2-6
「前のように、き、奇跡が起これば、俺は生き続けられる」
「ふむ。ではお主の言い方では、今はその奇跡が起きぬと言うのか?」
「勝手に解釈しろ」
「サラ様、ヒロトは東の果てより来たと申しております。これは仙術の一種かもしれませんが、今のヒロトの話し方を聞いていますと、何か誓約や条件があるのかもしれません」
「ではどうしろと言うのじゃ」
「今日のところは、判断を急ぐべきはないと」
サラは苛立たしい表情をしながら、思考を巡らせているようだ。
「サラ。我が娘よ。グティエレスの申す通り、今日のところは解放してやれ」
サラは自分の父親の言葉でようやく、その怒りの矛を鞘に収めた。
「では、ヒロトに申す。その太腿の傷が治るまで、待ってやる。本日はここに泊まるがよい。後で晩餐会も開こう。非礼を詫びる」
そう言うと、サラは大広間を出て行った。
サラの父親や騎士たちもその場を去って行った。
晩餐会……だと……?!
怒りのやりどころが分からず、拳を振り上げては絨毯を殴った。
グティが剣を鞘にしまう音が聞こえた。
まだ傍で立っている。
何度も何度も殴った拳には血が滲み出していたが、気にならなかった。絨毯が真っ赤だったので、何かを汚すことの抵抗も無く、何度も床を殴った。
何回目だっただろうか。拳を振り上げた時に拳に冷たい何かが触れてきた。
見上げると、それはシルファの手だった。
その手を振り払った。
「離せ!!」
グティとシルファを睨まずにはいられなかった。
なぜこんな仕打ちを受けなければならなかったのか。
俺は感謝されたとしても、あのサラという高飛車な子どもにボウガンの矢を射られるようなことはしていない。
シルファが何か言おうとした。表情からして、謝罪なのかもしれない。
それをグティが手で制した。
「ヒロト。君には痛い思いをさせてしまった。無礼を詫びよう。すまないと思っている」
「は?! なんだよ、その上から目線な謝り方は」
「君の治癒力を見たかった。それだけなんだ。君の治癒力が上がるのは、あらゆる条件があるのかもしれないし、本当にあの時の状況はただの奇跡だったのかもしれない。それも含めて私たちには確かめる必要があったんだ」
「自分勝手な物言いだな」
まだ右太ももがズキズキと痛んだ。
さすがに立ち上がろうとした。しかし、痛みで膝を折ってしまった。
シルファが肩を貸そうとしてきたが、信用しきれず肩を押した。
「俺に構わないでくれ!」
シルファが申し訳なさそうな表情をしていた。
「そんな眼で見るなっ!」
痛みは一向にひきそうにないが、もう一度自力で立ち上がろうとした。またしても膝を折ってしまった。
すかさずシルファが肩を貸してきた。シルファの肩を借り、立ち上がった。
立ち上がる時に馬車で嗅いだ甘い匂いがした。
「なんだよぉ! もう!! 訳が分かんねぇよ!!!」
俺は頭を掻きむしった。
「ヒロト。サラお嬢様も晩餐会を開き、詫びる場を欲しいと言っている。部屋も用意してあるから、一度戻るといい。そこまではシルファが肩を貸そう」
「なにが晩餐会だ! あんたたちは貴族以外の人間は、人間ではなく物とでも思っているのか?!」
「恨むなら私を恨んでくれればいい」
そう言って、グティが大広間を後にした。
なにをかっこつけてやがるんだ……!!
シルファに部屋へ案内され、太ももと手の止血その他の手当てをされた。
昂っていた感情は落ち着いてきたが、憎悪に似たものは濃くなっているように思えた。
「グティエレス様は、ヒロトさんの治癒力が以前のものと違ったことにひどく動揺しておられました。このままではヒロトさんが死んでしまうと……。咄嗟にギルドの者から事前に聞いていた情報などを組み合わせて、条件などの話をされたのだと思います」
ギルドの者からの情報……?
