2-8
「奇襲って、サラはそんなことまでしてくるのか?!」
「そんな。ライトブリンガー家のご令嬢はそのようなことはなさいません!!」
いや、俺は殺されかけたぞ……?
一騎馬車に近付いてきた。
赤い甲冑を身に纏っている。
グティが並走してくると、シルファが小窓を開けた。
「敵国からの何の部隊か解らぬが、遭遇してしまったらしい」
敵国……。あのトカゲ男たちのことか……?!
この世界に来て早々、トカゲ男に腹を抉られたことを思い出した。
膝が震えた。息も不規則に乱れた。
「ヒロトさん、大丈夫です。いざとなれば、私がヒロトさんを守ります!!」
シルファが俺を気遣ってか、息巻いている。
「ありがとう」
ただ、シルファにそう言って、手を持って座らせてあげた。
立ち上がった状態で緊張のあまり固まってしまっていたようだった。
並走していたグティが話しかけてくる。
「敵、騎馬30騎に歩兵20。いや、何かを背負っている工兵かもしれんが、槍も持っている。こちらは8騎、念の為、馬車には全速力で先行してもらうことにする」
敵方50!? 6倍以上じゃないか!!
「そ、そんな数相手にしていたら……」
「ヒロト。心配いただき感謝する。相手の部隊も目的も解らぬ故、多少遅くなるかもしれぬが、いずれ追いつくだろう。では!」
そう言うと、グティが離れて行った。
グティの元に味方7騎が集まってきた。
密集態勢に入った。
敵が追いかけてくる。
それに向かってグティら8騎が駆ける。
「8騎ばかりで大丈夫なのか……?」
「もっと多いかと思っていましたが、数が50ぐらいでしたら、グティエレス様はものとも致しません」
「それ程に強いのか」
「ええ、あの方の手綱さばきはあまりにも上手く、駆けるのも速いのですよ」
「いかに手綱さばきが上手くても、強くなければ勝てないじゃないか。シルファ」
「グティレス様の騎馬は暴風が迫るような勢いだそうです。あの方の騎馬隊が駆け抜けていった後には人と馬の亡骸しか残らないことから、紅の業風、または業風ヒブリアと呼ばれていますわ」
「赤の業風……」
「そう、あの赤い騎馬隊が駆け抜けていった際に『地獄の風』が吹くと敵方に恐れられています」
しかし、グティ以外は銀色の甲冑を着ている。
今日は護衛目的だったから、グティの赤備え部隊ではないのかもしれない。
そうであれば、グティ一人で50人とやり合うつもりなのか。
「あー! ヒロトさん、今他の7人が弱いのかもしれないと思われましたね?」
「いや、そりゃ。周りは朱色の甲冑を付けてないからな」
「あの7人はグティエレス様の部下の中でも精鋭です。グティエレス様が率いる部隊が何千になろうと、あの7名は銀色の甲冑。グティエレス様とその他の騎馬は赤色の甲冑を身に纏います」
グティは、あの7人を目立たせることで、多くの騎馬の中に自分を隠すのかもしれない。
少し卑怯な気もするが……。
「ヒロトさん。今我が主人を卑怯な者と思われましたか?」
シルファの眼が鋭い。あ、ヤバい。これは地雷を踏んでしまったか……。
「い、いやそんなこ……」
「安心して下さい。我が主人はその逆で、常に7人と共に行動します。身を隠すのではなく、反対に指揮官の居場所を敵により鮮明にさせています」
それもそうか。隠れるのであれば、わざわざあの7人に別の甲冑を付けさせない方が納得できる。
グティら8騎が50騎馬と歩兵の敵に向かって突っ込んでいった。
突進の速さと相手が「赤の業風」だと知って、敵が浮足立ち始めた。
グティたちの喊声の後に敵の喚声が聞こえてきた。
敵50の内、1度の突撃で10数騎叩き落されている。
グティら8騎を10数人に減少した歩兵が足止めをするように戟を動かしている。
その隙に20騎程が左右に分かれ、こっちに向かって走って来た。
「こんな馬車に乗っているから、要人と勘違いされてしまったのか?!」
「ヒロトさん、大丈夫です。いざとなれば私シルファがその命に代えて、アナタをお守り致します」
力強い言葉とは裏腹にガクガクと震えるシルファ。
震えるシルファの手を握った。手は驚くほど冷たかった。
「シルファ、その逆だ。君は俺が守る」
そう言って、ヒロトは馬車の内鍵を開け、走っている馬車から飛び降りた。
俺なら、殺されたと偽装ができる。いや、実際に一度は死ぬんだが……。
スピードに乗った馬車から飛び降りるというのは、思っていた以上に転び、そして想像以上に痛かった。まだ起き上がれない。
こんなに痛いなら、もっと降り方を考えただろうに……。
グティが歩兵を倒し、反転し騎馬を猛追してくる。
いくらグティが業風と呼ばれていても、この距離は縮められないだろう。
これで良かったんだ。あんなに世話になったシルファをこんな獣人どもに殺させやしない……!!
