2-13
いきなり鉱石屋が紙に向かって怒鳴り出した。
「あのデカブツ! 何言ってんだ! 俺が借りたのは265,000シルヴィであって、266,000シルヴィやないわい!!」
なんのことだ……?
「おやじさん、それ何って書いてあったんだ?」
「ん? これか。これには俺がハンマーフォールに借りている金額、全額無かったことにすると書いてある。その代わり、全てお前さんの言う通りにしてやれってな」
「は、ハンマーフォールさんが? じゃあ、素材屋も道具屋も借金がチャラになったってことか?」
「お、お前さん、素材屋と道具屋にもこの紙を渡してきたのかいな!? アイツらは俺の何倍も借りてるぞ。それは本当か?」
「ハンマーフォールさん、俺の為に…。こんなことまで…」
歯を食いしばった。そうしないと、涙が溢れてしまいそうだった。
「そんなことより金額が違う! おかしい!! アイツ馬鹿だからなあ!!」
このおっさん、俺の感傷をぶち壊しにしやがって……。
鉱石屋は怒っていたが、無くなる借金なんだから、気にしなくてもいいんじゃ…? と思ったのは俺だけだろうか。
それにしてもハンマーフォールさんは、ここまで考えて色々と準備をしてくれていたのかもしれない。
ありがとうハンマーフォールさん。
「じゃあ、おやじさん高値での買い取りよろしくな」
「おうよ」
このおやじさんには感傷など無縁なのだろう。書類に目を通しながら、片手だけあげた。
足が小刻みに揺れていた。一瞬貧乏ゆすりに見えたが、リズムに乗っているようだった。
このおやじさんはこのおやじさんで喜んでいるのかもしれない。
まぁ、気のせいの可能性も十分に考えられるが。
全ての交渉が終わった。
急ぎ、ギルドに戻って報告することにした。
ギルドに戻ると、ララーさんが出迎えてくれた。
あいかわらず可愛い。
薄めの栗毛色をした肩よりも長い髪を手櫛する。
あの髪に触れたい。あの手に触れたい。あの胸に…
そんな衝動を精一杯抑え、紳士のように落ち着いた挨拶をした。
「やあ、ララーさん。ご機嫌はどうかな?」
「ああ、ヒロトくん。シルファちゃんが来てるわよ」
シルファはいつものメイド服ではなく、ポンチョのようなものを着ていた。
首元の嵩が高く、小さな顔が半分ぐらいまで隠れてしまうかのようだ。
紺色っぽい髪はいつもは編んでから、乱れないように留めているが、今日はストレートに落としているので、雰囲気もガラッと変わっている。
一瞬シルファとは思えなかった。
「シルファ、どうしたんだ?」
「2日間だけグティエレス様にお暇をもらいました。私も手伝わせて下さい」
「手伝うって、何をするのか知っているのか?」
「ええ。知っていますともモンスター退治ですわ。旦那様からも文をもらっております」
シルファがグティエレスからの手紙を渡してきた。
「ヒロトへ。屋敷に帰ってから、シルファが泣き叫び続けるので、彼女の意志を尊重して、そっちに送ります。シルファは闘うことはまずできず、足手まといとなると思われる為、観戦させてやってくれ。飯を作るのは申し分ないから安心しろ!」
なんだ。これは……。
グティ今の状況が分かってるのか?!
「ヒロトさん! 私なんでもお手伝いしますよ」
「じゃ、じゃあ、晩飯の準備をしていてもらおうかな……」
「何を言っているんですか。狩りですよ。狩り! 私もお役に立ちますから!!」
ちょ、ちょっとどうしよう……これ……。
ララーさんに小声で尋ねてみた。
「ハンマーフォールさんやクライフは?」
「シルファさんの手紙を読んで、そそくさと狩りに出かけましたわ」
「やっぱり、この流れって俺が連れて行くんですよね……?」
「シルファちゃんはカワイイですから、まぁ傍にいてくれた方がヒロトくんも楽しいでしょ?」
ララーさんは鼻歌を唄っている。
なんか、ララーさんも軽いな~。暢気な人だ。
ラノベ的にはこういう場合、嫉妬したり、俺を取り合ったりしてくれたら嬉しいところなんだけど……。って、そんな場合じゃないか。
シルファを連れて行くと言ったって、俺は剣も折れた訳だし……。
ララーさんが何かに気付いたようで、話しかけてくる。
「剣なら2本、ハンマーフォールさんが用意してるわよ」
ハンマーフォールさん、なんて準備がいいんだ。
店を回った時ちは違う種類の涙が出てくるよ・・・・・・。
剣はどこにでもあるような剣だった。だが、有ると無いとでは全く違ってくる。
「それとソングくんたちが書置きを置いていったわ。ヒロトくんへの激励かしら」
「それはありがとうございます」
ソングさんたちが置いていったというメモを手に取った。
「小さい方がシルファちゃんのね」
「はい! ありがとうございます。ララーさん」
「もう。かわいいんだからシルファちゃんは!」
ララーさんとシルファがキャッキャウフフをしている。
本来こんなサービスを通常の俺は見過ごせないのだが、今は大きすぎる不安に頭を悩まされていた。
俺、まだウコーン1羽も倒せてないのに、大丈夫か……?
