3-14
いつものように、闘いのような朝食が終わり、食器を片付けていた。
ララーさんが皿を洗おうとしていたので、「先に休んで下さい」と伝えた。
とても喜んでくれたので、言った甲斐があった。
愛くるしい笑顔を残してララーさんが去って行った。
「ララーが喜んでいたな。やるじゃないか」
昼と夜飯の下準備をしていたモトコが話しかけてきた。
「もっと早く言っていれば良かったですよね。ララーさんがあんなに喜ぶんなら」
「行動が起こせただけでも立派だよ。あんたも色々と忙しいのにさ」
モトコは手際良く、分厚い肉の塊に塩を馴染ませ大きな釣り針に引っ掛けていった。
この釣り針に引っ掛けて数時間寝かせておくと美味いステーキができあがるとモトコが前に言っていたことを思い出した。
「あんた、今日のご予定は?」
「今日はアットヴァンスのじいさんの所に行くんだ」
「おや、具合でも悪いのかい?」
「そういう訳じゃないんだけど、ちょっと用事があってね」
「そうかい」
モトコは、それ以上深くは聞いてこなかった。身体が悪いのでなければ、それ程気にもしないのだろう。
モトコもここが長いようだし、深く関わり過ぎないように立ち回ることは知っているのかもしれない。
食器を洗い終わると、「ここは良いからさっさと行きな」と、モトコが手で動かした。
モトコはまだ下準備があるようだったが、俺はアットヴァンスの診療所に向かうことにした。
アットヴァンスの診療所に着くと、いつもは人で溢れかえっているのに今日は休診日なのか閑散としていた。
土で作られた壁に白い塗料が塗られ、建物全体が白い。
建物自体は建てられてから相当年月が経っているのであろうが、中は清潔にされており、アットヴァンスの几帳面さと医療に対する真摯さが出ていると思えた。
建物に入った瞬間は中が暗いように思えるが、眼が慣れてくるとそうでもない。アットヴァンスはいつもの診療部屋におり、俺が入ると睨むように見つめてきた。
「相変わらず間抜けそうな顔をしている」
「会ってそうそうなんだよ。それは」
相変わらず口数が減らない変わったじいさんだ。
カルテだろうか、診察データの紙に何かを書き終え、それを机にくっついた棚に収めた。
一人に対して複数枚診察データの紙が数枚は必ず存在するようだ。
パッと見ただけだが、実に細かく記している。
俺用のカルテも作成しているらしく、膨大な量のカルテの中から探し始めた。
「アットヴァンス。今日は何をするんだ?」
「……」
何も答えず、カルテを探し続けている。
全く、このじじいは。コミュニケーションを必要最低限以上取ろうとしてこない。
少し待っていると、俺のカルテがやっと見つかったらしく、分からないぐらいで笑ったように見えた。
「お前のカルテといっても、白紙のようなもんだ。今日は何も見ん。お前が話せ」
は、話せったって。こういう設定に関しては普通話さないものじゃないのか。
生き返りについてのみ話してみるか。
喉が渇いていた訳でもないのに、唾を呑み込むと喉が鳴った。
「俺には魔術のようなものがかかっているらしい。その効果で1日に1度生き返れるらしい」
「そうか。で、今まで何回死んだ?」
「なんでだよ」
アットヴァンスは怪訝そうに眉をしかめた。
なんでコイツは、俺が魔術の効果について知っているのか。とか聞いてこないんだよ。
「なぜ、あんたは何も聞いてこないんだよ!」
「それを聞いて、ワシに何ができるんだ? 何もないであろ。ならつまらんことは言うな」
アットヴァンスはカルテから眼を離さず、何やら書き込みながらそう説明してきた。
「ではもう一度質問だ。今までに何回死んだ?」
「このせか……、いやこの国に来てから5回か」
「細かいことは聞かないでおくが、死に方を教えてくれ。薬草小屋内で後頭部を岩で強打した1回。ウコーンに突進され、喉を貫かれた分。後は毒入りの吹き矢。その他はどうなんだ?」
「獣人に腹を剣で貫かれたのと、鳩尾から心臓に向けて刃物を突き刺した。そんなものか」
アットヴァンスが書き留めている。今の情報の中にそれ程重要なものがあったのだろうか。
「そもそもの話をするが、お前には痛覚というものは存在しているか?」
「ああ、しているとも。死ぬ時なんかは、それはもう。苦痛で大変だ」
「では、生き返る時にも痛みを感じているか?」
「勿論だ」
「生き返る時は死ぬ前と同じ、いやそれ以上に痛むか?」
「いや、そうでもない。むしろ死ぬ時の方が痛いな」
「なるほどな……」
そう、呟いてからアットヴァンスは何も話さなくなった。カルテに読めるとも思えない達筆というか雑というか。荒々しい文体で必死に書き込んでいる。自分さえ読めれば良いらしい。
「おい、アットヴァンス」
「話しかけないでくれるか」
いつでもどこでも自分のペースらしい。
アットヴァンスが書き終えるのを数分待った。
「だいたいのことは分かった。お前が自分の能力を全く理解していないことも含めてな」
「なっ……!!」
いちいち腹を立てていても仕方がない。こういう奴なんだと割り切る方が俺にとってもこの偏屈なじじいにとっても利益しかないだろう。
「昨日、今日は死んでいないか?」
俺は、言葉は発さずに頷いた。
「ではここで1度死んでみてくれ」
さらっと恐ろしいことをいうじじいだ。
「死ねと言われても、どう死ねばいいのか。確実で痛くない方が俺も嬉しいんだが」
「では。首を切れ。ナイフや小刀で横に切ると、人なんかは簡単に死んでしまう」
「わかった」
「苦しまぬ為には深くきるんだ」
アットヴァンスから手渡された医療用のナイフ。前の世界でいうところのメスのようなナイフを手に取り、首元にグイッと押し付けた。
「いくぞ」
「ああ」
いくら1日に1度生き返れるからといっても、自分の意思で死ぬのは怖い。
手が震えているのが分かる。アットヴァンスに手の震えがバレないようにするという配慮も欠けていた。死ぬことは俺にとってもそれ程、怖いものらしい。
当たり前っちゃ当たり前だが。
もう1度、ナイフを首に深く押し当て直した。
「ま、待て! ヒロト。お、お前は本当に生き返るのだな?」
「ああ、今までは成功してきたよ。こんな俺を心配してくれるんだな」
「何を馬鹿なことを! お前が生き返らなかったら目覚めが悪いだけだ。ほれ、早く死なぬか」
アットヴァンスが俺を追い払うように手を動かした。到底医者とは思えない言動だ。
「早く死ね」と要望してくるんだからな。
では、ご希望通り、死んでやるよ。
「しばし、さらばだ。アットヴァンス」
「あ、ああ」
俺は医療用のナイフで首を引き裂いた。血が首から噴出した。ホースの出口を押さえた時と同じように勢いよく血が飛び散る。そこで俺の視界が暗くなった。
1-1
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この物語の1話目です。
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