3-19
「輸送部隊の指揮はヴァンデン・プラスが行う。1刻後、出発する。以上!」
そう告げると、何事も無かったかのようにクライフは降壇し、奥に消えていった。
クライフが降りた後もざわめいていた。
ダイナスティに目をやると、妙な汗を掻いているようにも見えた。
戸惑うダイナスティを見るのは初めてかもしれない。今回の抜擢は異例中の異例のようだ。
ダイナスティに話しかけるか迷った。俺なんかが話しかけていいのか、という思いと居残りチームだからこそ聞けるものもあるのか、というおせっかい心が俺の心の中で争い競い合った。
そんな中、ダイナスティは不安気な表情のままクライフの後を追いかけていった。
追いかけよう。そう思った時、後ろから肩を叩かれた。
「ヒロト。今のクライフの説明分かったか?」
肩を叩いてきたのはソングさんだった。こんな時に……。
「す、少し後でいいですか?」
「いや、ダメだ。今じゃないとクライフの話しが難しすぎて、話しそのものを忘れてしまいそうだ」
なんだよ。ソング! こんな時に! パパッと説明して早く終わらせよう。
クライフが話した内容を丁寧に説明していった。ソングさんは都度質問をしてくるので、思っていたより時間が掛ってしまった。
「もういいですね?」と断りを入れると、考え込むような表情をした。
「う~~ん」
「どうしたんですか?」などと聞かないようにしよう。そもそもこの作戦にソングさんは関係ないのだから。かくいう俺も作戦には全く関係がないのだ。
「俺が悩んでいる理由聞きたいか? ヒロト」
「いえ、全く」
「だろうな。仕方がないから、お前にだけは教えてやるよ」
いや、全く興味がないんだが。本当に。心の底から。
「俺はいつもは人選に対して、文句なんてしねぇ。それがベストだと信じているからな。だが、今回の人選には聞いておかねぇとならねぇことがありそうだ」
「ダイナスティのことですか?」
「ああ。だが、俺はダイナスティが部下を率いれられねぇなんてのは思ってもいねぇ。あいつはよくやっているよ。俺が部下に就くことになっても、なんら問題ねぇなあ」
「……」
「じゃあ、なぜダイナスティについて文句があるのか? って顔をしているな」
ああ、当たりだよ。馬鹿ソング!
「ダイナスティは実力で選ばれたと俺は思う。だがな全員がそう思うのか? 長い遠征だ。その間にダイナスティが皆を掌握できなかったらどうなる? 俺はそれが気掛かりなんだよ」
正直驚いた。ソングさんがここまで人について観察をしている人だとは思っていなかった。俺はまたソングという人を甘く見積もっていたのかもしれない。
彼は馬鹿で阿呆ではあるが、人の心の動きがよく分かる人物なのだ。
「それで、ソングさんはどうしようと思うんですか?」
「クライフに聞いてくる」
「それなら、俺が代わりに聞いてきましょうか。言い方を間違えれば、クライフは自分を否定してきたと勘違いしかねません。俺はいつも突拍子も無いことを口にするので、最近ではクライフが俺の言葉の意味を理解しようと心がけてくれています。どうせ、クライフの機嫌が悪くなるんであれば、今のソングさんには適任とは言えないですよ」
「ヒロト。俺が適任でないとはどういうつもりだ。俺はクライフと腹を割って話せない関係を築いてきたとは思っていねぇぞ。コラ!」
「落ち着いて、ソングさん落ち着いて。今回なんでソングさんは行けないんですか?」
「うぬぬぅぅぅ……」
「そんなことでクライフが私情を挟むとは思えませんが、俺が適任でしょ」
ソングさんが舌打ちをしたまま、横を向いてしまったので、俺が行くことを渋々了承したと勝手に捉え、クライフとダイナスティの後を追いかけた。
食堂まで行くと、ダイナスティの訴える声が聞こえてきた。クライフの部屋の方角のようだ。急いで駆けていった。
ダイナスティは部屋には完全に入っておらず、クライフの部屋の扉を開けたまま、その近くに立っていた。
