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霧の彼方の虹  作者: 鷹 樹
33/37

33: 融和への道のり


侍従が持ってきた椅子に腰をおろしたタナトスは、ハーディの畳みかけるような質問にひとつひとつ丁寧に答えた。


「そのとおり。今日のウラヌス谷の勝利で、ほぼ独立は決まったようなものだ。あとは書類のやり取りだけと言えるだろう。その辺りはジヴェ将軍に任せておけば問題ない」


オーリン側の四人がほっと安堵の表情を見せる。

これで長いあいだぐだぐだと続いていたフォボスとの戦に終止符が打たれるかもしれないのだ。これほど喜ばしい情報はない。


タナトスになにかと尽きぬ恨みのあるイリスも、この場は切り替えようと必死に努力していた。


「さっそく帰って親父に詳しく報告しないとな!」

「ディオとバルド隊長も急いで回収しなきゃ!」


またしても仲良くこそこそするイリスとハーディにサーラが嬉しそうに声をかける。

「あら、なにか問題でも?」


「あ、四日ほど前にこの山の向こうへ大勢の兵士が向かったと馬牧場で小耳にはさんだもので…」

ハーディが別荘の裏手の山を示しながら恐縮して答える。


「ああ。そこに我々独立軍の基地を置いたのだ」

まったく隠す気はないらしい。


「それを探りに仲間が二人向かったので回収が必要だなと。湖の周囲にも二人行ってますのでそちらもなんですが…」

「そっちには、ジヴェ将軍の愛する女性の山荘があるだけだ」

これも隠す気はないらしい。




結局、騎士二人は急いで湖を反対側から廻ってディオたちとの合流をめざし、ハーディとイリスは昼食を別荘でご馳走になったあとタナトスの案内で基地に向かうことになった。


昼食の席ではもっぱら、持てる限りの交渉権の範囲でウラ伯とヤヌス伯と暫定的な休戦協定を結ぼうという話題が交わされた。

また、できるだけ早い時期に前線基地のヤヌス伯をタナトスが訪れるということも決まった。


お互いに、思いがけない偶然で収穫の多い対談ができた幸運に感謝する。



義父(ちち)のことは信用してもらって大丈夫だ。こちらへ追撃隊を投入したのも、これ以上無駄な戦をさせないための布石のつもりで、決して弱ったフォボスを叩こうとか追い詰めようとか考えたわけではない」


ハーディの言葉にタナトスは鷹揚に頷いた。

「オーリンにとって、フォボスが魅力的でないことはわかっている。お互いに無駄な兵を犠牲にすることはやめ、有益な交流を目指したい。ただ、賠償金に関してはウラ領にあまり期待してもらっても困るのが実情だ」


「その辺りは義父に、できるだけ無理のない額になるよう王都のほうと交渉してもらおう」


「…正直な話、一部でもお金ではなく馬にしてもらえるとありがたいんですけど」


サーラの本音に、馬好きのイリスはつい口を挟んでしまう。

「ああ! こちらの馬は雪道も走るせいか頑丈で軍馬向きでいいですね!」


褒められて、いやな思いになる者はいない。


「ふふ。ウラ領の馬はオーリン山の聖なる水に育まれた牧草でのびのび育ちますから、フォボスでも人気なんですよ」


タナトスも賠償金が馬になると嬉しいようだ。

「かなり遠回りになるが、シプソン領の西隣の領に通じる街道を使えばオーリン王国に馬を持ち込むことも可能だ。前向きに検討してくれるとありがたい」


サーラが別荘で所有している極上の馬が二頭ヤヌス伯へ贈られることになり、イリスは嬉々として名馬にまたがった。

たった数時間で蜜月が終わってちょっと憮然とするハーディは、もちろんムシムシ。



*×*×*×*×*



独立軍の基地を遠くから発見したバルドと騎士は、携行食を交代でとりながら望遠鏡による偵察を続けていた。


「今いる人数や装備の程度はしばらく見てりゃわかるけど、目的や狙いまではなぁ」

「こっそり兵士のふりしてまぎれこめませんかね」

「夜なら少しは可能性ありかなぁ」


リスクの割にリターンがあまり期待できない策しか思い浮かばず、二人してうーんと唸る。


「こういう頭を使うのはハーディが得意なんだよー」


バルドがぶちぶちこぼしていたら、望遠鏡を覗いていた騎士がいきなり素っ頓狂な声をあげた。


「あれっ? なんで?」

「なんだなんだ?」


「間違いない! 副長とイリスさんだ! なんか偉そうな男前と一緒によさげな馬に乗って入ってきましたよ!」

「なにっ! あいつら捕まったってか?」


「いや、そんな雰囲気では…。あっ、いきなり手旗信号を!」

「は? 読み取ってくれ!」


「に・い・さ・ん・で・て・こ・い・や です!」


「はぁ? ふざけてんのかあいつは!」

「顔は笑ってますね。…連れは黒髪の美丈夫で…もしかしてタナトスっていう例の参謀じゃないですかね」

「なるほど、それならありか…。罠だったらあの馬鹿一生恨んでやる!」


こうして、バルドと騎士はハーディに無事『回収』された。



*×*×*×*×*



ハーディとバルドら四人は独立軍基地の中にまで招待され、食堂でお茶とお菓子をいただいた。

忌憚(きたん)のない意見を交わしたバルドとタナトスは、お互いを信頼に足る人物だと感じた。


「父のヤヌス伯も、私から言うのもなんですが回りくどい会話より腹を割った話を好む人物なので、参謀に会えば素直に理解しあえると思います。是非、基地のほうに早めにお越しいただいて、条件など詰めていったほうがいいでしょう」


