3-15
辺りを見回した。アットヴァンスが背を向け、何かを拭いているようだ。
「あ、アットヴァンス……」
「おお、目覚めたか。だがやはりあれだな。人が眼の前で、自分で死ぬのを見るのはいい気分はしない。医者かどうかなど関わらずにだ」
振り向いたアットヴァンスは不機嫌そうな表情の中にも安堵の色が見えた。
眼が赤くなっているようにも思えたが、気のせいだろう。あのアットヴァンスが泣くはずもない。
床や壁に赤い絵の具のようなものが付いた箇所がある。
俺の首から飛び散った血が広範囲だった為、アットヴァンスが床や壁を拭いていたことが解った。
「経過を報告するぞ」
そう言うと、アットヴァンスが手を拭い、紙を手にして何かを書き込んだ。
「お前は恐らく途中で意識を失ったから分からないだろうが、お前が死ぬまでにワシは200程数えた。そして、生き返り眼を開けるまでにさらに300程数えた。これが何を意味するか分かるか?」
「いや」
200ということは3分程か? 300は5分ぐらいか。ただ、秒や分という概念があるのかも怪しい。おおまかに参考としているぐらいがちょうどだろう。
「お前は死んでから意識を取り戻すまでに短い時間ではあるが、時間がかかっている。ここからは勝手な憶測でそれを出ないものだが、お前が死んでから、少し経つとお前は生き返っていたように思えた。だが、お前の意識が生き返りと同時に戻ってはいない。それが何を意味するのか。つまりお前の身体は死んだ瞬間から生き返る準備活動に入っているんだ」
分かったような分からないような……。
「例えばだが、お前の死因が心臓の破壊だった場合、お前が意識を取り戻すのは、心臓の修復がおおよそできた時。生命維持活動に支障のきたさない所まで行くと、やっとそこでお前の意識が戻ってくる。そうしなければ、生き返り意識が戻った途端にショック死などでまた死んでしまう恐れがある」
「要は急スピードで身体が修復している間、俺が意識を取り戻すことが無いようわざと意識を戻さないということか」
「いや、確定ではない。その可能性があるということだ」
なるほど、それなら今までの状況も説明が付くと思える。ペスを騙す為に心臓を自分で刺した時も、あんなにも大きな傷なら普通は生き返ったとしても、すぐに死んでしまうような気がする。ノーマルウコーンに刺された時もだ。
「生き返りばかりが目立ってはいるが、生き返ってから必要となるその超回復も興味深い」
興味深いと言った言葉がなぜか俺を暗くさせた。
アットヴァンスにとって俺は研究対象ぐらいにしか思っていないのかもしれない。
実際、俺はアットヴァンスと心を通わせられたと思っていた。しかしなんだか落ち込むような気分になった。
「お前の説明を信じれば、お前は1日に1度しか生き返れまい。それなら明日も来い。データ取りの続きをしなければならん」
アットヴァンスはそういうと俺に関心を無くしたようで、手を動かし俺を追い払った。
複雑な気分のまま、ギルドへと歩を進めた。
ギルドに近付くにつれ、人の行き来が増えてきた。
さらに近付くと、騒がしくなってきた。
「ど、どうしたんですか?」
ギルドから出てきた一人に聞いてみた。
「ああ、ヒロト。戻れば分かるさ」
急いだ様子で、それだけ言うと駆けていった。
な、何があったんだ?