ふらつく太ももを数回叩き、力強く立ち上がった。
自分ではそう思ったが、実際はフラフラの状態で立ち上がったのかもしれない。
敵の騎馬が迫ってくる。
腰には剣も何も差していない。ポケットにはあの小さな剣はあるが、使い道はないだろう……。
両手を広げた。
騎馬が10m程の距離になった。
地響きのような馬蹄の音がだんだんと大きくなってきた。
トラウマになっても困るので、眼を瞑った。
やっぱり殺される瞬間ってのは怖いからな。
気合いが聞こえた。そして風が吹いた。
斬られたのなら、おそらく首だろう。首を斬られると痛みも感じないらしい。
しかし、首を斬られても思考は続くのだな。
そう思い、勇気を振り絞って眼を開いた。首から上が無くなった自分を見るのが怖かった。
待てよ、今みたいに切断された場合って、どうやって生き返るんだろうな……。
目を開くと、新緑の草原に気持ちいい程に済んだ空があった。
俺は立っている。
手を見た。足を見た。地面に立っている。
恐る恐る首を触ると、首は斬られていなかった。
どこも斬られていない。
騎馬が駆けてきた。
先頭の朱色の甲冑を着たグティが馬から降り、近付いてきた。
「グティ、君が敵をやっつけ……」
右あごに今までに受けたことのない程の衝撃を受けた。
倒れている間にグティに殴られたのだと気付いた。
そして気を失った。
しかし、すぐに水をかけられ、背中を押されたようで、意識を取り戻した。
グティの表情はひどく怖かった。
顔をその甲冑と同じぐらい真っ赤にしている。
「ヒロト! なぜ飛び出した!?」
「え……」
「丸腰で! 無駄死にするな!」
また殴られた。また殴ってくる手が見えなかったが、意識を失わなかったことを思うと、先ほどよりも加減されたのかもしれない。
痛いことには変わりはないけど。
「信用しろと言っても難しいかもしれないが、無駄に人は死なせない。あんなことはもう止めてくれ」
「ああ、分かったよ。すまなかった……」
グティの厳しい軍人としての一面を見た気がした。
こういう経験がなかった俺は、消え入るように謝ることしかできなかった。
敵は散り散りに潰走していったようだ。グティたち8騎が追いかけている。
相手部隊の目的やなぜ遭遇したかなどの情報収集や潰走軍の戦利品の回収がある為、その場でしばし休憩を取ることになった。
痛みの残る頬を擦っていると、馬を連れてきたグティがやってきた。
「ちょうど敵の馬が無傷で手に入ってな。ヒロト、君は馬に乗ったことはあるか?」
そういえば、高校の時の修学旅行じゃないなんかの泊まり学習で馬に乗ったことはあったな……。
いや、待てよ。グティの言っている「乗ったことがあるか?」というのは、「馬を思うが儘に操れるか?」という意味ではないだろうか。
それであれば、全くの論外だ。
俺は馬に跨ったことがあるだけで、疾駆などしていない。
「跨ったことが1回あるぐらいだ」
「そうなのか? てっきり東の果てから来たのだから、馬にも乗っていたのかと思ったんだが」
そうだったーーーー! そういう設定だったから、馬って乗ってそうだよね。
でもねぇ。たぶん神って名乗る老人に雑に落とされたんだと思うんだよね。ここに。
どう、説明しようか……。
俺が思案している間、グティの様子を目の端で伺った。
グティは不思議そうにキョトンとした顔をしていた。
この人って、こんな顔もするの?
いつもはクールなイケメンか、猛々しいイケメンかのどっちかなのに。結局どっちもイケメンではあるんだけど。
この顔はイケメンではない。なんて気の抜けた……。
男がみても、このギャップかわいいとすら思えるよ。
「ええっとね……」
「うん」
「ええっと、ちょっと待ってね」
「待つね」
なんで、二人ともこんな口調なのだろう……。
そんなことを思いつつ、考え込んだ。
それも大袈裟に腕を組んで、唸りながら。
グティの期待値がドンドン上がってきているのは、ひしひしと感じる。
キョトンとした顔のままだが、鼻息が少し荒い気がする。
「ふ、船…………だったかなぁ…………」
「船か! なるほど! それなら馬はあまり乗らなかったはずだ」
胸を撫で下ろした。
よかった。東の果てとこっちの国には船の行き来があったんだ。
「でも乗ったことが無いなら、一度乗ってみようか、ヒロト」
結局乗るんかい! 乗せられるんかい!!
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この物語の1話目です。
是非こちらからも見て下さい。
2-1はこちらから!
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