4: 伯領兵団長の死(八年前・盛夏)
2018/10/13
王都とヤヌス辺境伯領の位置関係を修正しました(汗
バルドの故郷であるヤヌス辺境伯領は、王都から北東へ馬を駆って五日のところにあり、北に坐する聖峰・オーリン山からの清流の恩恵で稔り豊かな穀倉地帯が広がっている。
オーリン山を隔てて接する隣国・フォボス帝国は好戦的で、『山頂の聖域の奪還』という建前を掲げ、挑発をくり返してくる。この大陸で信仰されている創始神ソラリスが妻である女神セレネスとともにこの世界に降り立った地が、オーリン山の頂だと言われているのだ。
たしかにオーリン山は、標高がものすごく高いわけでもないのに山頂近くが年中濃い霧におおわれた神秘的な場所で、そのような神話が生まれるのも不思議ではなかった。
これは今から八年前、十四歳のバルドが辺境伯領で日々武芸の鍛錬と未来の領主として覚えるべき山のような課題に追われ、目を回していた頃のこと。
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「貴方の高潔なる精神に基づく捨て身の突入により、我がヤヌス領兵団は壊滅的な被害を免れることができたのです。貴方の魂が偉大なる創始神ソラリスのあたたかな光に照らされ、女神セレネスの懐に穏やかに還らんことを」
厳しく照りつける日差しの中、三十三歳のクルト・ヤヌス辺境伯の厳かな弔辞とともに、地中へおろされた棺の上に人々が土をかけていく。棺の中で静かに眠るのは、突貫魔王の二つ名を誇り伯領兵団で長らく愛され信頼されてきたノル・クラース兵団長だ。フォボス帝国の卑劣な奇襲により窮地に陥った防御の拠点ノーズ砦を、ちぎっては投げの単騎中央突破により果敢に守り切り、ヤヌス領兵団の崩壊を防いだのだった。
ヤヌス辺境伯の右脇には嫡男のバルド。左脇には黒いベールに黒髪の美しい未亡人ネリー・クラースが佇んでいた。武人の妻らしく涙をこらえ、茫然と寄り添う十一歳の息子ハーディの頭に手を添える姿がかえって人々の涙を誘う。
眉間に深いしわを刻むクルトの胸中は、後悔と自責の念に荒れていた。近年フォボス軍の攻撃が落ち着いていたことから兵たちがもっと家族と過ごせるように、とノルの反対にもかかわらずノーズ砦の人員を減らしたクルトだった。
すまないノル。私の過ちだ。いや、過ちなどという言葉ではすまされない。君を失うなんて…
ノルはクルトの乳兄弟で、幼いころから剣の腕を競い合い高めあいしてきたなんでも話せる仲だった。クルトが従兄妹のフレア嬢との恋に素直になれず馬鹿なことをくり返せばノルがそっと挽回の手助けをし、逆にノルがノーズ砦に出入りの薬術師の娘ネリーにひとめ惚れして柄にもなくおろおろした際には、クラースがさりげなく出会いの場を設けてやったりしたものだ。
やっとお互い素直になり結ばれた伯爵夫妻に授かった息子のバルドが、黒瞳の家系にはなかなか生まれない瑠璃色の瞳だったせいで血筋の者たちから『忌み子』などと口さがない陰口を叩かれたときも、ノルとネリーが夫妻を慰めた。
バルドの出産で体調を崩し病床に伏せがちだったフレアがとうとう二年前に女神セレネスの元に還ったときも、ノルとネリーとハーディが傷心のクルトとバルドを支えてきた。そんな家族ぐるみの、いやほんものの家族以上に親しくしてきた彼らだったのだ。
埋葬が終わり人々がいなくなったノルの墓の横で、クルトとネリーが今後について語りあっていた。バルドとハーディは木陰に座り込んで落ちた蝉をつっついている。
「ネリー、これからどうするつもりだ?」
クルトの問いにネリーは静かに答えた。
「ノーズ村の父のところに身を寄せるつもりです。ノルが砦にいるときは、あちらで過ごすことが多かったですし」
「そうか。バルドも剣の相手がいないと寂しがるだろう」
「三つも上のバルド様の相手なんてとてもとても。最近またずいぶん大きくなられましたね」
「ハーディも手が大きいから、きっとノルのような逞しい戦士になるだろう」
「そうだといいですけど。どうも勉学は腰を落ち着けて取りくむのが苦手のようですし」
「それはバルドも同じだ」
淡い微笑みを返すネリーを見おろしながら、クルトの胸はまた後悔の念でいっぱいになる。
すまない、ノル。
「私にできることがあったらいつでも遠慮なく言ってくれ。ネリーとハーディは私の家族も同じだ。ノルにも、もし自分になにかあったら二人のことを頼むといつも言われていた」
ネリーは瞼を伏せて感謝の意を示す。
「ありがとうございます。とても心強いです」
そうは言っても、この気丈な夫人はどんなに苦しいことがあろうと自分を頼ったりはしないだろう。
ノルに申し訳なく思うとともに、何もできない自分がなんだか寂しいクルトだった。




