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1-4

 グサッ!!!


 俺の腹部を刺し貫いた剣が壁に突き刺さった。


「ああ、ああ……、あああ……」


 剣を引き抜こうとするが、力が入らない。痛さは尋常ではない。

 腹の痛みは文字通り激痛ではあるが、腹部に力が入らず、ひどい下痢のような痛みだ。


 鈍痛。鈍い痛みで、針でチクチクと刺されているような痛み。 


 ドクドクと血が流れ落ちていくのだけが分かる。

 咄嗟に少女の方を見た。目が合ったが、少女はすぐに目を逸らした。

 身体は冷えていくように感じるのに、下腹部や脚は暖かい気がした。血が流れ落ちているからなのか。

 俺から滴り続ける血が広がり、少女のドレスの近くまでいった。少女はさも俺の血が汚らわしいもののように、ドレスを(まく)り上げ、一歩退いた。

 無情な怒りに似た感情が込み上げてきたが、口からも血がコポコポと溢れ、言葉にならなかった。

 


■  ■  ■  ■  ■  ■


 胸が苦しくなり、目覚めた。

 下を向くとやはり、まだ剣が腹に刺さっている。

 痛みは残っているが、この剣が抜けるような気がした。


「うぐ、ぐぐぐ……!!!」


 剣の腹部分を手で挟んだ。身体に刺さった剣が少しでも動くだけで激痛が走った。

 しかし、俺は構うことなく、前へ押し出した。身体の中を剣が通過していく何とも言いようのない感覚と臓器に金属が擦れる度に起きる痛み。鈍痛ではなく、はっきりとした痛みが腹を中心に身体中を駆け巡る。

 脳が異常事態を察したのかアラートを鳴らしまくっているようで、怪我もしていない腕や脚までも痛いような錯覚が起こった。

 数センチずつ動かす度に痛む。


「痛い! 痛い……! 痛ッ……」


 やっとの思いで剣が抜けたと思ったら、立てる状態ではなくなっていた。顔だけを獣人たちの方へ向ける。


 獣人の兵士たちが驚いた表情のまま時間が止まっているかのように動かない。

 それは俺の血を避けた少女とて同じだった。

 そりゃそうだ。死んだと思った人間が生き返ったんだからな。


「お前、ちゃんと殺したのか?」

「た、確かに刺した息の根も止めた。嘘じゃねぇ。それにあんなに血を流したんだ。いずれ死ぬさ……。お前も見ていただろう?」

「ああ、そうだな……」

「だろ? あんだけ血が出りゃ、誰だって死ぬんだ。ハハ、ハハハ……」


 明らかに動揺する獣人の兵士2人。

 ネコ科の男がふと、呟いた。


「ま、まさかコイツ……」


 トカゲ男の表情が一変し、ネコ科の男の胸倉を掴んだ。


「そ、そ、そ、そんなはずはねぇ。おい冗談はやめろよお」

「そのまさかじゃ」


 獣人の兵士2人が振り向く。声の主は、光り輝く髪とエメラルドグリーンの瞳をした少女だった。


「この者は不死者(アンデッド)であろな……」


少女がそう呟いた。小さな声量だったが、馬車の幌の中では十分に響き渡った。


「「ア、不死者(アンデッド)だと……?!」」


 二人が声を揃える。声が揃うなど、普通なら滑稽にも思えるシーンだが、この時ばかりは緊迫した雰囲気がこの馬車の中の空気を凍らせていた。


「ああ、分からぬか? その時が来たということだ。種族同士で争っていても詮無きことだ。魔王が再び眼を覚ますのじゃ」


 緊迫した状況の中だが、俺は三人の会話を聞くだけでも精一杯で、数秒に1度のペースで襲い掛かってくる痛みに耐え続けていた。

 その時、ネコ科の男の耳がピクリと動いた。


「な、何かくるぞ……!」


 そうネコ科の男が言ったとまさに同時のタイミングで、短い悲鳴が聞こえた。

トカゲ男が幌の前方側の一部を捲る。


「馭者がやられた!」


 馬車を操縦していた馭者が何者かにやられたようだった。だが、馬車は走り続けていた。

 獣人二人が俺をどう処理しようか真剣な面持ちで話し始めた。

 産業廃棄物の処分方法に困った業者がゴミでも見るように俺を見下ろしながら小声で話している。


 その時、馬車の外から大きな雄叫びが聞こえた。


「うおぉぉぉお!!!」


――――バツンッ!


 大きい音がして馬車がバランスを崩した。

 馬車と馬を繋いでいたロープや金具一式が一気に壊されたようだった。


 な、なんだ?!


