32: サーラの青空
本日五話目です!
順番にご注意くださいませ!
お互いになんとなくぎこちなかったり警戒していたりするものの、サーラが侍従に持ってこさせた籐椅子にイリス、ハーディ、ヘクトル、テラモンの四人は腰をおろし、新しく淹れなおしてもらったハーブティーを見おろしていた。
サーラが微苦笑しながらひと口飲んでみせる。
「毒なんて入っておりませんよ。安心して召し上がって?」
「あ…、では遠慮なく」
カチカチだった雰囲気が少し円くなる。
「まさかウラ伯爵にお茶をご馳走になろうとは思いもよりませんでした」
ハーディがいつになくまじめな口調で語りだす。
「ふふ。私も突然のことでどうお相手すればいいのか、実は途方に暮れているのですよ。国同士は敵として戦っているんですものね。でもウラ領は、戦に前向きだったことはありません。できるものなら兵も出さず、静かに眺めていたいと常に思っておりました」
サーラのさばさばした口調に、ハーディたち四人は思わず顔を見合わせる。
「先日、タナトスとも話し合われたのでしょう? 彼もそう言っていませんでした?」
「たしかに参謀は帝都の、えーと…、馬鹿どもにこき使われてうんざりだとかなんとか…すみません」
「あらあら、どこにいても口が悪い人ね」
サーラがふふっと美しい微笑みを見せる。
「そう。戦のたびにウラ領は前線に兵を狩りだされていい迷惑なの。どうせ犠牲がたくさん出たら撤退するだけのなんの益もない戦なのにね。ほんとに帝都のお馬鹿さんたちは鬱陶しいったらありゃしないのよ」
この美女もたいがいお口がお悪いようだ。
「我々はきのう貴国に侵入し、山の中腹にある基地らしき建物を占拠しました。上級将校が数名収容されているだけで兵士は一人もいなかったので、勝手に使わせてもらっております。基地の総司令だったという人物によると、四日前に兵士の反乱があったという話でしたが…」
「ええ。それもタナトスのしわざよ。帝都の兵は、最前線に出ていた兵も含めて、今はほぼすべてタナトスとジヴェ将軍の配下にあるの。すごいでしょ?」
「ジヴェ将軍…北の狼…。なるほど。帝室と血のつながりのある彼を担ぎ出してクーデターでも起こそうと?」
「ふふっ。違うわ。彼が目指しているのはウラ領の独立なの。そういうところがそこらの凡人とはひと味もふた味も違って素敵でしょ?」
なんとなく凡人とけなされたような気がしないでもないが、伯爵の言うとおりだ。ウラ領の独立など頭の隅にも思い浮かばなかった。
たしかにそのほうが目がすみずみまで行き届きやすいし、うるさい帝都の馬鹿どもを身内に抱える必要もない。オーリン王国との国境を押さえてしまえば、戦に無駄な兵を費やす必要もなくなる。
なるほど、そういう腹か。
「納得です。では、ウラ領に新しい国家が誕生したら、オーリン王国への侵攻はなくなると期待しても?」
「私とタナトスがいる限り、ないと約束できるわ」
それまで言葉を発していたのはハーディとサーラだけだったが、会話に耳を傾けるイリスとヘクトルとテラモンも一様になるほどなるほど、と頷き期待に満ちた表情を見せている。
ハーディが顔を綻ばせてイリスのほうを振り向いた。
「タナトスは、お前たちの向こうの世界のことも伯爵に話してるんだろうな」
ハーディにしてはぽろりの失言だった。思いがけない朗報に浮かれていたのかもしれない。
サーラの顔がぴくりとこわばった。
「向こうの世界…?」
ゆるみかけていた雰囲気が一気にかたくなった。
イリスがハーディの袖をぐいぐいと引っ張って「ばかっ」とかなんとか言っている。
わーやっちゃったどうしよう、と顔に書いてあるハーディだったが、サーラのどうにも許してくれなさそうな表情にあきらめの溜息をひとつつき、すべてを暴露しはじめた。
必要最低限の情報を開示し終わったハーディが心の中で冷や汗をぬぐっていると、サーラがイリスに問いかけた。
「みずはさんとタナトスは一緒にこの世界に来たの?」
心に抱えた闇は決して見せない。貴族だもの。
サーラはにっこり微笑んで、サーラにとって死刑宣告になるかもしれないイリスの答えを待つ。
「えっ? なんで私の昔の名前をご存知で?」
「ぇあっ! あの…洞窟でちらっと聞こえて…」
「あぁなるほど! 今はイリスと申します。よろしくお願いいたします」
直立して挨拶するイリスにサーラも微笑みを返す。
「こちらこそよろしくね、イリスさん」
女神シフレスの微笑みに騎士二人は顔を赤らめ呆けている。
椅子に座りなおしたイリスが説明する。
「えっと、一緒に来たわけではないです。世界を渡ったとき、参謀は洞窟の中にいらして、私はたまたま洞窟のすぐ外にいたというか、この世界に来たのは偶然一緒だったというか。だから、ひと月ほど前に洞窟で参謀に再会したときは本当に驚きました」
そう言う顔がなんとなく嫌悪に歪んでいるように見えた。
…あら、もしかして…もしかして?
