2-4
ギルドに戻ると、ソングさんが下を向いて座っていた。
その周りには大勢のギルドのメンバーがいた。
みながソングさんを心配して駆けつけたようだ。
ソングさんは、みなから兄貴と呼ばれ慕われていることは知っていた。
馬鹿か俺は!! 俺は、また自分のことばかり考えてしまっていた。
今回の出来事で一番責められるのは、ソングさんだ。同行中に俺が重傷を負ってしまったんだ。その責任を問われているのかもしれない。
ハンマーフォールさんがソングさんに向かい合うようにして、机に座る。
椅子では小さすぎて座れないのかもしれない。
「どうなんだ?! ソング」
「俺の不注意です。ヒロトに落ち度はありません」
「そんなことを聞いているんじゃない」
ハンマーフォールさんが組んでいたデカい脚を解いた。
そして前のめりになった。
「ヒロトは奇跡的に生き返ったんだな?」
「は、はい。あれは奇跡としか言いようがありません」
何の話をしているんだ……。
クライフがハンマーフォールさんに耳打ちをした。
ハンマーフォールさんが入口の前にいた俺を見つける。
こっちへ来いと、大きな手を振って、呼んできた。
「ヒロト。よく生きていたな。調子はどうだ?」
ここはスラスラと喋れても不自然だ。たどたどしく喋るか。
「そ、ソングさんのおか、げで、なんとかい、一命を取り留めでしょで……」
大きな咳をしてみせた。
ハンマーフォールさんが手を背中にあて擦ってくれた。大きく温かい手だった。
「あ、アットヴァンスに……、も、治療してもらったので、よく、なり……そうです……」
「そうか。以前の依頼であの偏屈じじいとも、お前は仲良くなったんだったな」
喉に手をあてながら、頷いてみせた。
「ソングをお前の教育係から外す。これはソングへの罰ではなく、任命した俺自身に対するものとなる。俺に対する罰は、今度皆の前で公表する」
ハンマーフォールさんはそう言って、解散の合図として手を振った。ギルドのメンバーが散っていく。
「ヒロト、お前は残れ」
またソングさんの事で何か聞かれるのか。そうも考えたが、俺にはハンマーフォールさんがそこまで陰湿な人とは思えなかったし、思いたくも無かった。
「はい、なんでしょう?」
「そう警戒するな。ソングのことは上手くやるさ。お前には別件でも話があった。実はこちらが本題だ」
なんだろ……?
「ライトブリンガー家のご令嬢が、感謝の意を込めてお前を自宅に招待したいそうだ」
「貴族の人がですか?」
「貴族も人だ。そう硬くなるな。もうすぐ迎えが来る。どうせその傷じゃ仕事もこなせないだろう。休養がてら行って来い」
傷は、もう治りつつあるが、それはこの際黙っておこう。言うとまたややこしいことになりそうだ。
迎えがくるなら、とりあえず待っておこう。招待してくれるなら、剣もいらないだろう。
ハンマーフォールさんが肩に手を置いてきた。
あ、これやっぱり何か挨拶なのかな。
「何があっても受け入れろ。いいな?」
俺は何のことか分からなかったが、ハンマーフォールさんの目があまりにも真剣であまりにも悲しげだったから、頷くだけで精一杯だった。
ハンマーフォールさんやクライフとくだらない話をして時間を潰してると、迎えの馬車が着いたと報告が入ってきた。
「ヒロト様、お迎えにあがりました」
そう言って、深く頭を下げた女性に見覚えがあった。
あ!思い出した。
「メイド服の女の子!!」
「覚えていただいて、大変恐縮ですわ」
「でも、まだ名前を聞いていなくて、聞き忘れちゃってて……」
ぎこちなく笑って言ってしまった。
俺って女の子と話をするの根本的に下手なのかもしれない
「そうでしたわね、失礼いたしました。」
そう言って、にっこりとしたメイドの女の子。
「……」
「……?」
「「言わないのかよっ!!」」
俺は、ハンマーフォールさんと声を合わせて言っていた。
あ、やべ! 声が出にくいフリをしていたのに、それを忘れてツッコんじゃった。
とりあえずごまかすか。ゲホゲホ
「ヒロト、すまん。ついつい俺も一緒に声を荒げてしまった。お♪ ヒロト! お前、声治ってなかったか!! やっぱりデカい声出して、美味いもん食って、いっぱい動けばなんでも治るんだ! ガハハハ」
