2-3
「いける! いける!! ヒロト、もう少しだ!!」
手を叩きながら、熱心に応援してくれるソングさん。
俺はなかなか別の方法を考え出せずにいた。
ウコーンが突進してくる。さすがに対峙がきつくなり、よろけてしまった。
ヤバい。またソングさんに……。
風が吹き、ウコーンの頭が落ちた。ソングさんが見えない程の動きでウコーンの首を切ったのだ。
「ヒロト。疲れたみたいだな。一旦休憩するか」
いや、俺は休憩じゃなくて、一旦引き返したいんだよ…。ソングさん。
「休憩は5分か? いや、相当に疲れてそうだな10分取るか!」
「あ、あのソングさん…」
10分どころじゃない。もっと休みたいよ。とりあえず。
そうも言えず黙り込んでしまった。
「すまん。俺ばかりはしゃぎすぎてたみてぇだな」
あ、これはもしや……。ソングさん分かってくれた?俺の悲痛な叫び。
「休憩は15分にしような!」
何も分かっていない!! なんだよソングの脳筋野郎!!
15分が経過し、本当にウコーン討伐が再開した。
何度も避けてみるが、避けるので精一杯で、斬る所まではいけない。
なぜだ……?
ソングさんは初めからあんなに軽やかにできていたのかな…。
「ソングさん……」
「なんだ? ギブアップ以外なら、たいていのことは聞くぜ」
「ソングさんが初めてウコーンを殺った時って、どうやったんですか?」
「ああ、あの頃か。俺も今ほど身軽じゃなかったからな。突進してくるウコーンの角を剣で受け流し、よろついた所を攻撃していたかな」
…………。
「え……?」
「それを早く言って下さいよ!!」
ソングさんが驚いたようなポーズを取った。
この人、天然なのか?
やっぱり、ソングさんの早業は誰でもできるって訳じゃないんだ。
ウコーンの勢いを削ぐ。
まずそういった対峙から始めよう。
ウコーンの前に走って行った。
猛然と突進してくるウコーン。
ウコーンの角はウコーン自体の身体の半分程の長さがあり、その本体の大きさに比べて、とてつもなく大きい。
突進してくるウコーンに恐怖がないといえば嘘になるが、もう避けるステップを踏まなくてもいいという解放感と新しい取り組み方法が分かった一種の達成感から、この対峙を楽しんでいる自分がいることに気付いた。
よし、来い!
突進してきたウコーンの角を剣の背部分で受けた。
「ば、馬鹿! お前それじゃ……!!」
ーーーーえ?
そう思った途端、剣が二つに割れ、そのままウコーンの角が自分の喉元に突き刺さった。
あ、やべ……。
喉元に咄嗟に手をやり、角を引っこ抜こうとした。しかしウコーンがまだ押し続けてくる。根元に近付くに連れて太くなっていく角はなかなかに抜けない。
痛みはとてつもない。
「ゴホッ!!」
「ヒロトッ!!!」
ソングさんがウコーンの頭と胴を切り離していた。
胴から切り離されたウコーンの頭をソングさんが引っ張り、角が喉元から抜けた。
抜ける瞬間の痛さは想像を絶していた。角が抜けるのと同時に大量の血が噴出した。
「ガハッ!!!」
崩れ落ちそうな所をソングさんが抱きかかえてくれた。
息が上手くできていないようで、喉か笛のようにひゅうひゅうと音がしている。
痛いという感情よりも息ができないことへの恐怖が半端じゃない。
「おい、大丈夫か!?」
「ソングさんありがとうございました」と言ったつもりだったが、喉元が笛のようになるだけで、何も言葉が出なかった。
「待ってろよ。お前は助かる! 俺が助けるから!!」
そう言って、ソングさんが俺を抱き上げ、ギルドに向かって走った。
意識が遠のきそうになる。その度にソングさんが怒鳴ってきた。
「寝るんじゃねぇ!! 俺が運んでるんだぞ!! 寝ると重くなるだろうが!!」
寝ると重くなるって、なんともまぁ……。
笑っちゃいそうになる程の必死な顔……。ホント、この人ってのは……。
俺の中でソングさんに対する感情が変化していることに気付いた。
その間にもソングさんの叱咤激励が鼓膜へズンズンと響いてくる。
次第に「寝るな」という声が、「死ぬな」に変わった。
俺ってそんなに顔色悪いのかな。
息がやはりほとんどできていないので、意識が朦朧としてくる。
必死に叱咤激励をされている所、ホントに申し訳ないんだけど、俺の場合は一度死んだ方が楽なんだよ。ソングさん。
痛みも減るような気がするし。
そろそろいいかな……。
意識が無くなったが、すぐに目覚めた。息も絶え絶えになりながら、泣き叫ぶソングさんの声。ソングさんはそれでも走り続けているようだ。
ひゅうひゅうという喉元に開いた穴から音がし出した。
息をしようとしているのだろうが、まだ上手く吸えていない。
「息を吹き返した!!」
ソングさんの顔が綻んだ。しかし、俺の喉元にポッカリと穴が開いてしまっている状況。
慌てた様子でその場で俺を寝かせて、おもむろに喉元に噛みついてきた!