「抜擢されたのに不服か? ダイナスティ」
「当然です。理由も分からず、皆をどう説得するんですか?!」
「理由か。そんなものは自分で考えろ」
「なっ……!!」
クライフが手招きをしたようで、ダイナスティが数歩だけ部屋に入っていく。不服そうな表情は変わっていない。
「ダイナスティ。貴様は俺が何か理由を言えばそれで納得するのか? 納得すれば、それをそのまま部下に話すのか? 『クライフがそう言うから、俺がお前たちの命を預かる』と」
「そ、それは……」
「そんな奴の下に皆就きたがるだろうか。俺は、いやハンマーフォールさんと俺はお前の適正を考えて今回のポジションを与えた。お前はお前なりに自分の評価を考えた上で行動をすればいい。簡単なことだ」
「か、簡単なことって……」
「ダイナスティ。お前との話しは終わった。後ろで盗み聞きをしている馬鹿の話しも聞いてやらねばならん」
げっ! バレた。
俺はそろりそろりと部屋に入った。どんな顔をしていればいいのか、よく分からなかった。
「ヒロト?!」
ダイナスティが驚きながら名前を読んできたので、愛想笑いのような苦笑いを浮かべ、会釈だけした。
「相変わらず、時折見せるお前のその表情は、なんなんだ? なぜ笑う? それは東の国特有のコミュニケーション方法なのか?」
「俺が居た国は、表向きはそうでもないが、陰湿な国だったからな。十数年間生きてきた癖がすぐには治るとも思えねぇな。クライフ」
クライフの指摘通り、日本人がよくやる愛想笑いはこの国でも不思議に思えるのだろう。楽しい状況でもないのになぜ笑うのか。俺にも分からねぇよ。そんなこと。なんとなくそうやってしまうんだ。
「それで、何の用だ? ヒロト」
「ダイナスティのことだ。クライフあんたには理由があっての抜擢だったんだと思うが、ダイナスティが気持ち良く指揮していけるようにも、あんたが決めた理由をダイナスティの部下には話してやるべきだと思うんだ。それでなくても長い遠征だ。仲違いなんかがあれば面白くもないものを見ないといけなくなるかもしれない。おせっかいか?」
クライフが口元だけで笑い、髪を掻き上げた。
「ああ、おせっかいだ。だが、お前と恐らくソング辺りだろう。二人のおせっかいに敬意を表して少しだけ話してやろう」
ソングさんと会話をしていたことまで、バレている。いや、クライフは俺一人が申し出をしてきたとは考えなかったのだろう。そこから推測されるに俺が会話した人物に見当を付けたんだ。
「指揮官ってのは、何も腕自慢がなるべきでもない。当然のことだがな。だが、このギルドにおいては序列を決めるのは腕自慢を競う『ランク』しかない。ランクに惑わされていては、本来の意味での指揮官を選び出すことが困難だ。以上だ」
「え? それで終わりかよ」
「ああ、終わりだ、ヒロト。これでも話し過ぎた程だと思うがな。いいか?」
「オッケー。分かったよ。クライフ」
ダイナスティがそう言って頷いた。ダイナスティに文句が無いのであれば、俺がしゃしゃり出ることもおかしいと思われる。
もう一度ダイナスティを見ると、思いつめたような表情より、すっきりした顔になっているようにさえ感じた。
クライフの言葉からダイナスティは自分で何か納得できるものが見つけたのかもしれない。
「では、部下の元へ行ってきます」
そう言って、ダイナスティが反転した。出て行く際に俺の肩に手を置き、すれ違い様に「ありがとうな」とだけ言って駆けて行った。
立った状態だったクライフが自分の椅子に深く腰をかけ、脚を組んだ。
「お前もおせっかいな奴だな。ええ? ヒロト」
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この物語の1話目です。
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