良かった……。この人も馬鹿で。
「私の名前が気になるのですか?!」
ハンマーフォールさんと顔を並べて何度も頷いた。クライフも興味ありげだ。
「メイドごときに関心など持たなくも構いませんのに。でも、嬉しいです」
彼女がまたニコっと笑った。
「「で、名前は?」」
「あら、そうでしたわね」
これじゃ、つまらない無限ループだよ。どれだけ引っ張るんだよ。メイドちゃんは。
「私の名は、シルファ・クロス・ヴェインと申します」
「グティはあなたのことを何と呼んでいる?」
ハンマーフォールさんが力強い声で尋ねた。
良かった。俺だったら、あんなにスラッと女子の呼び方を聞く所までたどり着けない。
やはり、女の子と話をするのは緊張する気がする…。
「グティエレス様は、シルファと呼んでくれていますわ」
「では、俺たちもシルファと呼ぶか」
「ええ、構いませんよ」
ハンマーフォールさんがズカズカと進めてくれたことで、色々と場が和んだ。
俺も「シルファ」と小さく呼んでみた。聞こえるか、聞こえないかぐらいの声だったのに、シルファは俺のを方に振り返り、微笑んでくれた。
前に会った時は、名も知らないメイドさん。いわば、接客されているお客さんみたいな状態だったから、話すこともそこまで苦じゃなかったけど、あのメイドさんの名前がシルファ・クロス・ヴェインだと分かった途端から、急に呼ぶのが恥ずかしくなった。
店員と客。のような関係から名前という1つプライバシーの方へ足を踏み入れたような気分だった。
「あ、いけませんね。ヒロト様、さぁ行きましょう。ところでその首の包帯はどうしたのですか?」
「これは、仕事でミスをしてしまって。ってそんなことより待ってくれ。君はなぜ俺の名前を知っているんだ?」
「シルファとお呼び頂いて構いませんよ。ヒロト様。ヒロト様のお名前を私がなぜ知っているか、それについてはご内密ということで」
ハンマーフォールさんがガハハハと笑いながら、ナッツを喰っていた。
犯人はこの人だな?
「ま、ヒロト行って来い」
ハンマーフォールさんに文句の1つでも言ってやろうかと思ったが、あの力強い笑顔を見たら、何も言い返せなかった。
行って来いと言われても、準備もいるだろう。準備する程、物をもってもいないんだが。
「ヒロトさん、ライトブリンガー家までは馬車で3時間程でしょうか。あちらでご宿泊の準備もできていると伺っております。さ、参りましょう」
シルファが買い物でも行くような感覚で歩いていった。
ハンマーフォールさんに背中を叩かれるように押され、シルファについて行った
前に会った時には気が付かなかったが、シルファが歩いたあとはとても良い匂いがした。
馬車に一緒に乗り込むと、先ほど嗅いだほのかに甘い良い香りを変に意識してしまい、何も話せずにいた。
しばらく走っていると、しびれを切らしてかシルファから話しかけてきた。
「やはり、ヒロト様でもライトブリンガー家に出向くとなれば、緊張なさるんですね」
「ん?あ、ああ。そうそう。緊張するね」
「ところでヒロト様……」
「ヒロトでいいよ」
「呼び捨てなどできる訳がありません」
「俺も君のこと、し、シルファ……って呼ぶからさ」
シルファが何かに納得するかのように何度か頷いた。
「『ヒロトさん』これが私の妥協点です。いかがでしょうか」
「まぁ、よしとするか」
急に馬車が停まった。
何が起こったのかと顔を出そうとしたが、窓が小さく出せなかった。
そう思っていると、朱色の甲冑を着た騎士が窓のそばに近付いてきた。
「これより我が領外となりますので、護衛致します。ヒロト殿」
「は、はい……。何かすみません……」
「ご迷惑でしたか?」
「え? あ、いえ! ありがとうございます」
「そうですか。申し遅れました。先日はライトブリンガー家のご令嬢を助けて下さりありがとうございました。私は、グティエレス・フォン・ヒブリアと申します」
朱色の甲冑を着たグティが白い歯を見せ笑った。
1話目から是非読んでみて下さい。
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