3-17
ソングさんがのそりと立ち上がった。
彼の心を逆撫でしてしまった。本来の彼を怒りによって眼醒めさせてしまった。
ソングさんは馬鹿なだけじゃない。
沸点が低くて、力が強い。動きも速けりゃ剣捌きも鋭い。
「そ、ソングさん。す、すみま」
「ヒロト」
「は、はい……!!」
「腹減ったよな」
「え?」
欠伸をしながら、ソングさんが続けた。
「腹減っただろ?」
「ま、また寝てたんかーーーい!!」
肩を上下に揺らしながら笑うソングさん。
「ハハハハハ」
声を上げて笑ったので、俺も釣られた。
「へ、ヘヘヘ」
「ホント、俺って馬鹿だよなぁ。なあ!?」
「そ、そうですね」
「やっぱり馬鹿だよ」
「はい!」
「生粋の馬鹿だよ」
「そうですね!」
「肯定しすぎだ。馬鹿野郎」
そう言って、軽く小突かれた。
腹を抱えて二人で笑い合った。
「ソングさん、これからどうしましょ?」
「討伐に向かう奴らを途中まで送ってやるか」
「え、でもそんなことしていいんですかね?」
「構わねぇよ。そんなことよりヒロト。お前は馬に乗れるのか?」
「1度だけ乗ったことがありますよ」
そう言うと、グティに教わって馬に乗った記憶と同時に尻の痛みも思い出された。
束の間思い出に浸っていると、その前に起きたライトブリンガー家での出来事も思い出された。
不死者との疑いから、何の前触れも無くボウガンを脚に射られたのだ。
その日は一度死んでしまっていて、もう生き返ることができなかった。あの場であのまま俺を殺そうとのサラの提案が通っていたら、俺の人生はあの場で終わっていただろう。
考えていただけで身体がブルッと震えた。
「どうしたんだ? 便所か?」
ソングさんが間の抜けた声で問いかけてきた。
この人は馬鹿ではあるが、俺は幾度となく助けてもらった。
ブラックウコーンを倒している時もそうだった。
初めにノーマルのウコーンの倒し方を教えてくれたのもソングさんだったな。
なぜか今日は感傷に浸りやすいのか、昔のことばかりが思い出された。
「ハンマーフォールさん達はいつぐらいに出ていくんですかね?」
「2刻以内には出ていくんじゃねぇのか」
「編制とかはどうするんでしょ?」
「そんなもん俺が知るかよ。そういう小難しいことはクライフにでも聞けよ」
クライフは行軍中もまた寝ずにあれやこれやと考え続けるのかもしれない。
クライフとの出会いは最初はお互いに好印象ではなかった。
会う度に俺のことを「不死者」と呼んできた。一番腹が立ったのは、ライトブリンガー家に俺が不死者だと情報を流していたのがクライフだと分かった時だった。
取っ組み合って喧嘩した。殴り合いになる寸でのところでハンマーフォールさんに窘められた。その後、ハンマーフォールさんに音楽家の所に連れて行かれて、不死者がどれだけこの世界で不吉な存在かと教えてもらった。
振り返ってみれば、クライフの反応が正常で、ハンマーフォールさんやアットヴァンスのじいさん、事情を知っている人たちの反応の方が異常だったんだろう。
ソングさんの方を見ると、ソングさんは鼻をほじって、出てきた鼻くそをピーンと飛ばしていた。
この人も俺に対して何の偏見も無く接してくれている。良い仲間を持った。それが嬉しくてたまらない自分がいることに、今更ながら気付かされた。
辺りが一層慌ただしくなってきた。各々具足を付けて、武具も思い思いのものを持ってギルドの建物の外に集まり始めていた。
「俺らも顔出しておくか」
ソングさんがそう促したので、付いていくことにした。
ギルドの建物を出ると、見た感じ100人程が揃っていた。辺りは夕暮れに近付いている。
ギルドのメンバーは124名だから、居残り組7名を除けば117名はいるはずだ。
だが、こんな時間からそもそも出発するのか?
「ギルドメンバー、124の内、居残り組を除いた計117名揃いました」
ヴァンデン・プラスが落ち着いた様子でクライフに人数の報告をした。クライフが頷くと、ハンマーフォールさんも頷いた。
皆が集まる中、ハンマーフォールさんが一段高い所に立った。柄じゃないといった様子で頭を掻いた後、一つ大きな咳払いをした。
「諸君!」
第一声からよく通る野太い声が耳ではなく、腹の辺りに響いてきた。恐らく皆もそうだろう。この野太い響く声を聞くとなぜかは分からないが、安心ができた。
「久しぶりの軍仕事だ。初陣の者もいるだろうが。安心しろ。俺たちが最強だ! まぁ、対抗できるのはせいぜい業風ヒブリアぐらいのもんだろ」
ぱらぱらと笑い声が聞こえた。
「軍は稼げるぞ! しかも今回はとんでもない数の首がある。ボンクラ貴族どもが腰を抜かす程の首級を獲ってきてやろうじゃねぇか! なあ! みんな!」
皆が片手を掲げて声を上げた。やはりハンマーフォールさんには人を惹き付ける何かがある。そんなハンマーフォールさんを皆が好きなんだというのが嫌でも伝わってくる。
「細かいことはクライフが話す。俺じゃ分からねぇからな」
そう言って、台を降りたハンマーフォールさんと入れ替わりにクライフが登壇した。
「まず俺たちの役割から説明していこう。俺たちはここの領主であるヒブリア家と行動を共にする。兵糧などもこちらからも出すが大半はヒブリア家に出してもらうこととなる。それで編制だが」
「あの、すみません」
クライフの話しに割って入ったのはダイナスティだった。話しの腰を折られるのをクライフが嫌うことは皆が知っていることではるが、ダイナスティはそんなこともお構いなく堂々と挙手した。
「なんだ? 俺の話しを遮るのなら、それ相応の質問なんだろうな。ダイナスティ」
「俺はそれ相応だと思っていますよ。今回の出陣になんでソングさんやヒロトが外されたんですか? 俺は理由も教えられていませんし、納得もできませんね。特にヒロトは」
「連れて行かない理由が必要か?」
「そりゃそうでしょ。クライフが私的な感情からヒロトを留守番に追いやっていると専らの噂ですよ」
俺とクライフは個人間では、もう悪感情は持っていないが、それを理解している者はまだこのギルドの中には少ないのかもしれない。始めのクライフが俺に対していた態度が印象的すぎるのだろう。
クライフは表情一つ変えず、返答する。
「俺が私的な感情の元、ヒロトを外していたとしたら、何か問題でもあるか?」
「なっ!!」
「これは決まったことだ。ダイナスティ。俺たちは今回傭兵として雇われ軍の一部として行動する。軍で一番大切なことは命令を遂行することだ。俺が提案し、ハンマーフォールさんがそれを承諾した。手続きの流れとして何一つ不正なことは行っていない。例え仮に俺の私情があったとしてもだ」
「……」
ダイナスティがクライフを睨みつけたまま黙り込んでしまった。
「他に意見のある者はいるか? 本来俺は話しの腰を折ることは認めていないが、ダイナスティの勇気ある抗議を表して、今だけ聞いてやる。どうだ?」
皆が何も答えず、静まり返った。ここに100人以上がいるとは思えない程の静けさである。
舌打ちをしたクライフが不機嫌そうに手に持っていた紙を開いた。
「では編制を伝える」
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この物語の1話目です。
是非こちらからも見て下さい。
2-1はこちらから!
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