3-6
外に出るとソングさんが立っていた。
手には木の剣が2本ある。
昨日ソングさんに頼み事をしていたのだ。
◇◇◇◇
戦闘のような食事を終えたソングさんは椅子にもたれ掛かりながら、歯に挟まった肉を串で捕っていた。
「ソングさん」
「あんだ?」
腹が満たされて上機嫌のようだ。今なら何を頼んでも大丈夫だろう。
「頼みたい事があるんです」
「ああ、だからなんだ?」
ソングさん次に下の歯の掃除を始めた。
「俺強くなりたいんです」
「急になんだよ。俺に教えろってか?」
「はい」
ソングさんが血色の良い顔をさらに紅潮させ、喜色を浮かべる。
串がふわんふわんと上下に動く。
「お! ヒロトもやっと俺の偉大さが分かったようだな!」
「はい! お願いします」
自身を認めてもらえたことで承認欲求が満たされたソングさんはしきりに頷いた。
串もメトロノームの重りを一番下にやった状態のように小刻みに動く。
だが、急に頷くの止める。何かを思い出したような表情。
そして、立ち上がって一気に遠ざかっていく。
「ダメだダメだ! そんなもん。俺に教えるのは無理だ。お前も知っているだろ?」
「何をですか?」
「俺は教えるのが下手だし、お前の死なせるかもしれないんだ」
「だったら、俺を鍛えて下さい」
「鍛えるだと?」
ソングさんが咥えていた串を吐き捨てた。
あれも俺が掃除するんだろうなとぼんやりとそう思った。
――――パシッ
音が鳴った後、頬がジンジンとした。ソングさんに頬を叩かれたのだ。
それも見えない程の速さで。
「お前を鍛えるだと? そんな視力でか? 笑わせるな。お前は目が悪い。剣を扱う奴にとっては致命的だ。そんな奴がいくら頑張ったところで、たかが知れている。諦めるんだな」
視力には静止視力と動体視力がある。静止視力はご存知の通り視力検査でやっているもののことだが、動体視力は動く物を見る力のことを指す。
動体視力は鍛えることで、ある程度は良くなる。静止視力も動体視力を鍛えることで、一緒に良くなるとは言われているが、この世界ではそういった医療の考え方がまだできていないのかもしれない。
「ソングさんに鍛えてもらうことで速い動作にも慣れます。視えなくても慣れれば一緒のことでしょ?」
「おいおい、俺の動きに慣れるだと? 面白いじゃないか。明日早速ヒロト。お前を叩きのめしてやるよ」
「はい! よろしくお願いします」
俺が笑顔を作ったので、ソングさんは舌打ちをして去って行った。
◇◇◇◇
「ソングさん、よろしくお願いしますね」
「ああ、死んだ方がマシだと思う程度にはいたぶってやるよ」
ソングさんが歩き出したので、俺もその後をついて行った。
歩きながら、木の剣をソングさんが放ってきた。
急なことで慌てたが、無事キャッチした。
「ありがとうございます」
「良い心がけだ。今はその剣がお前にとって命の次に大事なものになる絶対に離すんじゃねぇぞ」
木の剣の柄の部分には布がグリップのように巻かれていた。布が巻かれていても滑ることには変わらない。無いよりマシという程度だろう。
この木の剣の形状は先端に近付くに連れ太くなり、先端近くで一気に細く、尖った形状だ。
一般的な剣とそれ程変わらない。ただ、剣よりも少なからず軽い。
あまり木の剣を使った練習などはこのギルドではしないのか、傷がほとんどなく、新品のようにも思えた。ただ、埃が細かい所には入り込んでいるので古さも感じる。
「ヒロト。今日、ララーさんとシルファさんは、なんであんなに騒いでたんだ?」
「ああ、あれですか……」
昨日アットヴァンスと俺が俺の部屋に閉じ籠っていたことを女性2人が気にしていたのだ。
アットヴァンスがマッドサイエンティストならぬマッドドクターとでも思っているのか。
俺をえらく心配していた。
「それで?! それで何かされたの?」とか聞いてきた。人を改造人間の様に思っているんだろうか。
「アットヴァンスが来たからじゃないですかね」
「アットヴァンスは2人に人気なのか?」
「いや、その反対ですよ。たぶん」
「よく分からんな。あんな良い医者いないんだが。まあ、どうでもいっか」
あんたもアットヴァンスのこと、散々な言い方していたのに、コロッと忘れちゃって。まったくソングさんときたら。
ソングさんの長所でもあり短所でもある部分。それは何でもよく忘れることだ。
ネコは3日で主人の顔を忘れるという。いや、ソングさんと一緒にされたら、ネコが不憫だ。ソングさんの脳みそはニワトリ並なのかもしれない。
よく忘れるし、あまり気にしないし引きづらない。だからソングさんは誰かを怒っていたことも次の日には忘れてしまう。これは長所だ。
常に真っ(っ)新な状態で人を見る事ができるのである。
気付くと平坦な草むらにいた。
ソングさんが振り返ってくる。
「どこからでもいい。打ちかかってきな」
ソングさんは剣を構えようともしない。それ程までに俺は見くびられているのだろう。
しかし、俺もブラックウコーン討伐で相当実践を積んだはずだ。
昔の俺を知っているソングさんが驚くぐらいの動きはできるはずだ。余裕を見せていられるのも今だけだぞ。ソング!
木の剣の柄を強く握り締めて、剣を下げて構えた。
俺がブラックウコーン討伐からこっちで自信がついた剣技。それは逆袈裟!
相手の右脇下から左肩上に切り上げる。
これでブラックウコーンも数羽倒したんだ。
一歩踏み込み、切り上げた。
カン!
高めの木が木に当たる音がした。手から重さがなくなり、代わりに鈍い痺れだけが残った。
手に持っていたはずの木の剣は左側面に弾き飛ばされていたようだ。
「俺、言ったよな? 剣は死んでも話すなってよ!!」
ソングさんが木の剣の頭の部分で鳩尾を突いてきた。
「うぐっ!!」
息を吸うことも吐くこともできなかった。変な汗も出てきて、膝から崩れ落ちた。と、思ったが、ソングさんに胸倉を掴まれた。
「ヒロト。お前、剣を舐めすぎだ。今のお前は鍛える以前の問題だ。今日はその教訓として、俺が満足するまでいたぶってやる」
「た、耐えてみせます……」
やっと息ができるようになって出てきた言葉はそれだった。
一発頬を叩かれた。だが、また手の軌道は見えなかった。
胸倉を掴んでいた手を押すと同時に離し、俺は突き離された。
「まだ元気はあるんだろ? 元気がある間はお前に俺を攻める権利を与えてやるよ。さぁかかってきな」
ソングさんは子ネコでも呼ぶように手を動かした。
腹は立たなかった。以前なら確実に腹が立っていただろう。だが、今腹がったところでこの人には勝てない。
少しでも多く、気を失うまえに身に付けてやる。
そう思った。
「ソングー!!!」
今度はこめかみを小突かれた。一瞬フラッと意識が飛ぶような気がした。
俺が崩れないことを確認したソングさんが、剣で指してきた。
「どれだけ腹が立とうが、呼び捨てだけは許さん。ヒロト。俺は他の奴らのように甘くはないぞ」
望むところだよ。絶対強くなってやる。
ハーレムを作るにしても強くないと皆を守れないじゃないか!!
くそ! 俺は煩悩の塊だぜ!
1-1
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この物語の1話目です。
是非こちらからも見て下さい。
2-1はこちらから!
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