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三人が同時に振り向いた。訝しむような表情だ。
痛みを必死に堪え、敵意が無いことを現そうと笑うことしかできなかった。いや、笑えてさえいなかったかもしれない。
「その不死者の処分をどうされるか、貴殿らに委ねることにしよう。では!」
颯爽と獣人二人は去って行った。
「あ、不死者だと?!」
クライフが疑心の眼で俺を見てくる。
グティエレスがサラを一人で立たせて、ドレスの汚れを払いながら問う。
「サラ様。あの者どもが言っていたことは、まことですか?」
「ああ、そのようじゃ」
なんだかいたたまれなくなった俺は尋ねてみることにした。
「あ、あのお……。俺どうすれば……」
また、3人が驚いた。
「しゃ、喋るのか?! 不死者が喋った!」
「忌々しい不死者など生かしておく必要などあるものか! 殺せ!」
「まぁ、待てクライフ。こいつは不死者なんだから殺せる訳がねぇだろ? 死なねぇから不死者なんだからよ。ちっとは頭を使え」
「しかし!!」
大男がまたクライフの肩に手を置いた。
「ここはグティエレスに判断させよう」
「ハンマーフォール。なぜ私が!?」
「グティ、お主が決めればよかろう。私は疲れたぞ」
「そ、そんな、サラ様まで!」
「どこぞの騎士道精神に溢れた若者が案外救いにくるまでが遅くての。私は身体の節々が痛むのじゃ」
「ぐっ……」
グティエレスが苦虫を噛むような表情をした。
「ちっ! 勝手にしろ」
クライフは不機嫌そうに背を向け、そう吐き捨てた。
こ、殺されるのか?! 俺はもう一度死んでいる。次死ぬことは文字通り死を意味する。
嫌だ! 死にたくない!!
思いとは裏腹に痛みに耐えきれなくなり、崩れた。
俺はそこで意識が飛んだ。
■ ■ ■ ■ ■ ■
嫌だ殺さないでくれ……!!
俺は不死者でもなんでもない
死にたくない……。死にたくない……!! 死にたくない!!
ベッドから跳び上がるように起きた。額には汗がびっしりと浮かんでいた。
全身も汗が尋常ではない程出ていて、ベッドのシーツがびっしょりと濡れていた。
そうだ! 傷は?!
布団をめくった。上半身裸で腹部を覆うように胴を何重も包帯が巻かれていた。
包帯をずらして腹部を覗き込んだ。
傷のあった腹部には大きなカサブタのようなものができていた。
指でカサブタをめくろうとしてみたが、まだ取れるような状態ではないようだ。
ベッドは大人が三人は寝られる程の横幅の広さがあった。縦の長さは俺の身長の倍とは言わないまでも日本では見かけない程の大きさのものだった。
部屋は床、壁、天井の全てが木で出来ているが、スイートルームを思わせる程大きい。壁には見たことも無い動物の剥製のようなものが掛けられている。
木の床には真っ赤な絨毯が一直線に敷かれており、レッドカーペットを彷彿とさせた。
この世界でもきっとこの部屋は高価な部屋に入るのだろう。
辺りを見渡していると、メイドのような格好をした若い女性が椅子にすわったままでテーブルに肘をついて、ウトウトとしていた。
黒に近い青っぽい髪をおさげにして、そのおさげが机に押し付けた顔の前に落ちてきている。よだれが少し出ているようにも見え、気持ち良さそうに寝ているのが分かる。
メイド服は、ロングの丈で、黒を基調としたものに白のフリルのついた襟とエプロン。
椅子に座っていると長いスカートの裾の合間からパニエが少し見えている。
メイドというとメイドカフェとかコスプレでしか見たことがなかったけど、恐らく本物である彼女は、暢気な寝顔とは別にその服の生地が格式の高さが伝わってきた。
彼女の寝顔をぼんやりと見つめていた。
ふと、メイドの女の子が目を覚ました。辺りをキョロキョロとし、俺が起きていることに気付いたようだ。
「あら、もう目覚めたんですか? 」
間の抜けた声で目を擦りながら椅子から立ち上がった。
1つ咳払いをしたメイドの女の子。垂れていたおさげが乱れないように器用に留め、畏まった感じで話しかけてきた。
「ご気分はいかがですか?」
「うん、悪くない。といえば嘘かもしれないが」
「あら、ご機嫌は優れませんか?」
「うなされたからね」
「まぁ、それはそれは」
そういうと、メイドの女の子は水をコップに入れ、手渡してきた。
「なんでもおっしゃって下さいね。グティエレス様より仰せつかっていますので」
「グティ……エレス……? はっ!! お、俺は殺されるのか?」
メイドの女の子は首を傾げて、指を口元に持ってきて悩むような仕草をした。
「何のことかは分かりませんが、私は貴方様のお世話を仰せつかっておりますので」
「そ、そうだ! サラ! サラという女の子は無事か?」
メイドの女の子がニコリと笑い、頷いた。
「ふふ。貴方様はライトブリンガー家のご令嬢をお救いになられたんですよね。勇気のある行動だったとグティエレス様も申しておりましたわ」
俺が彼女を救った? どうなっている? 俺は確かにあの場にはいたが、サラというあの少女を救ってはいない。それはあの場にいた者なら誰でも知っているはずだ。
――――なぜ?