みずははタナトスのことを好きではないのかしら?
それに、ひと月前に再会?
ずっと会っていたわけではないの?
意外な情報に勇気を得たサーラは、思い切って訊ねてみた。
「タナトスとあなたは恋仲だったわけでは…?」
「はぁっ?」 椅子を蹴立ててイリスが立ちあがった。
テーブルが揺れて、秋の空を映していたハーブティーがちゃぷんと跳ねる。
「あっ、すみませんっ!」
ハーディが戻した椅子に慌ててどすんと腰をおろすイリス。
「おまっ、落ち着け!」
「だってっ! だってっ!」
小声で囁きあう二人の様子に、またサーラはあらっと思う。
そう言えばこの二人、馬にも一緒に乗ってたわよね。
さらに勇気を得たサーラは、さらにさらに思い切ってみる。
「恋人の前で失礼なこと言っちゃったわね、ごめんなさい」
「なっ! なっ!」
途端にまっ赤になるイリスと嬉しそうにでれるハーディ。
「ほら、伯爵にも一発でばれてる。色ボケもほどほどにしてくださいよ、副長」
「えっ、俺のせい?」
「馬の上でもでれまくってたくせに何言ってんすか」
「戦場をなんだと思ってんすかね」
「そうよっ! ぜんぶハーディのせいなんだからねっ!」
いつのまにか集中砲火にさらされちょっと納得いかないハーディだったが、超絶美形のタナトスを牽制する意味でもここは釘を刺しておこうと考えた。
「イリスと私、ヤヌス伯領兵団副長のハーディ・クラースは婚約中の身であります!」
びしっと起立して笑顔で決めているが、はっきり言って格好悪い。
まだプロポーズさえしていないのだ。
「なっ! なにを勝手にっ!」
耳までまっ赤な剛力女王に突き飛ばされた。
*×*×*×*×*
サーラとの昼食のため馬を急がせていたタナトスは、遠く前庭にティーパーティらしき集まりが見えて首を傾げた。
来客の予定は聞いていない。相手の服装が平民のように見える。何人か腕の立つ侍従は控えているようだがサーラに危険はないのか?
焦って馬の足をさらに速めさせると、黒髪の女が隣の男をどーんと突き飛ばした。
…なんという怪力だ。
いや、ちょっと待て! あれは罔象ではないか!
そして突き飛ばされた軟弱男は、…なんと言ったかな。
門を入り馬を降りると、一同の視線が集中する。
さて、なんと切り出すのがふさわしかろう。
一瞬悩んだタナトスの元へぱたぱたとサーラが駆け寄った。
「お帰りなさいタナトス、早かったのね! ウラヌス谷はうまくいったのでしょ?」
最近なぜか見られなくなっていた素直で明るいサーラがそこにいて、タナトスはちょっと驚いた。
なんとなくだが仲の良さをそこにいる連中に見せつけようとしている気もする。
ここはのっておくか。
「もちろんうまくいったとも。ジヴェ将軍は昼過ぎに帝都に向かってくれるそうだ」
サーラの肩を抱きながら頬にキスをひとつ落とす。
嬉しげに頬を染めて見上げてくる春の青空のような瞳は、とても美しい。
「それで、こちらの客人は?」




