1-2
昨日起きたことを振り返ろうと思った。
いや、昨日起きたことをありのままに話すぜ。
そう言った方がかっこいいだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
漆黒が包む世界。その終焉を告げるようにカーテンの隙間から青みがかった世界が広がり始めていた。
早朝というにはまだ早く、起きているのは俺のような徹夜組か新聞配達の人ぐらいだろうか。
ゴト。
ゲーム機のコントローラを床に置いた。
座ったまま腕を上げ、背伸びをした。なかなかにこれが気持ちいい。背伸びをしていると、腸や胃も刺 激されるように思え、乱れた食生活や生活習慣が帳消しになると錯覚してしまう。
「はぁ~、今日もぶっ通しでやっちまったなぁ」
誰もいないのにそう呟いた。この呟きは俺の中ではRPGに対する最高の褒め言葉である。
スマホアプリが盛んなこのご時世、家庭用ゲーム機用のRPGを出すだけでも称賛に値するのに、このゲームときたら、抜群に面白い。名作になるかもしれない。
だが、俺とこのゲームとの関わりもこれまでのようだ。クリアはしていないが、俺はもうこのゲームをすることはないだろう。
バーンアウト症候群、または燃え尽き症候群。
高校球児が夏の大会が終わった後、何も手をつけられなくなったりするあれだ。
「俺はやった。やり切った」そう思った、達成感で満たされた時、奴は忍び寄ってくる。
クリアを目前にして、俺はどうやら燃え尽きてしまったようだ。
俺にとってボス戦は高校球児でいうところの試合終わりのグランド整備みたいなもんだ。もうこの試合は終了しているんだよ。
スマホで時間を見た。朝5時にもなっていない時間だった。
「おいおい、いくらなんでもやりすぎじゃねぇのか?」
また独り言である。自分でも驚く程声量が大きかった。
立ち上がろうとすると眩暈がした。
さすがにやり過ぎたか。
疲労感とともに自分がやけにクレイジーな人間だと自嘲をする傍ら、言い様のない達成感もあった。
達成感は全ての虚無感への始まりだ。
ニヒルに笑ってみせた。周りには誰もいないが。
ギュルギュルルルル~
腹が鳴った。
腹が減ったが、金は無い。冷蔵庫なんぞ調味料の保管庫としての役割しか担っていない。
スマホの電話をタップした。
1ヶ月に1度のペースでの母親への電話。
そろそろ今月も「追い仕送り」をねだる時期となっていた。
頭をボリボリと掻いた。
「大学も行かずにゲームばっかしちゃって。知ったら泣くだろうな。いっそのこと異世界にでも飛ばされないかなぁ……」
部屋を見るとカップ麺を食べた後、捨てるのも面倒だったのだろう。その記憶もないが、ゴミ箱に捨てそびれた物が雑然とゴミが散らかっていた。
俺は一日一善の精神からゴミを片付けることにした。
床に散らばった割り箸を拾おうと足を踏みだすとゲーム機のコードが足に絡まって、バランスを崩した。ゲーム機の角が目がけて倒れていく。
――――あれ?
目を開けると、辺りは妙に白く、その白い空間が無限に広がっていた。
一面、白に包まれていた。この場所はまさか天国だったりしてな。
「天国とは、ちと違うかの」
どこからか声が聞こえてきた。
辺りも見ても誰もいない。
「こっちじゃ、こっちじゃよ」
声が聞こえた方に目をやり、凝らして見るとそこに白いローブに身を包んだ老人がいた。白髪に長い白髭をたくわえている。
「うわ! あ、あんたは?」
「神じゃよ」
か、神……。神様? て、ええ?!
「神は珍しいか? ファンタジー界の神じゃよ」
ふぁ、ふぁ、ファンタジー!? 何を言ってるんだ?
いや、それより今俺の心を読んだか?
「いつも異世界に転生させるのは手違いなんじゃが、今回は違うのじゃ。すまぬな」
「え?」
「こちらの意図で、お主を死なせた」
「え、なんでなんで。なんでですか?」
神と名乗った老人が手の平を翳していくと何か四角い物がうっすらと現れてきた。
「ほれ、懐かしいじゃろ」
「はあ」
懐かしい? 何を言っているんだ? 目を細めながら、神と名乗る老人が翳したモノに目を凝らした。
「う、うわぁ懐かしいなぁ」
童心に返っていた。気付かない内に言葉が出ていた。
今までにプレイしてきたRPGのソフトがそこにはあった。
「お主にはこれは分かるかの?」
ああ、当然さ。
「おれ、あ。私が今までやってきたゲームです」
神が何度も頷いている。
「やってきた……か。時に、これらのゲームのストーリーの結末は当然しっておろうの」
「い、いえ。知らない……です……」
「お主はゲームが好きらしいが、クリアをしたゲームは皆無に等しい。RPGに至っては、クリア数はゼロときた」
神は何か資料を見ながら話している。
だからどうしたってんだよ。楽しみ方は人それぞれじゃないか!
