立った。
「俺はまだ大隊長を降りるつもりはない。だいたいこのギルドは人材に不足などしていないだろう。それなのに新人に毛の生えた程度のダイナスティ、お前なんかを大隊長に抜擢するクライフの無神経さには腸が煮えくり返りそうになる」
クライフに対する思いだけは共通したものらしい。
少ないながらもジャッカルさんとの共通点が見えたことは喜ばしいことだった。
「砂の国まで走っていくと40日はかかる。それをクライフは10日で進むとぬかしやがった。いまだ俺たちは騎馬を10頭程で他は徒だ。10日でなんか着くはずがない。あいつの意地の為にムチャクチャなことをされちゃ、こっちはたまったもんじゃねぇ」
ジャッカルさんは、昔はこんなに愚痴をこぼす人ではなかった。
あの日を境にこんな感じになってしまった。
「ちっ。面白くねぇな。全く」
口癖は昔から変わらないようだ。
俺がこのギルドに来て2年が経ち、3年目になろうという所だが、ジャッカルさんは少し老けたように見える。老けたといってもこの人もまだ25、6の歳だ。若者の部類に入る。
濃い茶色の髪の前髪を立てて額を見せている。身長は心労からか少し縮んだように見える。それでも180㎝弱はある。
鍛えることが趣味で二の腕周りなんかはララーさんの太ももぐらいはありそうだ。
ソングさんと二人がこのギルドの双璧と呼ばれ、ハンマーフォールさんからの信頼も厚い。
だから今回の采配にはジャッカルさんや俺だけでなく、皆が疑問に感じている。あのジャッカルさんが選ばれないはずがないと。
急に行軍のスピードが落ち始めたと思ったら、前の部隊から伝令が走って来た。
「どうした?」
「休憩を取るみたいだ」
伝令は先行するスターキルさんの隊の者だった。俺より年長だからタメ口なんだろうが、なんか釈然としない。
「なに? まだ走り始めてそれ程経っていないじゃないか」
「俺にそんなことを言われても困るな。ダイナスティ。ブラッド・ステイン・チャイルドの旦那が疲れたんだそうだ」
そう言うと、伝令は「戻る」という意味で、手を挙げた。
ギルス・フーガッタとかいう奴は、何を考えているんだ。あいつの為に行軍が遅れるのは許せない。クライフも機嫌が悪いのが予想された。
草原で小休止となった。
抗議の1つでも入れてやろうと思い、クライフとフーガッタの元へ行くと二人は草原の落ちていた石の上に腰を降ろし、談笑していた。
クライフの機嫌が悪くない。なぜ?
「なぜ、こんなに早い段階で小休止に入ったんですか?」
「ああ、ダイナスティ。お前もここに座って話さないか?」
行軍を遅らせた張本人であるフーガッタが悪びれることなく、暢気にそんなことを言ってきた。
「あんた、これは子どもの遠足じゃあないんだぞ?! 分かっているのか、フーガッタ」
「速いんだよ」
「は?」
「あんたたちの行軍スピードが、俺が想像していたより遥かに速いんだ。だから時間を合わせる為にここで休んでもらうことにした」
何を言っているんだ、コイツは?
行軍スピードが速くて何が悪い。クライフは10日で到着すると言っているんだぞ。
クライフの方を見ても余裕の表情で笑っている。
こいつら何を企んでいる……。
クライフが笑ったまま、立ち上がった。
「ダイナスティ。到着までの時間配分については気にするな。こっちで手を打ってある。それよりもジャッカルと上手くやれよ」
「クライフ。あんたも人が悪いよ。ジャッカルさんは俺からすれば、いわば師匠だ。そんな人を俺の下に就けるなんて」
「お前が苦しんでいる所を見るのも面白そうだろうと思ってな」
半分冗談で、半分本気だろう。クライフが上機嫌なまま石に腰かけた。
交替するかのようにフーガッタが立ち上がった。
「さっきは文句の1つも無いような顔をしていたが、本当は困ってたんだねぇ」
「クライフに文句の1つでも言ってやろうと思っただけだ」
「部下の前では弱音は吐かないか……。人ができているというか、大人というか大事に育てられたんだろうねぇ」
テンガロンハット越しにフーガッタの意地の悪い顔が覗く。
大事に育てられた? って、誰にだよ。
自分の隊に戻りながら、そんなことを考えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
両親が亡くなってからのことは、あまり覚えていない。
後から聞いたことだが、異変に気付いた村の一人が家に入って惨状を発見した。
その村人は子どもの俺を心配することもなく、父が死んだことに憤りを露わにしたようだ。
村人が周りに伝えていくことで、両親の死は村の皆が知ることとなった。
唯一覚えているのは村人たちの表情だ。調整役だった父が亡くなった事で次の領主からの徴収をどう乗り切るかということで、苛立ちと諦めを同時に顔に表していた。
なぜこの人たちは悲しまないんだろう……。村の為に頑張ってきた父が亡くなったのに。
その後、その場で俺を誰が引き取るのか話し合わされたようだ。
皆が渋り押し付け合った。この村には自分の家族以外を養っていける家は皆無に等しかった。
「私たちを騙し続けてきたダイナスティの子どもを引き取るなんて、まっぴら御免よ」
そんな言葉が耳に入ってきて、俺は自分である決心をした。
「近くの村に知り合いの家があります。そこへ訪ねてみようと思います」
集まった大人の表情が急に明るくなった。
頭を撫でてくる者までいた。今さらになって「大丈夫か?」と気遣うふりをする者もいた。
勿論、近くの村に知り合いがいるということは、全くの嘘だ。そして、恐らくここにいる大人全員が、俺が嘘を言っていることに気付いている。
10歳にも満たない子どもが村の外で生きていけないことなど、大人達は知っている。だが、自分の家に来られても迷惑なことはそれよりも遥かに理解しているのだ。
子どもとはいえ、一人の人間が自分の意思で自分の進路を決めたのだ。
大人達はその子どもの「意思」を尊重したと自分に言い聞かせられる。
すぐに出立の準備をした。準備といっても自分自身の物などほとんど無いに等しかった。部屋にあった家財道具や食器類は俺が気付かない内に大人達が思い思いに気に入ったものを勝手に持ち帰ったようだった。
この家にはこれから誰も住まないのだから、家具や食器は確かにいらないのである。
そんな大人達も俺が出立する時には、皆見送りに来てくれた。
なけなしのジャガイモや米など申し訳程度に餞別として渡してくれた。
皆が怯えた表情をしていた。
この子どもが「やはりここに残りたい」と言い出しかねないと思っているからだろう。
「大丈夫。俺、出て行くよ」
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この物語の1話目です。
是非こちらからも見て下さい。
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