3-20
3章完結。
立った状態だったクライフが自分の椅子に深く腰をかけ、脚を組んだ。
俺とクライフは机を挟んだ状態。
「お前もおせっかいな奴だな。ええ? ヒロト」
「まあ、そう言わんでくれ。俺はあれ以来ダイナスティのことは良く思っている。だから、今回の人事には喜びもあったが、同時に不安でもあったんだ」
「そうか。お前のように考えた奴がほとんどだろうしな」
「どういうことだ?」
「皆、ダイナスティに何か光るモノを感じている。だが、まだ経験が浅い。歯痒いものをどうにかする為に行動に移す必要があったというだけだ」
なるほど。ダイナスティに対する感情は、俺やソングさんだけが抱いていただけではないんだ。だったら、ダイナスティにとって今回のこの抜擢は良い方に考えた方がいいのかもしれない。
ダイナスティ自身もその辺に気付いたから、あんな表情だったのかもしれない。
クライフが話題を変えてきた。
「ところで、今回の遠征。全体の流れは把握できたか?」
「まあ、なんとなくだが」
「よし、言ってみろ」
クライフがまた師匠モードに入っている。クライフが登壇した際に説明した内容を自分なりに解釈し、それをクライフに話した。
「お前は、この西方の地図は持っているか?」
「いや、地理はざっくりとは分かっているが」
本当は、地図すらも見たことがないし、どういう国の形をしているかも分かっていない。
砂の国? 今いる国が光の国だってことも初めて聞いたよ。
クライフが地図を2枚放った。地図は机の上を滑ってきた。
地図は人間族の国の物と人間族を含めたスンスール大陸の地図とがあった。
スンスール大陸……。大陸の名前も初めて知った。
人間族の国は5つあり、スンスール大陸の南西側にある。西側から光の国がある。その北に風の国、北東に森の国、東に水の国がある。そして今回問題となっている砂の国は光の国以外の3ヵ国と繋がる状態で光の国からみれば、北東側にある。
人間族から見て、北にエルフ族の国、そのもう1つ北に魔法使い族の国がある。砂の国に接するように獣人族の国があり、砂の国と多く接する形で旧ドワーフ領がある。ドワーフ自体は昔に絶滅していると言われている。
旧ドワーフ領は獣人族の国の一部となっている。旧ドワーフ領の進んで住もうとする獣人族の民がいなかったこともあり、この地域ではゴブリンを多く使役しているのだと、クライフが説明してくれた。
「最短ルートなら砂の国までどれぐらいかかるんだ?」
「地図上での最短ルートなら、約1,400㎞。歩兵が通常行動をした場合、40日程度か」
「40日……。それで間に合うのか?」
「間に合わんな。グティもそんな遅い対応を望んではいない」
「じゃあ、どうするんだ? クライフ」
「関係無いな。お前たち居残り組には」
「なんだよ。その言い方は。まあ、途中まで付いて行くから、その時にでも教えてもらうよ」
クライフが一瞥をくれた。
「居残り組は見送りも禁止だ。ここでお別れだ」
「え? な、なぜ? またまたぁ、冗談が過ぎるぜ」
「いや、これはハンマーフォールさんと決めたことだ。居残り組は居残り組で自分たちがどう動くか徹底的に考えてもらいたい」
「そ、それは、何があるっていうんだ?」
「憶測では言えんな」
「そんな状況で俺たちは何を考えればいいんだ?」
「今回の遠征では、光の国の各領地から多く出兵されている。ギルドに限らずヒブリア領、そして光の国全体に何かが起きるかもしれない。まぁ、そう考えているのも我らギルドとグティぐらいのものだがな」
「では、グティは遠征にはいかないんだな?」
「いや、そうもいかないようだ。今回は光の国から要請だ。グティがいかないことが知られれば、国王からどう思われるか分からないからな」
グティもこっちに残していく者には何かしら伝えているのかもしれない。情報収集の際にその者と関わっておいた方がいいかもしれない。
何がどれ程の規模で起きるのかも分からないのだから。
■ ■ ■ ■ ■ ■
ギルドの派遣部隊の出立の準備が整ったようだ。
俺の横でソングさんがブツブツと文句を言っている。
それもそうだろう。事情を深く知らないソングさんからすれば、クライフからの嫌がらせのように感じるのであろう。
何度も舌打ちをしながら、腕を組んでいる。
「なあ、ヒロト。絶対おかしいよな?」
「まあ、クライフやハンマーフォールさんにも言い分はあるようですから」
「なんだ? お前、クライフに手懐けられたか?」
「はあ」
「そうだろ。ヒロト、お前はクライフの所に行く前は俺と意見が合っていただろうが。それがクライフの所から帰ってきた途端、意見を180度変えやがって」
