3-18
「では編制を伝える」
クライフには似つかわしくない、ふてぶてしい程の野太い声だ。そうとう頭にきているのかもしれない。
なぜ、本当のことを言わなかったのか。いや、言えるはずがない。ゴブリンを誰かが扇動しているというのは、考えすぎなのかもしれないからだ。
「兵士が10名、それをまとめる小隊長が9名、3つの小隊をまとめる大隊長3名。参謀が俺でトップがハンマーフォールさんだ。その他13名は輸送部隊として動いてもらう」
皆がざわついた。顔を見合わせている。
「ど、どうしたんですか?」
顔は前を見たまま、ソングさんに聞いた。
「9人しかいねぇのに、13は必要だからなぁ」
「え? ど、どういう……」
「ちっ! こんな時にホント俺は何をやっているんだろうなあ」
なるほど。それもそうだ。ギルドのメンバーでBクラス以上はハンマーフォールさんやクライフを含めて12人しかいない。
ソングさんもその12人の1人なので、残りは当然9人となる。小隊長、大隊長、輸送部隊をまとめる者で確実に13人指揮ができる者がいないと成り立たないのだ。
そう思って、もう一度見てみると、「誰が抜擢されるのか」皆の関心はそこにあると分かった。
「気になるだろ? なあ、気になるよなあ? まあまあ、待て待て」
皆の関心をあざ笑うかのようなクライフの表情。今から悪戯をする子どものようだ。
「俺たちはヒブリア候から要請があり今回赴く訳だが、そもそもなぜこんな事態になっているのかだけ説明しておいてやろう」
「ええ~~~」
ブーイングが起こった。小難しい説明なんかより、暴れることを楽しみにしている者の方が多いこのギルド。説明なんか飛ばしてさっさとゴブリンを狩りたいのだろう。
クライフはブーイングをものともせず、説明を始める。クライフのこういったスルースキルは見事なものだと感心してしまうな。
「ゴブリンの暴動は通常だと5,000。多くても10,000ぐらいの奴隷のゴブリンが騒ぐものだ。暴動が発生した国や周辺国からの援軍を含めて正規軍は少なくとも2,500。多ければ7,000程度が派遣されれば事足りる。それが今回の場合、通常の14倍の70,000ものゴブリンが集結してしまっている」
通常の14倍という言葉に、それまで積極的に聞こうとしていなかった者も関心を示し始めた。
「知っての通り、これ程、大規模な暴動は異例だ。奴隷が70,000も集まるのか不思議に思うかもしれんが、その数の中には野生のゴブリンも混じっているようなのだ」
ギルドメンバーが挙手で質問してきた。
「ちょっと待ってくれ。野生のゴブリンなんか人間族の国にはほとんどいないはずだ。もしいるとしたら、元々ドワーフがいた領土じゃないのか? あっちは今じゃ獣人族の領土だろ? そんなの獣人族側でどうにかできないのか?」
「暴動がどこで起きたのかまでは、俺の元にも情報は入ってきてはないが、ゴブリンどもは着実に南下している。まるで何か1つの意思に導かれるようにな」
関心が高まれば、自然と質問も出てくる。クライフはそれに対して必要最低限に対応していく。
「砂の国は、旧ドワーフ領と接していて、その北東側にビーストキングダム(獣人国家)がある。旧ドワーフ領に野生のゴブリンが多いこともあり、砂の国では奴隷のゴブリンも他国に比べると多い。その使役してきたゴブリンが暴動を起こしているので、街がある意味機能しなくなっている」
「奴隷がいなくなったからと言って、なぜ街が機能しなくなるんだ?」
気になってしまい、俺もついつい質問してしまった。
「ヒロト。お前の国には奴隷はいなかったのか? それはどうでもいいが。仮に奴隷を使うとして、お前なら奴隷にどんな仕事をやらせる?」
「……自分たちがやりたくない仕事だろうな」
「そうだな。糞の始末なんてちょうどいいと思わないか?」
「確かに……」
「糞の始末なんてものは、嫌がる者が多いが国や街、もっといえば小さな村でも欠かせないものだ。ゴブリンのような奴隷や罪人などにやらせている街は光の国でも多い」
