37: 公国のひなぎく
最終話です。
最後までおつきあいくださり
本当にありがとうございました!
ジヴェ将軍が帝都で軍の掌握を告げるとともに、フォボス帝国は長かった斜陽の時代を終え、帝国の実体は失われた。
ウラ公国の独立が正式に認められると、軍事力をほぼ失った帝都では民による暴動が頻発した。
将軍の言ったように『豚どもは焼き豚に』されたり命からがら身一つでどこかへ逃げて行き、以前のように享楽にふけるだけの貴族は帝都からいなくなった。
国はなくなっても民は強い。
豚どもから搾取されることがなくなった彼らは寒い土地でも育つ作物を必死に育て、以前よりもずっと明るい毎日を過ごすようになっていった。
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ウラ公国の誕生を祝う式典は、ウラヌス谷の勝利から半年後に行われた。
首都としての機能も、徐々に独立軍基地のある地域へ移されていった。オーリン山を越える街道を馬でも越せるように整備し、ウラ領時代と違って北よりも南との交流を重視した政策に転換していくからだ。
ジヴェ大公は名ばかりの君主となることを望み、建国にともなう煩雑なあれこれが一段落すると、愛しいイーシスとともにまた山荘へ引き籠もってしまった。
とはいえ、帝都まで馬で五日以上かかっていたことを思えば、湖の先まで半日もかからぬ距離は行き来もたやすい。重要な会議や外交の際には重い腰をひっこぬかれるようにして駆り出され、威圧感たっぷりの睨みをきかせるのだった。
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軍事基地の周辺には小さいながらもジヴェ公の城をはじめとする重臣たちの屋敷が立ち並び、兵士やその家族の住居も増え、日に日に都としての形が整い活気が満ちていった。
タナトスはオロチ侯爵となってウラ公国の宰相の任に就くと、正式にサーラと婚姻を結んだ。
実質的に国を動かしているのはタナトスなので休む間もないほどの忙しさだったが、二人は都に新たに建てられた侯爵家の屋敷よりサーラの別荘を好み、馬で一刻ほどかかるにも関わらずできる限りの時間を二人の思い出の地で過ごすのだった。
式典からまもなく、ジヴェ大公の唯一の心残りともいえた我が子がイーシスの腹に宿り、歓喜と恐怖の両極端でぶざまにおろおろする姿を皆に見せつつも、公は待望の長男を腕に抱き上げた。
この子は両親の深い愛情に育まれ(かつ元将軍の厳しい武術指導に鍛えられ、かつ宰相の熱血指導で帝王学を身につけ)、のちに名君と称えられる立派な君主となる。
そして、一部で魔王とも恐れられた名宰相と女神と崇められた美しい女伯爵の間に生まれたマルグリットというひなぎくのように可愛らしい娘を公妃に迎え、さらなる公国の繁栄の礎を築くのだった。
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ウラ公国の誕生から数か月後、ヤヌス辺境伯の屋敷では伯爵のクルトが落ち着きなく立っては座り、座っては額に手をやりうめき、をくり返していた。
「親父、落ち着けよー。世のお産の九割以上は母親がぶじなまま赤ん坊が生まれてくるんだってー」
「しっ、しかしっ! フレアもネリーもお産でっ! ああ、ユーナに種付けなんかするんじゃなかった!」
「やーめーてー! こんなオヤジの夜の話なんか誰も聞きたくないってー!」
ハーディがわざとらしく耳をふさいで顔をしかめる。
「お前っ、オヤジという言葉にいま害意をこめただろう。俺はまだまだ若い! ピチピチの現役だ!」
「うーわー、聞きたくなーい!」
ハーディの必死の慰め(?)の甲斐あってか、伯も気をそらされわいわい言っているうちに屋敷中に大きな産声が響き渡った。
「はっ! ユーナはっ! 赤ん坊はっ!」
どたどたと駆けつけたクルトは、お産の苦しみでやつれながらも、立派に赤ん坊を産み終えた達成感でキラキラ輝くユーナの顔を見てほーっと膝からくずおれるのだった。