バルドは自分が持っていた鳥をタナトスに渡し、しばらく基地を離れる予定はないから日時だけ知らせてくれればいつでも歓迎すると告げた。



そこへ、ジヴェ将軍がヤヌス領の小倅どもの来訪を聞き、値踏みする気満々で現れた。


「ヤヌスの倅どもが来とると聞いたが…おお君たちかね! わしが人呼んで“北の狼”だ」


いきなりの大物の登場に、タナトスを除く一同はぴしっと立ち上がった。

さすが歴戦の将軍の威圧感。背筋を汗が伝う。


「ヤヌス伯の嫡男と義理の息子だとか?」


将軍の質問にバルドがまず答える。

「私が長男の騎士団聖騎士隊隊長バルドです。初めまして」


がっちりと握手を交わす。


「爵位継承権は、七年前に生まれた弟オルペスが私より強い神力持ちだったため、オルペスに譲っております」


「おお、そうかそうか。ではそちらが、義理の息子の?」

「はっ! 辺境伯領兵団副長のハーディです!」

こちらも握手を交わす。


「うむ、伯はいい息子に恵まれとるな! 子のないわしには羨ましい限りだわ」


だいぶ心からの本音らしい。


「してこの美しいお嬢さんは? さっきから気になっての…」

将軍がにやりと笑顔を見せる。


「はっ、騎士団聖騎士隊のイリスと申します!」


イリスは握手すべきなのか戸惑ったが、将軍がいい笑顔で手を差し出してきたので握り返した。


…あれ? あれれ?

手を放してくれないんだけど。

しかもなんだかどんどんギリギリと…?


イリスは将軍の目を見上げて気がついた。


これは勝負をしかけられてるっ!

どどどうしよう!

本気を出すべき?

それとも非力な乙女ぶりっこを?


「お嬢ちゃん、わしの目はごまかせんぞ。本気を出さねばこの男どもの扱いもちーっと悪くなるかものぉ」


そんな! 慌ててハーディとバルドに助け舟を求める。


「将軍! 握力勝負はイリスの手が壊れる可能性があります! ここは腕相撲でご容赦を!」

「何を隠そう、わが軍一の腕相撲自慢が彼女です!」


ぜんぜん助けになってない!


それはそれは! と喜ぶ将軍から逃れる術があるはずもなく、腕相撲大会が始まってしまった。

食堂にたまたま居合わせた力自慢の兵士たちも飛び入りして、なかなかの盛り上がりだ。

腕相撲は脳筋世界における共通言語なのか…。



結局勝ち上がったのは、将軍とイリス、ハーディとウラ領のいかにも屈強そうなひげ面の兵士だった。


ハーディは将軍との対戦に臨み、余裕の将軍に遊ばれて負けた。

イリスは、なんてことなくひげもじゃ兵士を沈めた。


さらに膨れ上がった観客から、負けた兵士への揶揄とイリスへの賞賛が飛び交ってやかましい。


将軍とイリスの決勝戦は、なかなかいい勝負だった。イリスが決して手加減しているわけではなく、将軍の膂力(りょりょく)はさすが二つ名にふさわしいものだったのだ。


「これはこれは…おそらく嬢ちゃんもなにか二つ名をもらっとるだろう」


まるで悪気のない将軍の言葉に、涙が出そうになる。


「はっ…その…あの…剛力女王と…」


情けないその言い方と二つ名の勇ましさのギャップに将軍がぶほっと笑う。つい力の抜けてしまった将軍が負けた。


「はーっはっはっははっ! こりゃたまらん! こんな可憐な美少女が剛力女王! よりによって剛力女王! ひどい名付け親もいたもんだわぃ!」


はい。

ディオもそうですが、連呼してるあなたもたいがいだと思います。


涙目のイリスの背をばんばん叩いて将軍はご機嫌に言った。


「剣を交わせば人柄なんてのはわかるもんよ。今日は時間がないが、次の機会にはぜひ君たちと手合わせしたいもんだ!」



*×*×*×*×*



帝都へ向かう将軍と前線基地へ帰るバルドらは、タナトスの見送りをうけて基地の正門で別れた。


「次にお会いするときは、公国の大公となられた将軍との条約締結の場であることを」


バルドが期待をこめた握手とともに将軍を見送る。


「うむ。まぁ、帝都の豚どもを黙らせてひと月以内には戻るつもりだ。奴らがあまりうるさいようなら片っ端から焼き豚にしてくれる」


将軍の過激なセリフに思わず眉をしかめるタナトス。

「将軍、あまり禍根が残らないように願いますよ。」


「禍根なんてのはな、やつらをどう持ち上げようと残るもんだ。あきらめろ。では参る!」


湖畔の基地を出た朝には予想もしなかった収穫の多い一日になり、帰路につく四人の顔も今日の秋空のように晴れやかだった。


ヤヌス伯も今日の成果にきっと相好を崩すことだろう。


いや、イリスに負けぬ馬好きな彼だから、サーラから贈られた名馬にでろでろになるのは間違いないが。






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