2-14
何羽倒しただろうか。5、6羽ぐらいか。
慣れれば大したことはなかった。
ウコーンの脅威はあくまであの角だけだ。
角にさえ当たらなければ、少しデカいウサギと何ら変わらない。
「少し、休憩するか」
「ではお茶にしましょうか」
どこから出してきたのか、高級なティーセットをシルファが出して、お茶の用意をしだした。
先ほどまでカワイイと言っていたウサギのようなモンスターが近くに死んでいる状態で、よくウキウキでティータイムの準備ができるな。
殺しておきながら、こうやって積み重なった死骸を見ると、殺した本人の俺でも罪悪感というか……あるんだけどな。
「シルファ、近くにウコーンの死骸があるが、気にならないのか?」
「へ? 騎士グティエレス様のメイドをしていれば、ウコーンの死骸の1つや2つ、どうってことありませんよ」
「た、たくましいな」
「敵国からも赤の業風または業風ヒブリアと恐れられている家のメイドですから」
「業風ヒブリアね……」
あの、奇襲部隊を一蹴した凄まじい騎馬隊。あれが本来のグティの姿なのだろう。
「さ、ヒロトさんティータイムの準備ができましたよ」
シルファがいつもと変わらぬ笑顔を呼びかけてくれた。
何食わぬ顔のシルファが少し恐ろしかったが、今までの献身的な彼女を知っている俺は、一瞬でも恐れてしまった自分を恥じた。
「ああ、いただくよ」
シルファが水の入った水筒とハンカチを渡してくれた。
「手の汚れを拭かれた方がよろしいと思いまして」
シルファは至って、落ち着いている。
そういえば、俺は生まれてきて初めてこんな大きな動物を殺めてしまったのかもしれない。
そう思うと、手が震えてきた。
手の震えが止まらない。
息絶えたウコーンを見た。息はもうしていないが、目を開けている。こっちをみているかのようだ。
シルファが震える俺の手を握りしめた。
「死は誰にだってきます。あまり気になさらない方が良いと思います」
シルファが水筒を持ち、俺の手に水をかけた。それをハンカチで拭く。ハンカチは拭けば拭くほど赤くなっていく。
「血を見ると誰だって怖くなります。私もそうでした。ただ、人間が恐ろしいのは、そんなことにもすぐに慣れてしまうということです」
ハンカチで手を拭い終わったシルファがまた俺のを包むように握ってくれた。
「慣れてしまっても無感傷でいてはいけません。この子たちの生きてきた事実をただ受け止めてあげるべきです」
「今はあまり分からないが、そう思うようにするよ。ありがとうシルファ」
シルファが小さくクスッと笑った。
「旦那様の入れ知恵です。ヒロトさんはあまり 『死』 に慣れていないだろうから、なにかを殺めないとならない場合、傍にいて今の言葉を伝えてやって欲しい。そうおっしゃられました」
そうか、グティが。
「上手くできましたでしょうか?」
「ああ、充分気持ちが切り替わったよ」
紅茶が入ったカップを手にした。カップを持つ手はもうあまり血生臭くなかった。
人はこの臭いのように、怖かったことも悔やんだことも忘れていくのかもしれない。
ゆっくりとお茶を飲む時間が過ぎて行った。
その時、こちらへ人とは思えない速さで人と思しき物体が近付いてきた。
敵かと思ったが、背格好からそれがソングさんであることが分かった。
そう思ったら、ソングさんはもう近くにいた。
「ハァハァハァ、良かった。まだヒロトはおっ死んでなかったか」
「何を縁起の悪い」
「すまねぇ。すまねぇ。でも良かった」
ソングさん笑う顔があまりにも素直な笑顔だったので、俺は黙り込んだ。
そんな顔されたら、意地悪の1つも言えやしない。
「なんか言ったか?」
「なんでもありません」
もう息を整えたソングさんが上半身を起こして、辺りを見渡した。
「ところでお前たち、こんな所でティータイムをしてただけか?」
「そんなことないじゃないですか。ほれ、そこ見て下さいよ」
