2-5
朱色の甲冑を着たグティが白い歯を見せ笑った。
「グティさん、よろしくお願いしま……はっ!!」
咄嗟に自分が犯した非礼に口を手で塞いでしまった。
「す、すみません!! 初対面同然なのに!」
「いえいえ、これからもグティと呼んで下さい。私もヒロトと呼んでもよろしいかな?」
「は、はい! 喜んで!」
居酒屋の店員のように返事をしてしまった。
またグティが白い歯を見せ笑った。
ああ、こういう人が本当の騎士であり、騎士道を貫く人なんだろう。すんごいな。
「よろしく、ヒロト」
「は、はい! グティ!!」
「ところで、その首の包帯は?」
「これは……」
シルファの時同様、適当に説明した。
グティは驚いた顔を見せたが、「さすがヒロトだ。運も持っている」と太鼓判を押してくれた。
グティの他、数騎の騎馬が護衛をする形で馬車が進み始めた。
馬車の中はほのかに甘い香りが充満して、そして男でも憧れるようなかっこいい騎士に護衛されている……。
まるでアメと鞭ではなく、アメそしてアメ。大量のアメを口に突っ込まれているような、なんとも言い難い状況にドキドキが最高潮になってしまった。
■ ■ ■ ■ ■ ■
ドキドキしていると、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
シルファに優しく起こされた。
包帯の上から喉元に触れてみたが、傷は完治しているようだった。
しかし、色々と面倒があってもいけないので、包帯はしたままにしておこう。
「では、お屋敷に入りましょうか」
シルファに促され、馬車を降りた。
シルファは黒を基調とした綺麗なメイド服を着ている。
グティの他、騎士たちは甲冑を着て、いかにも強そうだ。
周りを見渡し、自分の身なりをみてみた。
あれ?
「シルファ、俺こんな服装でいいのか?!」
「大丈夫でしょう」
「失礼にあたらないか?」
「いえいえ、そんなことはないと思いますよ」
本当に大丈夫なんだろうか。
首を傾げながらも、屋敷の中へ入って行った。
今になって、この胸の高まりについて気付いた。
あの少女。サラに会いたいと思っていたんだと。礼がしたいとのことだったが、そんなことはどうでもいい。あの少女に会いたい……。
ただ、そう思った。
招き入れられた先は、大広間のような所で、大きな赤い絨毯が広間の真ん中に敷かれており、絨毯を挟むようにライトブリンガー家の騎士が並んでいた。
まるで国王のように豪華な椅子に腰かけた初老の男性がいた。
眼光鋭く、整えられた金色の髭。力強い顎。威圧感があり、そして強い貴族としての風格があった。
その横にいた。少女がいた! サラがいた。前に会った時とは違い、ドレスも汚れていない。
艶々と輝いた髪に透き通るように白い肌。人間離れした程に大きな目から光り輝くサファイア色をした瞳。これが彼女の本来の姿なんだ。
サラ……。
グティとシルファは、俺の後ろで片膝をついていた。
これが挨拶なのかもしれない。ギルドとはまた違った挨拶の仕方だな。
グティたちの真似をして、片膝をついた。
「ヒロトといったか。お主が我が娘を救ってくれたそうだな」
喋ろうとした。しかし、サラの父親に気圧され、喋り出すことができなかった。
「はい。まさしく。この者が救いました」
グティが後方で話してくれた。その声は力強かった。
それがなぜか分からないが、もの凄く嬉しかった。
「死にそうになりながらも身を挺して、娘を救ってくれたと聞いておる。間違いないか」
「「はい」」
グティと声が被った。今度は自分の声で返事ができた。サラの父親に気圧されることもなく。
そうだ、俺にはこんなにも頼もしい味方がいる。
「そして、異常なまでの治癒力を有するのだな」
「そ、それは……」
「はい」
俺が戸惑っていると、グティが返事をした。
シルファも頷いている。
そうか、腹を抉られてからの驚異的な回復をシルファに目撃されていたんだ。
サラの父親が豪華な椅子に座ったまま、右手を挙げて手首だけを曲げた。
何かの合図か?そう思った瞬間、身体に激痛が走った。
「なっ!!!!!!!!!!!!!!!」
サラの父親が座る椅子の後ろに隠れていた一人が、ボウガンを放っていた。
ボウガンから放たれた矢が右脚の太ももに突き刺さっていた。
サラは、驚いた表情もせず、瞳を細めて静観している様子だ。
「いっでぇぇぇぇぇえええぇぇぇぇえええ!!!!」
咄嗟に矢を抜こうとすると、痛みが増した。鏃が肉に食い込んでいて、簡単には取れない。
矢に触れると痛みが増す為、両手で矢を囲むようにしながら、のたうち回った。
「な、なんでぇ!? なんで、こんなこと!!!」
暴れ回る俺を他所にグティやシルファも含め、全員が表情も変えずに、その場で俺を見下ろしていた。
痺れを切らしたようにサラが初めて声を発した。
「グティ! 話が違う。ヒロトの傷がたちまちの内に治っておらぬではないか」
「そ、それは……」
初めて、グティが心配そうに見つめてきた。
その心配そうな表情は俺に向けられたものなのか……?
