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霧の彼方の虹  作者: 鷹 樹
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5: オルペスの誕生(八年前・晩秋)

その年の秋の終わり、ノーズ砦を定期的に訪れるクルトはネリーの家に寄り、温かい紅茶とネリーご自慢のクッキーを味わっていた。


「どうだ、少しは落ち着いたか? 何か困っていることはないか?」

「いつも気にかけていただいてすみません。ええ、おかげさまでこちらの暮らしにも慣れましたし、ハーディは砦に押しかけて誰かつかまえては剣の相手をしてもらってますよ」


ネリーの表情がだいぶ明るくなったようでクルトの心もぽっとあたたかくなる。今いちばんの気がかりがこの親子のことなのだ。


「そうか。やつらもノルにそっくりのハーディを鍛えるのが楽しくてしょうがないんだろう」

「お仕事の邪魔をしてないかだけが心配で…」

「そこはハーディもわかってるだろう。ハーディは今どこに?」

「父と砦の脇の畑にニンジンをとりにいっています」


寒い土の中で甘く育つニンジンは、品種豊富な薬草とともにこの村の名産だ。



そこへ、村の子供が慌てて駆け込んできた。

「おばちゃん、大変だ! ハーディが湖に落ちて!」

ガタッと椅子を蹴立ててクルトが走り出す。ノーズ村の寒さは厳しい。対応が遅れれば命が危ういかもしれない。


*×*×*×*×*


ハーディは砦に運ばれ医官の手厚い看護を受けていたが、明け方近くなっても意識不明の状態が続いていた。片時も傍を離れずハーディの冷たい手を握りしめるネリーの肩に手を置き、クルトが言う。

「少し横になったほうがいい」


ただ首を横に振るネリーを、重ねて説得する。

「ハーディはきっと大丈夫だ。すぐにあたためてできる限りの処置はした。ハーディが目覚めたときにネリーが死にそうな顔をしていたら大変だろう?」


ふいにクルトを見上げたネリーの目から、いっぱいに溜まった涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。

「ハーディが…ハーディがいなくなったらわたし…」

ノルが亡くなったときも決して人前で涙を見せなかったネリーの儚げな姿に、クルトの胸がずきんと痛んだ。


この人は誰にも弱みを見せずひとりで頑張ってきたんだ。

この人をひとりにしたのは…私だ。


思わずネリーの身体を背中から抱きしめ艶やかな黒髪に頬を寄せた。自分と同じく伴侶を失って寂しさに凍える彼女の心を少しでもあたためたかった。


そのとき、ネリーが握りしめていたハーディの手がぴくりと動き、睫毛が震えた。

「ハーディ? ハーディ!」

「ディアン医官を呼んでくる!」



このときからクルトの猛攻が始まり、陥落まで半年かかったもののついにネリーはクルトとの再婚を受け入れた。お互いに昔から気心の知れた相手ではあるが、決め手となったのはハーディの将来を思う母心だ。

クルトの元で優れた教師陣に恵まれれば、より立派な武官としての未来が拓ける。父親としてのクルトは尊敬できる素晴らしい人物だし、兄となるバルドも文句なしの好青年だ。

バルドとハーディにも異論はなく、ヤヌス伯の屋敷に明るい笑い声の絶えない新しい家族が生まれた。


*×*×*×*×*


「ハーディ、お前さぁなんかノーズから帰ってからこう…変わったよな」

「ん? なにが?」

「もっと落ち着きがなかったていうか、あー、ひとことで言えばアホだったよな」

「アホ? アホって言うな!」

「や、だから今はアホ度が下がってるっていうかー」

「やっぱアホなのかよ! バルドには負けるわ!」

「あ、いや、俺はたしかにアホなんだけどな」



ノーズ村で薬術師の祖父にじっくり教育を施されたからか、はたまた一年分大人になって帰ってきたからなのか、ハーディは薬草や動植物の生態に詳しくなり、領地管理の勉強も三歳年長のバルドより呑み込みの良さを見せるほどになった。


大きくなったお腹に手を置きネリーが微笑む。その横顔を眺めるクルトは、武骨な顔立ちに似合わないにやけ顔を隠そうともしない。


「きもっ! 親父、きもいその顔!」

「だからお前、その口の悪さはなんとかならんのか。とても伯爵家のお坊っちゃまとは思えん」

「ハーディもそうですけど、荒くれ者の兵士たちに囲まれて鍛錬していたらどうしても言葉遣いが、ねぇ」

困ったように頬に手をあてるネリー。

「必要な場面ではちゃんと適切でお上品な言葉を駆使できるでございますよ、父上」

「右に同じでございます、母上」

「まったくもって、これっぽっちも信用ならん」


このときネリーのお腹にいたクルトの次男オルペスが、彼らの運命を変えることになる。せっかく迎えた二番目の妻ネリーが、出産の際に命を落としてしまったのだ。

喜びから一転、一家の悲しみは大きかった。


その子オルペスがめったにないほど強い虹色の神力持ちであったことが、さらにバルドの運命を大きく変えた。

ヤヌス伯爵家は、その立地から強い領主が求められる。そのため爵位継承順位は神力が多くて強い者が優先される。オルペスの誕生により十六歳のバルドは爵位継承権を失い、王都の騎士団で自らをより鍛える道を選ぶことになったのだ。


*×*×*×*×*


騎士団鍛錬場の木陰で休憩しながら、おしゃべりに花を咲かせる男女三人。


「もともと俺は生まれたときから()み子なんて陰口を叩かれてたからな。うるさい親戚どもから離れられてめんどくさい領地管理の勉強から解放されて、王都は美人がわんさかでモテモテで。こっちへ来てせいせいしたけどな」


「あー、隊長の食い荒らしっぷりにはみんな引いてたっすよねー。あれ、そういえば最近はあまり噂をきいてない…?」


ぶつぶつ言うディオを放っておいてイリスが問いかける。

「なんで隊長が忌み子なんですか?」

「くだらないっちゃくだらないんだけど、ヤヌス家の血筋は瞳の黒い子が生まれやすいんだよ」

「はぁー。 隊長の瞳は女神セレネスのように美しいラピスラズリっすねぇ」 ふざけて手を組んで見上げてくるディオの頭を思いっきりはたく。

「俺はこの瞳が気にいってんだよ。親父と母親だっていつも綺麗な瑠璃色だって褒めてくれたし、それでいいんだ」


「で、伯爵さまの三番目の奥様がただいまご懐妊中と」

ディオの言葉にイリスはぎょっとする。顔には出さないが。


「あー、親父もたいしたもんだよな。来年生まれるとして、長男の俺が二十三歳。次男のオルペスが七歳。三男、いや長女か? がゼロ歳だ。しかも全部違う腹からだぞ。男として尊敬の念に()えないね」

「そこは正直に、うらやましいとかあやかりたいとか言っとくべきじゃないっすか」

「まぁ、俺も半分は親父の血をひいてるからな。可能性はゼロではない!」


話の流れがゆるい下ネタというかエロネタというか…に落ちついて、イリスはひそかに安堵のため息をついた。



伯爵の三番目の妻こそ、バルドが愛してやまないあの人、ユーナなのだ。



関係がややこしくてすみません…

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フレア(従兄妹) -バルド・ヤヌス(22)

クルト・ヤヌス辺境伯(41)

| |

| ネリー --ハーディ・クラース(19)

| (兵団長未亡人) オルペス・ヤヌス(6)

ユーナ(戦争孤児 24) ---懐妊中


ちなみにイリスは17歳


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