3-7
モトコーー!!!
朝起きようとすると、全身が石のように固かった。
それだけではなく、身体中が痛い。
袖を捲って腕を見ると、腕全体が痣だらけだった。上着のボタンを外し、胸や腹も確認したがやはり痣だらけだった。
身体の筋肉を少しずつ、痛くない幅を少しずつ増やしていき、腕を曲げた。腕を曲げることで、肘を支えとした。
肘を支えとすることで、首と上半身を少しずつ動かした。
同じ要領で身体を動かしてベッドから降りることができた。
起き上がれたはいいが、歩行も苦しかった。膝が、太ももが上がらない。足首も曲がらない。
老人ホームとかにいるおじいちゃんたちって、いつもこんな気分なのかな?
状況には反して、ぼんやりとそんなことを考えていた。
汗をだらだらとかきながら頑張って、やっと部屋を出られた。
部屋を出るとたまたまソングさんが通りかかり、挨拶代りに肩に軽く拳を当ててきた。
「いってぇ~!!」
軽く拳を当てただけで大げさに痛がる俺を見て、ソングさんが顔を歪める。
「おい、昨日虐めたからってそんな態度はないだろ?」
「ち、違うんですソングさん。昨日の特訓で筋肉痛と痣がすごくて。ベッドから起き上がるだけでかなり時間がかかったんですよ」
「いっつも怠けてるからだろ」
そう言って、胸あたりに手の甲を当ててきた。あっちの世界で言うところのツッコミである。
「いっでぇぇ!!」
睨みつけた俺を見て、ソングさんを悪びれる様子も無く、ただ謝ってきた。当然その謝罪に感情なんてものはありもしない。
それを証拠に今度は肩に腕をかけてきた。
痣と筋肉痛で顔が歪む。
歪む俺の顔をみて、ソングさんにニンマリと笑う。
「ほら見ろ。やっぱりヒロトはアンデッドなんかじゃねぇぞ。アンデッドがこんなに痛がるはずがねぇ。なあヒロト?」
ソングさんがそう言うと、遠くから隠れるようにして見ていた数人が姿を現した。
アットヴァンスが俺への疑いを払拭するパフォーマンスを取ってくれたが、やはり怪しんでいる者は少なからずまだ存在するようだ。
やはり猛毒を受けて生きていることに驚きと戸惑いが隠せないのだろう。仕方がないことだが。
「あんだけ殴られれば、俺が仮にアンデッドだったとしても次の日に引きずりますよ」
そう言うと、ソングさんの他集まってきた数名も手を叩いて笑った。
ソングさんにいたっては、俺の肩をバンバンと叩くので、勘弁して欲しかった。馬鹿だから加減も分からないらしく、1回1回がズンズンと押される。痛さは洒落にならなかった。
「ところでヒロト。お前は今日何をするんだ?」
「身体がこんな状態ですし、ソングさんに鍛えてもらうのは明日以降にします。あんまり動けないので、今日はララーさんたちの手伝いでもしようかと思います」
「そうか。じゃあ、明日また俺と特訓しような!」
そう言って、ソングさんは駆けて行ってしまった。やはりあまり人の話を聞かない人なんだと改めて思った
駆けていくソングさんを見送った。自分でもどういう感情なのか分からなかったが、憐みのような感情も混ざっているように思えた。
ギルドでの生活が落ち着いたらやりたかったことがある。
それは、「この国の食文化の調査と発展への寄与」である。
小難しい言い方をしてしまったが、言い換えれば今の食生活を観察して、新しい価値観を取り入れてもらうというものだ。
俺は異世界モノ特有の料理に長けた人間でもないし、味にうるさい訳でもない。ここでの食生活にもなんらストレスを感じたこともない。
ただ、戦闘だけでない別の何かをこの世界で残しておきたいと思った。
1度生き返れるといっても、今の俺の現状を考えるとこの世界のクリアを目指す上でいつ死んでもおかしくない状況になっていくようにも思える。
そうなった時に1つでも何か俺がこの世界で生きた証を残しておきたい。そう思ったんだ。
それを叶える為には、俺が苦手とする人と会話をする必要があった。
俺はぎこちなく脚を動かし、食堂の部屋まで行き、厨房に向かった。
ララーさんが皿を拭いていた。ほとんどの者が朝食を終わらせているのだろう。
食堂にも食事をしている者の姿は数える程しかなかった。
「あら、ヒロトくん。おはよう。今日は遅いお目覚めだったのね」
「昨日、ソングさんに散々絞られたんで」
「それは大変だったわね。ふふ」
「え? なんかおかしな事言いましたか? 俺」
ララーさんが皿を拭いていた手を止め、こちらを向いて微笑んでくれた。
「その割にはすっきりした表情をしてるな、って思ったの」
この人には嘘をつけないな。なんでもお見通しだ。
「はい。身体は痛くて仕方がないんですけど、心は喜んでる感じがします。俺変なこと言っていますかね」
「いいえ、ヒロトくんが言っている意味はなんとなく分かる気がするわ」
そう言って、ララーさんは髪を耳にかけた。特段トリートメントなどをしているはずのない髪なのに、瑞々しくふんわりと柔らかそうだった。手櫛をすることで、髪の毛が一瞬靡き、うなじがチラッと垣間見えた。
それがなんともフェティズムをそそる仕草に思えた。
いかんいかん。ララーさんといるだけで、俺は猛獣にも触手ワームにもそして変態にもなれてしまいそうだ。
「ララーさん。モトコさん、モトコ・ゴソウさんはまだいる?」
「いるわよー。モトコー」
ララーさんが呼ぶと厨房の奥から背の高い人が出てきた。
その二の腕は、俺の太ももよりと同じぐらいで、その太ももは俺の腰ぐらいはありそうだった。筋肉質で引き締まったアスリートのような腕と脚そして背筋を持っている。
目は大きいが眼光鋭くいつも不機嫌そうに眉間を寄せている。
唇はどっぷりと分厚く真紅の紅を指している。化粧もしっかりとしており、体格とは裏腹にその美容とおしゃれへの探求には惜しみが無い。
髪の毛は茶褐色で肩より高い位置で外にはねている。肌は日本人と同じような黄色人種特有の色をしている。モトコという名前もあって、東の血が混ざっているのかもしれない。まぁ、この世界に日本なんてものがあるとも思えず、名前に関しては憶測を出ないものではあるが。
モトコ・ゴソウは俺を見る時は、常に不機嫌そうでその高い身長を活かしてなのか、睨むように見下ろしてくる。
俺も身長は170㎝前後だ。前後と言っている時点で色々と察して欲しいのだが。なんにせよ小さすぎて仕方がないという訳でもない。そんな俺を平然と見下ろしてくるのだ。
初めてモトコ・ゴソウを見た瞬間、俺が瞬時に感じたのはナチスに似合わぬ女装をしてテキーラを持って乗り込むジョセ……、ゲフンゲフン。を思い起こしてしまった。
なんにせよモトコ・ゴソウは男よりも男らしい体格と女よりも女らしい美的感覚に優れた女性である。たぶん!
「なんだい。ひよっこヒロトかい」
1-1
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この物語の1話目です。
是非こちらからも見て下さい。
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