「ひぃ! ひぃぃい!! と! 取ってくれよ!! この矢!
早く取れってば!!!」
冷めた自分がいる一方、痛みはさらに激しくなってきた。
なりふり構わず、叫んでいた。
見るに見かねたグティが近付いてきた。
まず、矢を折った。そして、懐から小刀を取り出し、鏃が食い込んでしまった部分を切除し始めた。
痛みに耐えかねた俺が暴れ出しそうになると、首を包帯越しに掴まれた。
あまりにも強い力だったので、息ができなくなり、意識が遠のきそうになった。
首から手を離されて、身体が急激に酸素を欲して、咳き込んだ。
咳き込んでいる間に鏃に食い込んだ部分を全て切除し矢を抜いた。
矢を抜かれると痛みは急激に減少した。しかし、まだ全然痛い。
なんで、急にボーガンなんて射てきやがったんだ!!
「ほれ、見せて見よ。獣人と遭遇した時のような驚異的な治癒力を見せて見よ」
サラはサーカスのショーでも見ているかのように、話しかけてきた。
なんで、こんなひどいことを……展開?!
「グティ! 治らぬではないか!!」
サラの機嫌が悪くなった。
サラの訴えにも答えず、黙り込んだグティが何かを閃いた。
「あの時は致死レベルの血を流していました。もしかすると、死にそうにならないと、いや実際に死なないと治癒の効果が働かないのかもしれません」
「グティエレス。この者が不死者ではないとお前は申すか」
「お父上、僭越ながら。不死者とは本来痛みを感じぬようです。ヒロトは演技ではなく、実際に痛み、苦しんでいます。驚異的な治癒力にも何か条件があるのやもしれません」
「ううむ……」
サラが近付いてきた。
「グティ、ではヒロトを一度殺してみてはどうか」
「何を申されます。サラお嬢様」
な、何の話しをしてるんだ?
「この者は私が買う(・・)こと(・・)となった。今、死んでも後で死んでも一緒であろ?」
「ちょっと待て! 俺が買われた?! そんなこと誰が許可した!! 俺は何も聞いていないぞ!!」
サラが指で耳を塞ぎ、うるさそうな表情をした。
「ヒロト。お主は私の護衛となる為に私がギルドから買うことになった。ギルドには1億シルヴィ払うことになっておる」
「そ、そんなことをハンマーフォールさんが許したのか?!」
グティが割って入ってきた。
「ヒロト、ハンマーフォールはこの事を知らぬ。クライフと話して決められたことだ。現在我々の国は隣国と戦になっている。先日サラお嬢様が攫われたのも相手側の奇計によるものだ。今、サラお嬢様を攫われる事態は回避しないとならない。その為には強靭な護衛隊を組織する必要がある」
「そんなこと言われても、俺には関係ねぇだろうが!!」
グティが肩に手を置いてきた。
「こんな時に、その挨拶はするな!」
サラが手を挙げグティに合図を出した。
グティが剣を抜いた。本当に俺を殺す気なのかもしれない。
今日は一度、ウコーンに殺されている。もう今日は死ねない。今日もう一度死んでしまうと、それは普通の死でしかない。
サラが手を挙げたまま、俺を睨みつけ話し出す。
「最後に聞いておこう。今、お主を斬ると、お主は死ぬのか」
「死なない奴がどこにいる!!」
「では、聞き方を変えよう。お主なら死なぬこともあるのか?」
嘘をつけば見破られるかもしれない。見破られれば、それは即ち死。
嘘は絶対につけない……!!
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この物語の1話目です。
是非こちらからも見て下さい。
2-1はこちらから!
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