ああ、東の果てから来たとかのことか。それなら、ララーさんも聞き取りをされていたってことか。
シルファが俺の手を握り締め、もう片方の手でそっと撫でてきた。
「ヒロトさん。本当に申し訳ありませんでした。不用意にあなたを傷つけてしまう結果となってしまいました」
「もういいよ……。シルファ。君一人が悪い訳じゃない」
もうどうでもよくなり、投げ出したい気持ちと、シルファを不憫に思ってしまう自分がいた。
そんな自分にも嫌気がさしてしまった。
大きな溜息をついた。
その間もシルファは俺の手を撫で続けてくれている。
「ヒロトさん」
「…………なに……?」
「水に流せとは言いません。ただ、晩餐会には来て下さい」
また、晩餐会のことか。と苛立たしく思ったが、シルファに言ったところで何も解決はしない。
「考えておくよ……」
シルファが手を離し、部屋から出て行った。
出て行く際に「迎えに来ますね」と言い残して去って行った。
腹は減っていた。ただ、それよりも憎たらしい気持ちが断然勝っていて、晩餐会になど行く気にはなれなかった。
豪華なベッドに横になった。
この豪華さも今では寒々しく思えてしまう。こいつら貴族の豪華な暮らしは平民の血税の上に成り立っているのだ。
手当てをしてもらっても痛みはやはりあり、痛みを忘れる為にも寝てしまおうと思った。寝ていれば、その間に晩餐会という馬鹿げたイベントも終わっているだろう。
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何かを叩くような低い音で目を覚ました。
寝起きは最悪だった。おそらくそれ程眠れていない。
「ヒロトさん。お迎えに上がりました。シルファです」
シルファが扉を強めに叩いている音だった。
眠さもあり、とりあえず放置することにした。
シルファには可哀そうだが、俺のせめてもの反抗のつもりだった。
「ヒロトさん、起きてますか?!」
シルファは懲りずに扉を叩いている。
「ヒロトさん! 起きておられたら返事して下さい!!」
シルファに焦りが出始めていた。俺が寝ているのか、それとも屈辱と憎悪のあまり……なんて想像しているのだろうか。
またもやシルファには可哀そうだったが、放置してみた。
「ヒロトさん! ヒロトさん!! 返事して下さい!! まさか…!! いや! 死んじゃ嫌です!!」
おいおい、これは。シルファの妄想が膨れ上がりすぎて、とうとう俺が自殺したことになってしまいそうだ。
シルファの懸命な泣き叫ぶ声に、いたたまれない気持ちとその五月蠅さからベッドから降りて扉を開けた。
「なんで俺を勝手に殺してるんだよ」
「よ、よかった。ヒロトさん……無事だったんですね……」
シルファは腰が抜けたようにへたり込んだ。
それを見て、咄嗟に噴き出してしまった。
確かに怒りを覚えていたはずなのに…。
ふいに、まだシルファの名も知らなかったグティの屋敷でのことを思い出した。
あの時もこんな風に心配してくれてたよな。
あれ?もっとコミカルだったかな……。
シルファが頬を膨らましている。少し頬を赤らめ恥ずかしそうでもある。
「ひどいですよ。ヒロトさん……」
「悪い悪い」
そう言い、シルファを引き起こしてやった。
「では行きましょうか」
シルファの熱意に負けて、晩餐会とやらにとりあえず行ってやろうと思った。
全くもって、初めての晩餐会がこんな嫌な気持ちで迎えるものになるとは思ってもみなかったよ。
用意されていた黒のタキシードに着替えた。
いつ測ったのか分からないが、ピッタリとサイズが合っていた。
晩餐会会場に向かって歩き始めた。
歩き出すと、やはりまだ太ももに痛みがあった。
会場に着くと、キレイに彩られた料理が並んでいた。
晩餐会の席次は決まっているようだったが、始まってもいないのに立食パーティのような状態だった。
ステーキや焼き魚など、ギルドでの料理とは比べものにならない程上品に盛り付けられているが、どれもシンプルな調理法のものばかりだった。
酒はワインのような飲み物とビールのような「ルービー」という飲み物があった。
酒以外は無さそうで、皆アルコールを飲むのかもしれない。
サラがこちらに気付き、笑みを浮かべた。
可愛げのない自信に溢れた笑顔だった。
なんだあの勝ち誇ったような顔は……。虫唾が走る……!!
サラが成人男性の膝丈程の台に上がった。
「本日の主役も文字通り身体を張って来てくれた。本日は存分に楽しもう。ウィー」
「「「ウィー」」」
サラが「ウィー」というと全員が「ウィー」と言った。これがこの世界での乾杯なのかもしれない。
貴族というからには、もう少し「プロージット!」的なものを期待していた俺はひどくガッカリした。
1-1
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この物語の1話目です。
是非こちらからも見て下さい。
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