と、思ったが、歯は立てず喉元の穴を口で覆うようにして、息を送り続けた。
人工呼吸である。口、鼻で上手く吸えない状態の俺には、このソングさんの行動が何よりもありがたく思えた。
い、息が吸える……!!!
酸素が入ることで、俺の身体の血液や細胞は目まぐるしく活発になってきた。
ポッカリと開いた穴の一番中心の部分の組織が形成されてきて、息がある程度自分で吸えるようになってきた。
「あ、ありがとうございます。ソングさん」
感謝の言葉も言えた。良かった。
「ひ、ヒロト! 喋られるのか?! いや、喋るな! 俺が絶対助けてやるからな!!」
目を開けていてもヤキモキしそうだったんで、眠いし寝ることにした。
「寝るなー!!!!」
ソングさんに起こされた。
「俺は、だ、大丈夫ですよ……。ちょっと眠いからね、ますね」
「喋るなー!! そして、寝るなー!!!」
ど、どうしろと……。
もう死なないのに。
何と言われようと、今は眠いから寝ますよ。
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目を覚ますと、ギルドではなく、アットヴァンスの診療所に運ばれたようだった。
ソングさんの姿は見当たらなかった。
「なんだ。またくたばってなかったのか」
アットヴァンスが部屋に入るなり、そう言ってきた。
「あんた口以外は優秀なのにな」
「…………」
冗談のつもりだったが、何かいけないことを言ったのか、アットヴァンスは無言でこちらを見つけていた。
「ヒロト、お前の身体、少し調べさせてもらった」
「な、何を……だ?」
バレたか? 俺の能力……。
「ヒロトお前は、アンデットか何かか? いや、それとも違うのかもしれんが」
「はあ」
「今日の傷は喉元をを貫く程の傷だったそうだが。それがもう塞がりかけている。特異な治癒力だ」
ペスがヒロトを見つけてすり寄ってきた。
「だが、前依頼をした時、お前が最初にペスから逃げる為に負った足の傷はなかなか治っておらなかった。特異な治癒力があるのであれば、あの程度の傷なんか数分で跡形もなくなっているはずだ」
アットヴァンスがペスを指差す。
「アンデットは昔から動物に好かれぬと言われてきておる。それが、お前にはペスがワシに対するそれよりもベタベタだ」
「アットヴァンス、あんたは何が言いたいんだ」
「この前、麓の小屋でお前が一瞬息絶えた時、お前はその後息を吹き返した」
「だから、それは奇跡が起こったんだよ。きっと」
「息を吹き返したお前には、あれほど治らなかった足の傷が言葉通り跡形もなく消えていた」
アットヴァンスが大きく息をついた。
「ヒロトが単純にアンデットならまだ分かり易いが、そうでも無さそうじゃ。死臭もせんしの。安心せよ。お前のその身体について、誰かに話したりはせん」
アットヴァンスが俺の目を見つめてきた。
「ワシはな、ヒロトお前に対して友のような感情を持っていると思う。だから言うんじゃが、その殺気は消してくれんか?」
はっ、とした。
いつの間にか、俺はこの世界で出来たかけがえのない友人を自分の都合で殺そうとしていたのか……。何とも恐ろしい……。
「誰にも言わんし、深くも詮索するつもりもない。喉元にカモフラージュ用に包帯を巻いておいた。だが、困った時は頼ってくれ。俺に友を二人も失わせるな」
「分かったらとっとと出て行け」と手を振り、追い出された。
アットヴァンスが理解を示してくれてよかった。あとはギルドの人たちだ。どう言い訳しようか。
アットヴァンスにもらった包帯を撫でながら、思案した。
1話目から是非読んでみて下さい。
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