俺はそう言って、ソングさんにウコーンが重なった方を指差した。
「おお!! やったじゃんかよ。ヒロト!」
「ソングさんのおかげですよ」
「だろうな~」
思わずソングさんを二度見してしまった。
でもソングさんを目元に涙を浮かべ、鼻を啜っていた。
我が事のように嬉しそうだった。
なんだよ、今日のソングさんは。調子が狂うな。まったく。
そうは思ったが、ソングさんに褒められて嬉しくなっている自分がいた。
「ところで、ソングさん。この狩ったウコーンはどうしたらいいんですか?」
「あ! そうだそうだ。それを伝えにくるのも重要だったんだ」
ソングさんはおどけたように、手を叩いた。
「運送屋と肉屋を手配した。運送屋が持ってくのは、あくまで素材屋と道具屋と鉱石屋に売れるものだけだ。他は肉屋が処理をするぜ」
「へぇ、肉屋さんは骨も処理するんですか?」
「骨を舐めちゃいけねぇ。粉末にすれば堆肥や飼料として農家や酪農家に売れる。ほとんど捨てる所なんかねぇんだよ」
それを聞いてなにか救われた気がした。
無駄にならないんだ。
「お茶飲んでるところわりぃが、この殺ったウコーン分けるぞ」
「え? 分けるって……?」
「馬鹿野郎。運送屋と肉屋はあくまで持ち帰るだけだ。奴等が持ち帰りやすいように分けておいてやる。お前も手伝え」
そう言って、ソングさんが小型のナイフを手渡してきた。
ソングさんの見よう見真似でウコーンを捌いていく。
初めはその生温かさに辟易としたが、これも慣れだった。1羽捌く頃には、2羽目の捌き方を考えていた。
「ヒロト。なかなか筋が良いぞ。捌くのも剣を扱うのも似ている。俺は下の奴らにいつも言ってるんだ、捌くのが上手い奴は剣も上手くなるってな。ヒロト。お前も良い剣士になるさ」
ソングさん褒めすぎ。照れ臭くなってくる。
それもソングさんの場合、なんの皮肉もなく、こんなことを言ってくれるので、本当に自分が強くなったような気がしてしまう。
「ヒロト。このウコーンを捌いたら、俺と丘の方に行ってみるか。草原のモンスターは今殺った白のウコーンの他にもいるが、もう少しレベルの高い所にいこう。お前ならできるよ」
ソングさんは俺の了解も得ずに丘の方に向かって歩き出した。
「ちょちょ、ちょっと待ってくださいよ。そんなこと言われても、不安です」
「ああ、そうだな。草原には白のウコーンがいる。これが一番弱い。そんで丘には赤のウコーンがいる。これはまぁ俺がいれば大丈夫だろ」
い、いやそんなこと教えてほしいんじゃない。
ああ。そうだった。ソングさんは馬鹿だったんだ。
話しが噛み合わないのも変に納得をしてしまった。
「だがなヒロト。森にいる黒いブラックウコーンにだけは絶対近付くな。アイツは俺一人で闘っても、やっと倒せるぐらいだ」
「そうなんですか。ソングさんが」
結局、俺もソングさんのペースに巻き込まれちゃってるよ。
「ああ、アイツはかなり俊敏だ。俺がバッて行っても、奴はズバってなりやがる。そこへ俺はフヘンってフェイントをかけるだ。時々だが、このフェイント見透かされて、グインって来やがる……」
なんとも分かり易い話しだことで。
って、まだ喋ってるよ。この人。
「な! だから絶対森のブラックウコーンには絶対に近付くなよ」
はいはい。俺は、ホントは丘にだって行きたくないんですよ。ソングさん。分かってますか?
ソングさんが「こっちへ来い」と手で合図した。
あの人、まるでガキ大将がそのまま大きくなったみたいな人だな。
そう思いながらも、ソングさんに付いて行った。
シルファはティーセットを全てしまい終えたようだった。
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この物語の1話目です。
是非こちらからも見て下さい。
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