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霧の彼方の虹  作者: 鷹 樹
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9: 里の桜 (九年前:異世界)

イリスの異世界での過去編が6話続きます。

(ひな)びた小さな領地を治めるは、まだ数えで二十五と年若い遠呂智(おろち)忠利。たいした特産品もなく痩せた領地に悩んだ忠利は、達者な口と見目の麗しさをいかして都の貴人たちにあるものを売り込んだ。いわく、領地の森のきのこを干したものが、胸の患いの妙薬であると。またたくまに都で珍品扱いとなったきのこを求めて里の者は森に殺到し、金の亡者になった。

里の民は口を揃えて忠利を褒めそやす。


「七福の神力持ちであらっしゃるお館さまは、まるでわしらの神さまじゃ」

「おぅ。ふた福持ちでも珍しいに、ほんにありがたや」

「街の小町選びのときの話を聞いたかの。まだ蕾のかたい桜の枝を折り取って、見事に花を咲かせてからいちばんの娘っこに渡したそうなぁ」

「そりゃまた色男な!」

「お館さまだから決まるんよ。あんたがやったら笑われるだけだよぅ」

「ははっ。そりゃぁちげぇねぇや」


*×*×*×*×*


里のはずれの(やしろ)を預かる(えんじゅ)は、仙人のような見た目と穏やかな語り口で里の人々に慕われる七福もちの賢人だ。里の痩せた土地の稔りを日輪の力で長らく支えてきたが、慎ましく暮らしてきた里の人々がひとときの金に溺れ、施しの心や神への(おそ)れを失いつつあることに憂いの隠せないこの頃だった。

その身体も病に(むしば)まれるようになって久しい。


木立の向こうから子供たちの声が聞こえてきた。



狭霧(さぎり)の帯は汚いなぁ」

「帯だけかぁ。ボサボサの髪からひょろひょろの脚まで、狭霧はまるまる汚いよぅ」

「見て見てぇ! うちの父ちゃん、きのこのお金で新しい帯を買ってくれた! うゎっ、汚い狭霧は近寄らんといてぇ」

「こっちくんなよぅ!」


小金(こがね)を手にして慣れない贅沢に浮かれた親たちの慢心は子供たちにも伝染(うつ)り、自分より立場が弱くて貧相ななりの者へ当たり前のようにきついことばをぶつけさせていた。自分の下に誰かいると思うと、えらくなったような気になり安心するのだ。


槐の眼裏(まなうら)に、涙をいっぱいためていても決して言い返さそうとしない痩せっぽちの子の姿が浮かぶ。哀しい思いに駆られつつ助けにいこうとした槐の耳に、威勢のいい叫び声が飛び込んできた。


「またあんたたちはっ! かわいい狭霧(さぎり)がうらやましいからってみっともないことしてんじゃないよっ!」

「なっ! うらやましいなんて言ってんのは罔象(みずは)だけだっ!」

「そうだよぅ! 誰がこんな綿毛みたいなちんちくりん!」

「もーっ! あったまきた!」


言葉は乱暴だが、罔象の声は凛として澄んでいる。

そこへまた割り込んできたのは、声変わりしたての中途半端に低い声だ。


「こらっ! うちの狭霧と罔象に寄ってたかって何してる!」

「やばっ、(ほむら)だぁ」

「もういこ、いこ!」



ぱたぱたと何人かが走り去る音がして、ようやく狭霧の泣き声が漏れてくる。


「あぁもう、かわいい顔がだいなしだよ。あんなやつら気にしなくていいったら!」

「おまっ、狭霧のふわふわ頭が好きだからって、んなぐちゃぐちゃにすんなっ」

「いいんだよ! 狭霧は私にこうされんの好きなんだから! …ほら焔! 狭霧もぶんぶんしてる」

「おまえが頭ゆらしてんだっ! やめっ! ほっそい首がもげちまうっ」


「ふふふっ。ありがと…ふたりとも」

泣きやんだらしい狭霧の柔らかい声が聞こえてきた。

「よしよしっ! やっぱり狭霧は笑ってるほうがうーんとかわいいよ!」

「…八つにもなってかわいいってのはちょっと…。それにぼくなんかより、もっとずっとかわいいのは…」

どんどんか細くなる狭霧の声はもう聞こえない。きっとまっかなほっぺと潤んだ瞳で、罔象をいっそう悶えさせているんだろう。


この三人は、槐が社で育てているみなしごだ。狭霧と同い年の罔象はめったにないほど強い七福の神力を秘めた女の子で、切れ長の印象的な目を持ち、艶やかな長めのおかっぱをうしろでひとくくりにしている。里の者に神力を振るうことは槐からかたく禁じられているが、棒っきれを持たせればずっと年上の男の子もあっさり負かすほどに強い。


まもなく十三になる焔は炎だけのひと福持ちだが神力が大きく、腕っぷしも強くて面倒見のいい兄貴分だ。短く刈った髪と日に焼けた肌に、親のない哀しさを微塵も感じさせない人を惹きつける笑顔を浮かべている。


そんな二人に庇われてばかりの狭霧は、二年前に社の賽銭箱の前に捨てられていた月輪(がちりん)と日輪のふた福持ちだ。ゆるく巻きのある猫っ毛とあどけない色白の細面(ほそおもて)にくりくりした目が庇護欲をそそる。


三人の声を聞きながら、日に日に病に蝕まれる老境に差しかかった我が身に槐は溜息が尽きない。自分がいなくなったあとこの子たちは幸せに生きていけるのだろうか。


里の桜はようやく一分咲きといったところで、まだ北風は寒い。ぶるりと震える体をこすって槐はまた溜息をついた。




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