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テンポよく進めていきたいと思っていますので、お仕事や学校の合間にでも読んで少しでも楽しい気分になっていただければ幸いです。
目が覚めた。
天井に広がる木目の数を数えてみた。20ぐらいで数えるのに飽きた。
とりあえず、これは知らない天井である。
頭に鈍い痛みがあった。
身体も怠く吐き気もある。
胃から込み上げてくるものがあり、たまらなくなって、窓を開け吐き出した。
しかし、固形物は何も出て来なかった。
何があったんだ?
ここはどこだ。
――――何も思い出せない
辺りを見渡してみた。お世辞にも広いとは言えない一人用の部屋。いや物置か。
床、壁、天井の全てが木で出来ているが、不思議と雰囲気があった。
木は木でも日本らしいというより、高2の修学旅行で泊まったロッジの中に近かった。
家具が揃っているわけでもなく、タンスが1つ申し訳程度に置いてあるだけで、蛇口1つない。
掃除用具や使われていないであろう椅子など、ところどころ埃も被っている。タンスに至っては埃が綿のように積もっていた。息を吹きかけることも躊躇するレベル。
薄く光るものが目に入り近付いてみた。等身大の鏡だった。
見つけたと表現したのも、埃を被っていて、これが初めは鏡かどうか分からなかったからだ。
鏡に映る自分を見て落胆した。
見慣れない部屋に突然いたことで、別の誰かと身体が入れ替わっている。
そんなオチを期待していたが、淡い希望は脆くも崩れ去った。
俺がもし女の子と入れ替わっていたら、絶対色々と身体を確認していたのに……。
なんなんだよ。期待だけさせやがって。
昨日のことは思い出せないが、この鏡に映る人物が自分だということは分かった。
そう認識できる為、記憶喪失でも無さそうだ。
俺がもし記憶喪失になったら……。って、もうそんな話はいいか。
自分の顔を触ってみた。
やはり、これは残念なことに、俺に間違いない。
因幡ヒロト。19歳。といってもあと数日でめでたく2(は)0(た)歳になるのだが。
顔を覆うように中途半端に伸びた髪に三白眼。自分でも分かる目付きの悪さだ。
肌は黄色人種にしては白い。あんまり外に出ていないからな。
身長も特に目立って高い訳でもなく……、いや低いか。170は無い。体重に至っては貧乏学生だ。肥れる程喰えてはいない。
バイトもしていないし、外にも出ていない。呼称が学生とついているだけの独り暮らしの所謂自宅警備員だ。
やはり、これは俺だ。俺でしかない。残念なことにな。
鏡に映る自分の衣服に注目してみるも全く見覚えがない。
麻か綿かは知らぬが、そういう系統の布でできた服。トップスと呼ぶのか。
誰かのお下がりなのか黄ばんでいるようにも見える。本当は白かったのだろう。
臭いはない。それがせめてもの救いだ。
素人目で見ても裁断は雑で、服の形に切られた布にただ袖を通している。そんな印象だ。
ボトムスも単なる布で、唯一の違いは元から茶系の色合いだということぐらいか。
靴だけが逆に問題である。
俺愛用の運動靴のままなのである。ここにきて今まで馴染みのあったはずの運動靴がかえって異彩を放っている。
高校生の頃、母親が安かったという理由で買い与えてくれた靴。スーパーのゴンドラセールで売られていたと言っていた。
その黒っぽい靴を穿いたまま眠っていたらしい。
土足のまま寝ていたとなると、ここの宿主は、怒りはしないだろうか。
なぜ知りもしない独特な衣服を着替えているのか。全く思い出せない。
運動靴がそのままなのもさらに謎を深めるばかりだ。
まだ頭が鈍く痛むが、この狭い1室の空間から幾らか外に出てみたい衝動に駆られた。
前までの出不精の俺からしたら、考えられない心境の変化だ。
好奇心には勝てなかった。この扉の向こうに広がるであろう世界への。
扉を開けると、扉よりも背の高い大男が扉のすぐそばに立っていた。
「おお!やっと起きたかぁ。少年。今起こしに行こうと思っていたんだ」
俺を「少年」と大きな声で呼んできた大男が部屋に顔を覗かせてそう言ってきた。頭をぶつけないように屈んでいる。それ程に大きい2m近くはあるだろうか。
大男は癖のある金髪を、肩を越えるぐらいまで垂らし、髭もたくわえていた。
いや、どこからどこまでが髪でどこからが髭なのか区別がつかない程毛むくじゃらである。
額上のセンター部分を中心に髪が両側に分かれている。毛むくじゃらとは裏腹に直毛でぴっちりと分かれている。
不機嫌そうに眉をしかめてはいるが、笑うとハッとする程人懐っこい顔になる。その証拠に目尻には深い皺が数本入っていた。
歳は30代前半ぐらいだろうか。
「昨日は大変な1日だったなあ!おい。名はヒロトと言ったな」
大男のその一言がきっかけで、全てが思い出された。
――――俺は昨日2回死んでいる。
これからもよろしくお願い致します。