「ありがとう…ユーナ。ぶじに元気な子を産んでくれてほんとうにありがとう!」
今にも泣きだしそうなクルトにユーナが声をかける。
「あらあら、クルトってば。あなたの可愛い娘の顔は見てくれないの?」
「はっそうだっ! 娘? 女の子なのかっ?」
うふうふと笑う産婆に差し出されたおくるみの中には、生まれたばかりというのにつぶらな黒い瞳のくっきりとした女の赤ちゃんがいた。
伯爵は初めての娘に感動もひとしおだ。
「なんて…なんてかわいいんだ! ユーナ、ありがとう! こんなかわいい子を産んでくれて! ああ、これは美人になるぞ絶対。ウラの女伯爵もイリスも目じゃないぐらいの美人だ。ああ、でもそうなると男どもにうるさくつきまとわれてかわいそうだな。そうだ! イリスのように鍛えて並の男はぶっ飛ばされて相手にされないぐらいにしないと! それから…」
伯爵の親ばかがとまらない。
「親父をイリスにぶっ飛ばしてほしいって思う俺はまちがってる?」
ハーディの問いかけにユーナも肩をすくめて答える。
「いいえ。今からこれじゃやってられないかも」
ばか親はまだぶつぶつ言い続けている。
「いやしかし、イリスみたいに剛力女王なんて二つ名をつけられてもかわいそうだな。いやいやでも…」
庭で鍛錬していた七歳のオルペスも、部屋に入った途端の父親の醜態にあきれ顔だ。
「…おかあさん、がんばってね…」
言外に、ぼく知らないよっと逃げるところがそつがない。
「あー、早くイリスが嫁に来ないかなー! バルドも戦力の損失が大きいとかなんとかごねてないで、さっさとこっちに渡せっつーの」
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九年前。
山の秘殿で禁呪を犯した槐が忠利の刃に貫かれたとき。
神は自らの領域である羅真洞を、信仰心の失せた里から人が生き生きと暮らす神のお気に入りの別の世界へ引きあげることにした。
余計なものもたくさん連れてきてしまったが。
神が個々の人の運命に手を出すことはめったにないが、信仰心が篤く、自らを噴石の下敷きにしてまで人を助けようとする美しい魂が巻きこまれたことは哀れに思った。
神の愛でた魂は業火によって損なわれた肉体から切り離され、ちょうど近くの村で溺れて魂の弱った年の近い少年の肉体へと移され、その魂と溶け合ってひとつになった。
*×*×*×*×*
「この作戦が終わったらお前を解放してハーディにくれてやるよ」
バルドがにやりと笑う。
「作戦って! 作戦て! なんで私がこんな目に!」
イリスは髪飾りに花をつけられ、ぎちぎちにコルセットを絞られ、慣れない貴婦人用のヒールに心で泣いていた。
「王子様のたってのご指名だ。しょうがないだろ」
オーリン王国としてはあまり利のない縁談のお相手が、本日の夜会の主賓だった。
豊かなオーリンとしては、王子にその気さえあるならどんな小国の姫君であろうと正妃に迎えることに異を唱えはしないのだが、いかんせん美しいからとわがままに育てられただけの品も教養もない姫君だった。それが一方的に十三歳の王子に恋をして押しかけてきたのだ。
「お前の本日の役割は、侯爵家の養女という設定で王子を接近する敵から守り、隙あらば敵を粉砕すること。いいな!」
「粉砕て! 神力で破壊しちゃってもいいんですか!」
「そこはそれ、臨機応変に」
「ひどっ! 無責任っ!」
氷の剛力女王の凛とした美しさと王子のでれっぷりにわがまま姫が見事に玉砕し、翌日の王都の新聞にその様子が美麗な挿絵とともに描かれ、それがディオの手によってヤヌス領兵団にばらまかれハーディを激怒させるのはまた別のお話。
世界をまたいで再び出会った二つの魂が、ぶじに結ばれるのはもう少し先のこと。
《完》
これにて本編終了です。
せっかく自由に動き回ってくれる子たちと
馴染んできたところなのにおしまいで残念…
また、バルドの今後とかちっちゃな閑話とか、
番外編か別の連載という形で書けたらな、と
思っています。
ありがとうございました!