シルファは行く気マンマンだ。
遠足じゃないんだから……。
でも、ウコーンはモンスター界で最弱。俺でも油断をしなければ、前のようにはならないはず……。
「シルファ行こう! 俺たちも少しでもみんなの役に立たないとな!」
「はい! ヒロトさん。お供します」
「二人ともいってらっしゃ~い。遅くなる前に帰って来てね~」
遊びじゃないんだから!
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シルファと二人でモンスターが潜む草原に着いた。
草原の向こうに丘がある。そしてその奥には山がある。
丘に行くと出現するモンスターのレベルが上がり、山に入ってしまうとモンスターのレベルはCやBクラスのモンスターになっていく。
ソングさんが言っていた。「あの山には近づくな」と。
まずこの草原でウコーンを1羽でも多く倒して、ソングさんを安心させてあげよう。
「シルファはその辺りで隠れていてくれ」
「はい! ヒロトさん」
返事だけは良いんだから。
よし、ウコーン来い。
ソングさんたちが書いてくれたメモにはウコーンの倒し方や弱点。もし丘に行ってしまった時の対処方法などが書いてあった。
ただ、ソングさんのメモに「ブアーー」とか「ズビーー」といった擬音が多く、あまり参考にはならなかった。
あの人、現場派なんだろうな。
強いけど馬鹿だし、感覚でしていることを見せながら教えるんだろうな。
ソングさんのアドバイスはあてにならないので、他のメモを探っていると、1枚几帳面な字でキレイにまとめられたメモがあった。
お! これは。実によく書けている。
俺はそのメモをじっくりと読み、大体の動きを頭の中でイメージトレーニングした。
「ヒロトさん、なにをしてるんですか?」
「君には分からないさ」
「??」
シルファには分からないだろ。これが闘う男ってもんなんだ。
「よし。とりあえず、これを参考にやってみるか!」
「頑張って下さ~い」とシルファの声援が聞こえたが、俺はウコーンとの戦いに集中した。
剣を石に当てて、高い音を鳴らした。
みんながくれたメモにこの音でウコーンが近付いてくると書いてあった。
案の定、ウコーンが跳ねるように近付いてきた。
「うわ~、かわいいですよ。ヒロトさん」
そうですね。ウサギみたいですから。
シルファを連れてくると、楽しくなるとララーさんが言っていた。
確かにこれがデート的なヤツなら、さぞ楽しいことだろう。
でもこれは「狩り」なんだ。
ウコーンが跳躍の回数を増やし、突進してきた。
来るぞ……!!!
刀身に当てるのではなく、擦るように軌道を変える。その為には剣の地の部分は相手に見せず、刃を相手に向ける。
ウコーン角が剣に通過するのと同時に剣を上に押し上げる。
角を上に向くことで、前脚が地面に着かずバランスを崩し、ウコーンが倒れ込む。
倒れた所をすかさず、ウコーンの首元に剣を入れる。
首元はウコーンの皮が最も薄い部分になるので、簡単に裂くことができる。
できた……!!!
ウコーン1羽討伐成功だ!!
それにしても、このメモ丁寧に描いてあったな。
この「ディサルモニア・ムンディ」って誰だ?こんな人、ギルドにいたか?
まあいい。俺も冒険者としてやっとデビューした心地だよ。
「ヒロトさん、すごーい」
俺は「ありがとう」と手を挙げた。
内心むちゃくちゃ喜んじゃいるが、それをここで出してしまうと、なんか必死にウコーンを倒したみたいになっちまうからな。へへへ。
よし、次のウコーンを狩るぞ……!!!
1-1
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この物語の1話目です。
是非こちらからも見て下さい。
2-1はこちらから!
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