このヒブリア領では奴隷はあまりいないようだから、罪人を使っているんだろうか。
「まあ、このヒブリアでは奴隷も罪人も極力使わないようにしているようだが」
俺の心を見透かしたように、クライフが笑う。
なんて、性根の曲がった奴なんだ。
「糞を必要とする人々がいるということだ」
「なんだよ、それは?」
「ここまで言って、何も浮かばないとは。やはりヒロト。お前はどこかの王族か何かか?」
悪戯っぽく笑うクライフ。イライラするが、俺がいた世界じゃ下水が確立されていて、水を流すだけで糞の処理なんてものはできていた。その後、糞がどうなっていくとかは小学生の頃学んだ記憶があるものの、細かいことなんかは覚えていない。
前の世界じゃ、そういうことに関心がなくても普通に生きていけた。
でも、それは誇れることには思えなかった。今になってなぜかそれが悔しかった。
「農民などは糞を欲する。熟れると肥料になるからな。その他として、薬師なんかもそうだ。糞はやっかいなだけではないんだよ。役に立つ。ヒブリア家はそこに目を付けた。糞の処理をする者に高額の金銭を出すようにし、雇用の確保を進める他、生活排水や糞が水流に乗って一箇所に集まるような仕組みも作りつつある」
それって、下水なんじゃ……。
この世界にも下水処理があるのか?
「糞を集めることが容易になる上、糞を扱う者はそれを熟れさせ肥料として農家へ売ることもできるようになった。農家がより多く食物を作り出すことは領地の生産性が上がることに繋がるからな」
俺への教育の時間が終わったのか、ギルドのメンバーに向き直り、話しを進めるクライフ。
「そんな訳で砂の国はゴブリンの暴動によって2つの意味で危機的状況に陥っている。隣国の風、森の国からも当初3,000ずつ程兵を派遣したようだが、ゴブリンが増えに増え対応が困難な状況となっていると報告が入っている」
クライフが手を広げた。
「我らが冒険ギルド『盲目の(・)守護者』、そしてグティエレス・ヒブリア率いる紅の(・)業風は速やかに砂の国に赴き、ゴブリンの中枢である指導者を探し当て、それを撃つ。この2部隊に求められるは、遊撃隊としての働きである」
そして広げた手を上に掲げた。
「だが、我らはギルド。正規軍に非ず。軍隊としての練度は低く、ヒブリア隊と共に行動し続けることは困難の極み。我ら『盲目の(・)守護者』はあくまで冒険者。貼り合わせの軍隊行動の真似事など不要」
掲げた拳を胸の前に握る。
「あるのは一点突破。個人技を最大限に活かした奇襲、伏兵、ゲリラ戦……。敵を惑わし、味方との連携も無視し、ゴブリンの群れの中を掻き分け、狙うは大将の首ただ1つ。いいか? 俺たちは冒険者だ。集団で動くこともあれば、皆バラバラに目標を目指すことも厭わない。何も視ず、そして真実だけを視てやろうじゃないか!!」
喊声が上がった。クライフが皆の士気をあげたのだ。指揮官は任命するが、隊行動を優先するな。目標達成を第一とし、全て行動せよ。
クライフは皆にそう言っているのだろう。
「では小隊長を読み上げる!!」
矢継ぎ早にクライフが言を続けた。小隊長が次々に呼ばれていく。
「次に大隊長。アンナ・フォン・ヘブンリー、セカンドJr.・スターキル、ソーナー・ダイナスティ。以上!!」
ダイナスティ……!!!
ダイナスティが呼ばれた! Bクラス以下のダイナスティが大隊長。これは大抜擢かもしれない。
ブラックウコーン討伐以来、仲良くしてきただけにダイナスティが評価されることは、自分の事のように嬉しく思えた。
半ば泣きそうにもなりながら、ダイナスティに眼をやると、あまりのことに口を開けたまま固まっていた。
おお……、ダイナスティ……。分からないことはないよ。あなたの今の心境。
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この物語の1話目です。
是非こちらからも見て下さい。
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