「ワシもそう思わんことも無い。好んでやっとる訳じゃないんじゃ。ある者とお主の希望がマッチしたのでな」
「な、なんのこと……ですか?!」
「お主、先ほど『異世界に行きたい』と呟いたじゃろ?」
「はあ。言ったかもしれませんが、それが?」
「ワシがお主の希望を叶えてやろうというのじゃ。RPGの神はそなたにウンザリしておる。お主を殺したいと願ったのがRPG神じゃ。実行したのがワシじゃ。悪く思わんでくれな」
神が照れながらそう言った。
いや、照れている意味が全く分からんのだが……?
なんで俺はRPG神に殺されないとならないんだ?
神と名乗る老人がこちらを見据えて話を続けた。
「神は自らの手で裁くことを禁じられておる。そんなことをすれば神自体が邪悪な心に支配されかねぬからの。神とて人間族と同じ、1人では何も出来ぬのじゃ。そこでRPG神がワシに直々に頼み込んできたのじゃ」
俺の理解が追いつかぬまま、神が矢継ぎ早に続ける。
「お主の認識がどうか知らぬが、今の時代、神も全能神など存在せず分業制を敷いておる。わしはファンタジー界の一部を受け持つ神で、RPGの神に頼まれたんじゃよ。ほほほ。RPG神は出世頭じゃからの。こういう所で借りを作っておけば、わしも後の100年は安泰じゃと判断した訳じゃよ」
朗らかに笑いながら話す神に腹立ちを覚えた。
「私はRPGをクリアしなかっただけで殺されたってことですか?」
「RPG神も何度もお主がクリアできそうなゲームをお主にそれとなく勧めておったようじゃぞ? 自分の意志でなくゲームを購入した経験があるであろう?」
た、たしかにそう言われれば、無意識にRPGを買っていたことが何度かあった。
しかし、そういった場合は駄作が多かった記憶だ。
「しかし、そんなことで怒りを買うのですか?」
「RPGの神があんなにも怒り狂っておったのを見たのは後にも先にもお主に対してのみじゃ。ゲームが好きなくせに、特にRPGが好きなくせに1つとしてクリアをしないお主にも責任はあると思うがの」
そ、そんな無茶苦茶だ。そんなことが許されるのか。
「許されるんじゃよ」
「人の心を読むな!」
神と名乗る老人に礼を失した。だが、今はそれどころじゃない。
自分が理不尽に殺されたんだ。
「もうお主は現世では死んでおる。ゲーム機の角に頭を打ってな。ぷぷぷ。決して手違いではない。そういうこともあって、命を繋ぐ為には転生しかないのじゃがの」
「そっちの都合ばっかりで、よくもこう話を進めやが……りますね」
「結局世界は神のものじゃからのう。して、お主転生するかの?」
朝食にパンかご飯かを選ぶぐらい軽い言い方で重要なことを聞いてきた。
苛立っていた自分がなんだか馬鹿らしくなってしまった。神なんてものは所詮こんなもんなのかもしれない。
「転生してやりますよ。だけど、転生後どうするかは勝手にさせてもらいますからね。女の子を集めてハーレムを作ろうが、仕事もせずゴロゴロしていようと文句は言わせませんよ!」
「後者は今と変わらんじゃろうが……。おっと、これは失礼。わしとしては、平和な世界にして欲しいがの」
「善処します」
神と名乗る老人が何かを思い出し、それから明らかに動揺し出した。
「あ、ああ! いかんいかん。そうじゃった。お主はクリアをせねばならん」
「クリア? なんですかそれ? 俺が行くのはゲームの世界なんですか?」
「ゲームの世界であるものか! とりあえずクリアじゃ。ここで誓え。ファンタジー世界をクリアするとな。クリアならなんでも良い。世界を救ってみろ」
「だから、クリアって漠然と言われましても……」
「そんなもんお主が勝手に決めろ! 『クリアする』と言わせるまでがRPG神に依頼されたことなんじゃ」
「そんな脅迫、神同士で良いんですか?」
「あー! あー! 聞こえぬー、聞こえぬー!!」
耳を塞ぎながら首を振る神。
神でなくても、こんな老人をこれ以上苛めるのもかわいそうな気がしてきた。仕方がない。
「おお、そうかそうか。クリアを目指してくれると申すか」
「だから心を読まないで下さい! 『クリア』します。結局クリアが何なのか理解できていませんけどね」
「その言葉待っておったぞ!!」
そう言うと、また神と名乗る老人が手を翳した。
「ガチャターイム!!!」
「!?!?!?!?!?」
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