 引っ張る力を失った馬車は、フラフラと片輪ずつに寄りかかるようにしながら横に倒れそうになった。

 傷は痛むが、この宝石のような少女を守ろうと身を挺した。今まで動けずにいたが、この子を護る。そう決断すると動くことができた。


 少女を俺の腕の中に引き寄せ頭を抱え込んだ。そのまま体が宙に投げ出され視界が明るくなったと思ったら、俺は抱え込んだ少女ごと馬車の外に放り出された。

 少女を必死に(かば)い背中から地面に落ちた俺だったが、その拍子に地面に強く頭を打ち、気が遠退いた。


■  ■  ■  ■  ■  ■


「その方を離せ!」


 大きなその声に驚き意識を取り戻した。


 はっ! あの少女は?!


 身を挺して助けたはずの少女は俺の腕の中にはいない。

 慌てて跳ね起きようとしたが、あまりの痛みに再び地面に突っ伏した。舗装されていない砂利だらけの地面に背中を打ち付けたからだろうか、気を失う前よりも痛みがさらに増しているようにも思えた。


 声がした先に眼を向けた。


 朱色の甲冑を身に纏った青年だった。彼が脱ぎ捨てたであろう兜が近くに転がっている。

 金色(こんじき)の長いストレートの髪が風に(なび)く。

 一瞬、女性かとも思うほど整った顔をしていたが、眼光が鋭く、険しい眉、やや角ばった頬を見ると男性なのだろう。

 俺が漠然と認識していた騎士といえば、こういった風情の男をいうのだ。となぜか納得してしまった。それ程に説得力のある顔立ちに容姿だった。たたずまいからも相当強そうに見える。


「さあ、サラ様を離すんだ」


 金髪の騎士が再度忠告した。

 エメラルドグリーンの瞳をした少女は「サラ」という名のようだ。

 彼が見つめる先に視線を移した。獣人のネコ科の男の方がエメラルドグリーンの瞳の少女の首元に剣を突き立てて人質としている。

 その横で、トカゲ男が槍を構えて牽制する。

 どうやら金髪の騎士は、少女を救いに現れたようだ。


「我らの命、保障をするのであれば、考えなくもない」


 ネコ科の男がそう条件を出した。

 トカゲ男は槍をしごいてから、握り直した。

 気絶から目覚めてすぐ、緊迫したこの状況に俺は呑み込まれそうになっていた。


 金髪の騎士が剣を振り上げ、地面に突き刺した。


「分かった。命は保障する」


 あっさりとそう告げた。特に怒っているようにも見えない。


「おいおい、いいのか?! グティエレス」


 声がした方を見た。いや、見上げた。

 見上げただけでも腹が痛んだ。そりゃ、腹に穴が開いているんだ。痛いのも当然だ。


 なんで俺は今の今まで、こんな大男の存在に気付かなかったのか。

 場の雰囲気に呑まれ、それどころではなかったというのが正直な感想か。

 ウェーブのかかた金色の長髪、そして伸びに伸びた髭。

 強面そうな顔つきで金髪の騎士を「グティエレス」と呼び、グティエレスに抗議していた。いや、半分面白がっているようにも思える。その証拠に真剣味に欠ける表情をしていた。


 ネコ科の男がサラを突き飛ばすようにこちらに押し出した。

 すかさずグティエレスがサラを介抱する。

 

 背を向けた獣人二人がいそいそと馬に跨り始めた。

 それをグティエレスの後ろから何者かが弓を引き絞った。


「クライフ!」


 グティエレスが片膝をついたまま手で制した。

 クライフと呼ばれた青髪で肌の色が透けるように白い青年が舌打ちをし、引いた弓を緩め、下げた。


「クライフ。そうカッカすんな。奴らを倒してもお前に何の得もねぇ。俺たちはこのお嬢ちゃんを助けたことで報酬を手にできるんだ」


 長髪の大男がクライフの肩に手を置いて、そう言った。

 先ほどから違和感はあった。

 グティエレスという金髪の騎士は甲冑を身に纏っているが、長髪の大男とクライフという青髪の青年は、革や毛皮でできた防具を身に着けている。兵士というより見た目は山賊に近い。


 獣人たちが馬に跨り、去って行こうとした。グティエレスが二人を呼び止める。


「おい、ここにいる変わった服装をした者もお前らの仲間だろ? 連れて行かないのか。傷を負ってはいるが、まだ生きているぞ?」


 俺のことが話題に上がったが、腹が痛すぎて、それどころじゃない。

 グティエレスの言葉にネコ科の男だけが振り向いた。


「貴殿の騎士道に感謝する。だが、傷を負うその者は、我らの仲間ではない。どうやらその者……不死者(アンデッド)のようだぞ」

「「「なに!?」」」

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