メイドの女の子が水を飲むよう促してきたので、言われるがままに手渡された水の入ったコップに少し口を付けた。
口を付けた後、自分の不用意さに後悔した。もし、このコップに毒が入っていたら?
そう思いはしたが、水は沁み渡るように身体中に広がっていくように感じた。
身体は嘘を付かないのだ。
「ここはどこかな? そのグティエレスという騎士の屋敷かなにかかな?」
「いいえ、ここはギルドの中にある居住スペースですわ。この部屋はハンマーフォール様の部屋と聞いております。私はグティエレス様の命によりお世話をしに伺わせていただいている状態ですわ」
何か少しずつ見えてきた。俺はギルドに引き取られた形になるのかもしれない。
しかし、なぜ?
なぜギルドにいるのかも気になるが、俺にはあのサラという少女のことが気になって仕方が無かった。そして、あの捜索をしていた3人についても。
「なぜ、サラという少女は獣人どもに攫われていたんだ? それになぜあんな少人数で探索を?」
「それは、ライトブリンガー家のサラ様ですからねぇ……」
ん? 答えになっていないんだが……。
俺が水を飲み干したコップをメイドの女の子が受け取ってくれた。
「ライトブリンガー家とヒブリア家は古くから縁の深い良家ですから、グティエレス様がサラ様を捜索するのは当たり前といえば当たり前ですわね」
グティエレスっていう金髪騎士はヒブリアって姓なのか。それでサラって女の子がライトブリンガー。
「俺はどれぐらいここで寝てたのかな?」
「朝方、といっても皆が働き出すぐらいの時間でしたか。それぐらいに運び込まれて、今がお昼を過ぎて夕方に射しかかろうという時間、皆が小休憩を取るぐらいの時間ですので……」
ここに運び込まれたのが朝の9時頃とすれば、今は昼の3時頃。大体6時間ぐらいか。この世界の時の流れが地球と同じであればだが。
また、腹部を見てみた。この数分で少しカサブタが硬くなっているような気がする。
起きた時にも思ったが、傷の治りが異常に早い。 朝剣で腹を貫かれたというのに……。これも生き返り能力の影響だろうか。
腹部を柔らかい指でツンツンと突かれた。
「あんなに血が出ていたのに、もう治ってるんですね。ツンツン」
少し痛い気もするが、女の子に指で突かれるのって、なんだか恥ずかしい気がする。
「ツンツン。ツンツン。ツンツン。ツンツン……」
どれぐらい経っただろうか。数分か? このツンツンタイムはいつまで続くのだろうか。決して嫌ではないんだけど……。
「はっ!!」
「へ?」
「いえいえ。オホン。私としたことが……」
「うん?」
メイドの女の子は頬を赤くして、目を逸らした。口は小さく噤んでいる。
もう一度咳払いをし、行儀よく一礼した。
「お元気そうですので、後はギルドの方にお任せして私はこれにて失礼致します」
「え、え? ちょ、ちょっと……!」
そそくさとメイドの女の子は部屋を出て行った。
ギュルギュルルルルルルーーー。
腹が鳴った。そして一人きりになった。