俺も急いで戻ろう。
ギルドに着くと、ギルドのメンバーが各々の武具を身に着けていた。
奥に行くと、食堂でハンマーフォールとクライフそれにヴァンデン・プラスが神妙な面持ちで何か話していた。
「やはり、また怒らせてしまったのでしょうね」
「ヴァンデン・プラス。そうは言うが、なぜそこまで奴らが怒るのか俺には理解ができん。対等とは言わんが、不自由はなかったはずだ」
「ガス抜きみたいなものでしょうが。今回は規模が大きいようにも思えます」
クライフが鼻から息を吐き、腕組みをした。
「ガス抜きガス抜きと聞こえはいいが、これは暴動だ」
「人間族と共存は難しいのかもしれませんね。ただ、ただですねクライフ様」
「なんだ?」
「今回は野生の者共も一緒に動いているようなのですよ」
何の話しをしているのか。よく分からない。
「クライフ、ヴァンデン・プラス。何の話しをしているんだ?」
「ああ、ヒロトさん。例の奴らですよ」
「例と言われても俺には全く見当もつかん」
クライフが肩を上げた。
「出たぞ。ヒロトの世間知らずが。お前、東の国ではさぞかしお坊ちゃまだったんだろうな。 世間知らずにも程があるぞ」
「クライフ。そう言わないでくれ。俺も知らないことを恥ずかしく思っているが、聞かないことには一緒に考えることもできない」
ヴァンデン・プラスが口に手をやり、短く笑った。
「ヒロトさんはアイデアマンですからね。私から説明致しましょう。この人間族の国で、ある暴動が起きたのですよ。それも大規模の」
「監獄の牢が破られたとか?」
笑顔で何度か頷くヴァンデン・プラス。答えが解けない生徒に付き合う良心的な教師のような対応だ。
「ははは。発想が逞しいですね、ヒロトさん。もっとありふれた存在です」
「ありふれた存在……」
「奴隷によるストライキです。奴隷と言ってもゴブリンですが」
「ご、ゴブリンを奴隷に使っているのか?! ここではゴブリンなんか見ないが」
皆が顔を見合わせている。また変な事を言ってしまったようだ。だが、もう怯まない。どうせ知らないんだ。世間知らずキャラなら、いっそのことそれを貫いてやる。
「この町でゴブリンを見ないのは、御当主ヒブリア様の方針によります。しかし、他の領地では平然と使役していますよ。300年前の魔王封印後、モンスター発生し出して以来、初期からゴブリンはおりました。人々はモンスターを嫌いはするものの、ゴブリンは別です。扱いが簡単だからです」
ヴァンデン・プラスが碁石のようなものを取り出した。数十個ある碁石を混ぜるように手で遊び始めた。
「ゴブリンは普段なら臆病で、力もそれ程強くありません。飯も残飯などを与えているだけで生き永らえます。知能もある程度あり、人間の言葉を理解できます。人ではない為、賃金を払う必要はありません」
碁石をいくつかのグループに分け始める。
「ゴブリンは家畜とは違い、奴隷です。死んだからと言って、ゴブリンを食べたりはしません。ゴブリンの中でも忠実で頭の良い者や力のある者は、奴隷から抜け出して人の仕事の手伝いや警備兵などを任されることもあります。待遇が格段に良くなるので、奴隷のゴブリンは皆、そこを目指すのです」
一際おおきなグループを作った。
「この奴隷のゴブリンとは違い、野生のゴブリンもいます。なぜかは分かりませんが、ゴブリンは数年に1度ぐらいでストライキを起こします。だいたいは処遇改善などです。しかし、今回のストライキには野生のゴブリンも加わっているような話しがあります。民家を襲ったりして、訴えるだけでなく、暴徒となっているようですね。」
「ゴブリンのストライキは通常だと、どれぐらいの数で起きるんだ?」
「いつもは多くても5,000はいかないと思います。ただ、今回の暴動は70,000を越えているという噂もあります」
「70,000?!」
なんて数だ。それ程までに人間がゴブリンを苦しめていたということなのか。
ガス抜きにしても70,000人ものゴブリンを相手にどうするんだ。
「今回は各領主だけでは対応が困難なので、ヒブリア家へ依頼があった訳です。そして、私たちギルドへもヒブリア家から依頼がありました。『最大限の人員で応援を求む』というものでした」
なるほど。それで、皆がソワソワした様子だったのか。
「よし! やってやろうじゃないか!!」
クライフとヴァンデン・プラスが顔を見合わせた。そして、二人の視線が今まで黙っていたハンマーフォールさんに向く。
大きな溜息をついて頭を掻いたハンマーフォールさんが言い辛そうにしながら話しかけてきた。
「ヒロト。お前のやる気は大いに結構。だが、お前は留守番だ」
「え??」
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この物語の1話目です。
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