「それについても、ソングさんに説明したじゃないですか」
ソングさんが考えるような表情をした。
たぶん、説明をしたことも忘れているのだろう。
ソングさんは本能的、直観的に生きている動物のような人だ。何かが起きてからでもその適応力と瞬発力で対応が間に合ってしまうのだ。
「そんなこと言ってたっけか?」
ソングさんが別な独り言を呟き始めた頃、ハンマーフォールさんが台の上に登壇した。出立するのであろう。
「急な出立にも関わらず、文句も言わず準備してくれ、感謝する。初めて国を出る者もいるだろう。当然不安もあると思う。だが、安心してくれ。クライフやヴァンデン・プラスがなんやかんややってくれている」
ざっくりとした言い方だな。まあ、でもそれがハンマーフォールさんらしいっちゃらしいけど。
「始めは徒で行くが、15日~20日で到着するように進む。方法は追って説明する。じゃあ、体力のある間に駆け足で進むぞ!! いいか!お前ら!!」
皆が思い思いの柄物を握った手を雄叫びと供に掲げた。
「いくぞ!」
先ほどまで物々しかったが、皆がいなくなると急に静かになった。
「ヒロト。これからどうする?」
「剣を教えて下さいよ」
「まあ、暇だしな」
そう言って、ソングさんは俺の肩に手を一度置いてから自分の部屋に戻っていった。
俺も戻ろうかとしている時、モトコが顎を動かして呼んできた。
「ヒロト。こっちに来な」
なんだろ……。前の油を作ろうとして、失敗したのをまた怒られるんだろうか。
「ほれ」
器に入った白い物を見せてきた。バターのようでもないし、石鹸のようでもない。なんだこれ
「な、なんだよ。これ?」
「前にお前が失敗しただろ? だけど私も同じようにやってみたんだ。するとなんだか良さそうなものができたんだ」
「それがこれか?」
「ああ。この脂の塊のようなものは、使いたい時に油として使えるんだ。これは便利だよ」
「はあ」
「これは溶ければ液体の油になるよ。だからさあんたの知っている揚げ物もできそうなんだ」
「でも油の量がまだ少ないな」
「なんだって? こんな量じゃあんたの言う揚げ物はできないってのかい?」
「俺も料理について詳しい訳じゃないから、色々とは言えないが。俺の知っている揚げ物は油の中に食材を入れるんだ」
モトコは口に指をあてて、思考を巡らせているようだった。
「なるほどね。じゃあ、とりあえず油が大量に作れるようにしておくよ。また見に来てくれるかい?」
「え? 俺なんかに料理のスキルは期待しないでくれよ」
「それは前のあんたの腕前を見れば分かるよ。ただ、あんたは東の色々な料理を見ている。あんたの頭の中にあるそのイメージを形にしたいんだ」
「なんでそこまで……?」
モトコが顔を上げ、遠くを見た。
「そうさね、私が東の血を引いていることも関係があるのかもしれない。だからこれは、ギルドの為というより私の我が侭さ」
「そうもとも言えないだろ。料理の幅が広がればそれだけギルドのメンバーも喜ぶよ。俺のできる範囲ではあるけど、力になるよ」
モトコが俺の肩に手を置いて、「ありがとう」と言ってきた。
その後、数日はソングさんに剣の稽古をつけてもらい、夜はアットヴァンスの所へ行き、俺の生き返りについて調べた。合間を見て、モトコの所で揚げ物について俺が知っていることを話したり、試食をさせてもらったりして実に平和に時間が過ぎて行った。
クライフが言っていた『何か』は来ないのかもしれない。こんなに平和な日々が続いているんだ。焦る必要なんかないんじゃないか。
それはそうと、ギルドのメンバーは40日の行程をどう短縮するんだろうか。なにか対策があったのかな。
大隊長に任命されたダイナスティは上手くやっているだろうか。ベテランの部下に辟易としていないだろうか。
だが、それもダイナスティが成長する為の試練なのだろう。
今、自分が成長できていることを実感できている。俺はそういう思いと、平和な時間を過ごすことで、漠然と何も起こらない。そう思い込んでいった。
大丈夫何も起きないさ。クライフとグティの取り越し苦労だったんだろう。
次回から第4章が始まります。
次回、ゴブリン討伐編です。
1-1
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この物語の1話目です。
是非こちらからも見て下さい。
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