2-10
ハンマーフォールさんと一緒に町を歩いた。歩幅が違い過ぎるせいか、俺は早歩きでも付いて行くのに精一杯だった。
なぜ、ハンマーフォールさんは俺を……。
「ハンマーフォールさん、どこに向かってるんですか……?」
ハンマーフォールさんは前を向いたままで、何も言わなかった。
「ハンマーフォールさん」
「黙ってつい来い」
低い声でそう言われ、俺はそれ以上何も話しかけられなかった。
気まずいまま後ろをついて行く。
ハンマーフォールさんが急に足を止めた。小汚い格好をした男たちがいる方を見つめている。1人が何も言わずに被っていた帽子をハンマーフォールさんに向けて差し出した。ハンマーフォールさんがその中に金貨を数枚放った。
無言のまま、ふてぶてしい顔をした男たち計6人が面倒臭そうに立ち上がった。背伸びをしている者や欠伸をしている者もいる。
「あの人たちは何なんですか?」
「まあ、見ていろ」
ハンマーフォールさんはそれだけを言って、腕を組んで黙り込んだ。何かを待っているように思える。
ハンマーフォールさんと同じように髪を伸ばし髭もたくわえている者や、反対にスキンヘッドの者など。見た目もバラバラだ。
彼らが楽器のような物を手に取った。
「この人たちは、音楽家ですか?」
「ああ、コインを渡せば、曲を弾いてくれる」
無愛想で服装にも頓着しておらず、俺の知っている音楽家というより職人に近い印象があった。
始めに中央に立った男が低く伸びる声で何かを歌いだした。この人がヴォーカルなのか。
耳から入ってくるその歌声は、いつかテレビで見た民族音楽のようでどこか懐かしい。
急にテンポ速く荒々しくなった。
大きな太鼓の奏者。バチを2本持ち力強く、そして速く叩く。
その横に小さな太鼓とシンバルのような金属の打楽器を座った状態で器用に叩く奏者。
これと大太鼓でドラムのような役割なのだろう。
先程まで長く伸びるような声を出していたヴォーカルの男がしきりに頭を振り回している。
ハンマーフォールさんのように長い髪が、振り回す頭に付いて行く形でグルグルと独特の軌道を描く。
バイオリンのような弦楽器弾きが2人で歌本来のメロディを作り出す。
フルートのような木管楽器が高音を入れることで大太鼓の荒々しさを程よく調和してくれている。アクセントとして高音が心地いい。
コントラバスのような大きなバイオリンに似た楽器が低音を引き立てる。これがベースの役割だろうか。
自称ゲーム音楽にも精通する俺からしても中々に聴きごたえのある曲調だ。むしろ好みである。
先程まで頭をぶん回していたヴォーカルが歌い始めた。
嗄れたような声で、まるで獣が歌っているようにシャウトする。
後で聞いたことだが、こういう唄い方をグロウルというらしい。
歌詞は聞き取れにくかったが、ハンマーフォールさんが歌詞カードを手渡してくれた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
1番
~死者は産声の前に祈り続ける この夜を終わらせないでくれと~
~死者は産声の前に嘆き出す あの影の島が恋しいと~
~死者は産声の前に笑い始める 彼闇の英雄が目覚めると~
~正義に集いし 6の選ばれし者と1人の祈祷者~
~山を越え 谷を越え 影の島へと 突き進む~
~いびつな太陽 光さえ見えない 魔物に護られた 黒の砦~
~闇の王がやってくる 血に飢えたやつらがやってきた~
~我らが領土 一切汚されてはならない~
~春を愛し 夏を感じ 秋に浸り 冬を抱く~
~大剣よ 聖なる大剣よ あの者を封じよ~
~不死者現るる時 新たな世が動き出す~
~汝に問う あれは討てるか~
~汝に問う だれを信ずるか~
~汝に問う 恐れなどあらぬか~
~汝に問う なにを護るのか~
2番
~死者は産声の前に祈り続ける この夜を終わらせないでくれと~
~死者は産声の前に嘆き出す あの影の島が恋しいと~
~死者は産声の前に笑い始める 彼闇の英雄が目覚めると~
~闇を愛し 幾万の魔物よ~
~山を覆い 谷を覆い 影の島に 抱かれる~
~心地良い咽び 安らぐ哭き声 魔物の棲家こそ 黒の砦~
~不滅の王が帰ってきた 幾千の夜を待ちわびただろうか~
~我らが領土 邪魔ものたちを排除せよ~
~闇を愛し 血を感じ 炎に浸り 死を抱く~
~大剣よ 邪なる大剣よ あの者を封じよ~
~不死者現るる時 新たな世が動き出す~
~汝に問う あれは討てるか~
~汝に問う だれを信ずるか~
~汝に問う 恐れはあらぬか~
~汝に問う なにを護るのか~
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
歌詞を読むと、1番が人間側の歌で、2番が魔の王? 側の歌のようだ。どちらともに不死者が出てくる。不死者が鍵なのだろうか。
「激しいですね。こんな音楽がこの国には古くからあったんですね」
「いや、曲調は時代とともに変化しているんだ。この歌は語り継がれ、唄われ続けなければならん。その時代その時代に合った曲調に音楽家たちが編曲している。口ずさむことで、次の世代に受け継がれていく」
ハンマーフォールさんも腕を組んだ状態で、指や足でリズムに乗っているのが分かった。辺りを見回すと町の住人も集まり出した。歌に合わせて踊る者や暴れ回る者など各々に音楽を楽しんでいる。
「東の果ての出身なら知っていることだと思うが、300年に一度魔王が現れる。この国ではそれを忘れないように、こうやって歌にしている」
「不死者に敏感なのもそれでですか?」
「東ではどうかは知らんが。人間族でも魔法使い族、それに獣人族全ての種族で不死者が現れること自体が不吉とされている。不死者は禍々(まがまが)しく忌み嫌われた存在だ」
クライフのこれまでの罵倒が脳裏に浮かんだ。
だから、あんなにも驚かれ、嫌われていたのか。
いや、クライフの反応が本当は正しいのかもしれない。
他の皆も様子を伺っているだけなのかも……。
「そんなにも嫌われているのに、なぜ俺をギルドに置いてくれたんですか?」
「お前は不死者じゃねぇんだろ?」
「……はい」
「そんなら、胸張っていろ。俺はお前が諦めない限り、俺もお前を信じる事を止めねえなあ」
俺は見上げたが、ハンマーフォールさんがどんな表情をしているのか分からなかった。眼に水が溜まり視界がぼやけてしまったからだ。
「お! 涙を流すとは。この音楽がよほど気に入ったってことか?」
「え、ええ。気に入りました。とても。また聴きたいですね」
ハンマーフォールさんが陽気に笑いながら、肩に腕を回してきた。
俺はそっと、袖で溢れだしそうな涙を拭った。拭っても拭っても、涙は止まりまそうになかった。




