31: ウラヌス谷の攻防
本日四話目です!
順番にご注意くださいませ!
爆音とともに馬の嘶きや人の怒声が飛び交い、騒然となるウラヌス谷。
「なんだ今のはっ? 前も後ろも煙があがっている?」
「分断されたか? 最後尾は谷に入ったのか?」
狭くて長いウラヌス谷。道の両側は大人十人分ほどの高さの急峻な山肌がそそり立ち、切通しのようになっている。さらに道の東側には深く落ち込んだウラヌス川の激しい流れ。待ち伏せや奇襲には格好の地形でもある。
朝方そこにさしかかったのは、帝都から出撃してきた騎兵団主体の軍隊。名目はオーリン侵攻の援軍だが、実体はウラ領で反旗を翻したと噂のジヴェ将軍の討伐軍だ。
その隊列がすっかり谷に入った途端、前と後ろから炎の攻撃による爆音があがった。
挟み撃ちか!
しかしジヴェ将軍ならわかっているはずだ。この数を相手に奇襲をかけても勝利は難しい。隊列の中央あたりにかたまっていた貴族組は頭をひねった。
そこへ、頭上から野太い声が降ってきた。
「帝都からわざわざ会いにきてくれて嬉しいぞ、リン大佐!」
日ざしでシルエットしか見えないが、崖の上から落ちてくるこの声は…
「ジヴェ将軍、お出ましか! どこぞのいかがわしい娼婦と山に引き籠もって魂まで貪り尽くされたかと思っていたが、まだ生きていたようだな!」
リン大佐も負けじと大声で返した。
「はっ。金にしか興味のない愛人を何人も囲って借金で首が回らんお前に言われたくないわ。まぁ、その首も明日つながっているかどうか、お前の態度しだいだがの」
「笑わせるな! 見たところお前の手勢はたかが知れているようではないか。この軍勢を相手に何ができる! すぐに両端を突破して、お前の首を落としに行ってやる!」
あくまで強気のリン大佐に、将軍が無情に言い放った。
「ほう? その軍勢とやらのどれほどがお前の言うことを聞くかのぅ」
「なっ…にっ!」
上ばかり見上げていたリン大佐がふと周りを見てみると、貴族組を囲い込むように兵士たちが剣や弓矢を向けてきているではないか。
「はっはっは! 人望のないお前も帝王も哀れよの! 民の声を聞こうともせず、己の欲に忠実に享楽にふけった報いがこれだわ」
「まっ、待て… これはいったい…」
途端に焦りだすリン大佐。
先ほどの強気はどこへやら、すがるように周りの貴族たちを見るが、皆同じようにおろおろするばかりでどうにもならない。
「や…、ジヴェ将軍、こ…これは何かの間違いだ…。我々はオーリン王国侵攻軍を援護するために来たのであって、決して将軍とどうこう…」
「はっ! オーリン侵攻軍などもう存在せんわ。前線基地は解体されたからの」
「そんな馬鹿なっ!」
「よいか、リン大佐。 わしへの中傷なら我慢もできようが、わしの愛するイーシスを侮辱した罪は許しがたい! せいぜい贖ってもらうぞ!」
こうして、一部で小競り合いらしきものはあったものの、ほぼ無抵抗といっていいぐらいにあっさりと討伐軍はジヴェ将軍のものとなったのだった。
このこともまた、帝都で知るものは誰もいない。
*×*×*×*×*
同じころ。
湖畔を離れたハーディたちは、うまい具合に山麓の馬牧場で馬を手に入れることができ-----基地にも数頭届けてもらうことにした----- 神力持ちと騎士をとりまぜた三つのチームに分かれることになった。
「なっ…なんでそんなにくっつくかなっ!」
「しょーがないじゃん。俺たちだけ二人乗りなんだから。ほら、もっとしっかり寄りかかって!」
じたばたするイリスをがっちり抑え込むハーディ。
「この組分け、おっ、おかしくない?」
「なんで。これしかありえないでしょ? いちばん軽くて細っこいのはイリスなんだから、二人乗りはイリスと誰か。そんで、俺がほかの野郎にさせると思う?」
「っていうか! もう一頭こっちにもらってもよかったんじゃ?」
「あーもう、ごちゃごちゃ言ってると舌噛むよ」
ハーディが急に馬を速く走らせたので、イリスは本当に舌を噛んだ。
軽くだけど痛い。
あとで絶対文句言ってやる。
ハーディにしたらこの非常時に色ボケかましてるのはわかっていたが、どうせまた馬を手に入れられる機会はすぐ来るのだ。一日ぐらい久しぶりにくっつく機会を逃すものか、とがっついてみた。
がっついてみて、正解だった。組分けで離れるリスクを避けられたし、イリスの細い腰に腕を回して風になぶられる黒髪を感じながらかわいらしいつむじを見下ろしているとめちゃくちゃ幸せになる。
…いや、この非常時にふざけすぎなのはわかっているが。
ハーディとイリスはヘクトルとテラモンという騎士二名とともに領都ウラーヌを目指すことになった。
ディオと騎士一名は湖をぐるっと一周してから同じくウラーヌへ。
バルドと騎士一名は、牧場で小耳にはさんだ情報を元に別行動だ。
馬に飼い葉をやっていた少年が、四日ほど前にたくさんの兵士が西の山の向こうへ行くのを見たと言ったのだ。
この情報は組分けしたこととあわせて手紙に書き、馬と共に基地へ届けてもらう。基地のほうからも調査を出してくれるだろう。
*×*×*×*×*
ウラヌス谷の奇襲が首尾よくいってご機嫌のジヴェ将軍は、昼前に独立予備軍の秘密基地へ戻った。
待ち構えていたタナトスが満面の笑みで当然のように言ってくる。
「おめでとうございます。これで独立予備軍も、正式に独立軍と名乗れるぐらいの体裁が整いましたね」
「あまりにあっけなく方がついて拍子抜けするほどだったわ。お前の手回しのよさにはほとほと呆れる」
「将軍が一日も早くウラ領、いやウラ公国の大公としてイーシス様と心安らかな日々を過ごせるように、との一心からですよ」
「はっはっは! よく言うわ。それはお前がサーラのために目指しとるものだろうが」
タナトスは口角を片方あげるだけに留める。
「帝都の馬鹿どもに叩きつける書類は当然用意ずみか」
「ええ。将軍にはあとひと踏ん張りお願いいたします」
「イーシスのためと思えば造作ない。帝都に馬を飛ばして丸裸の豚どもを黙らせてくればよいのであろう? 早速昼過ぎに出立し、ひと月もかからずに吉報を持ち帰ってみせるわ。うゎっはっは!」
タナトスの元には、ヤヌス伯率いるオーリン王国の部隊がきのう前線基地に入ったという報告も入ってきている。早く独立を成し遂げて王国との様々な交渉に臨みたい。
…とりあえず現状を知らせる手紙だけでもヤヌス伯に届けておくべきか…。
タナトスは頭の中で様々な策を並行処理させながら、サーラと昼食をとるため別荘へ馬を飛ばすのだった。
*×*×*×*×*
サーラはシンプルなドレスにショールを羽織り、別荘の前庭で秋薔薇を眺めつつハーブティーを楽しんでいた。
いや、正確には何かを楽しむという心境にとてもなれないこの頃なのだが、少しでも気を紛らわそうというささやかな努力なのだ。
小道の向こうの門扉と敷地をとりまく低めの柵のアイアンレースが、その向こうの鮮やかに紅葉した楓の並木道とよく合って美しい。
領都からオーリン山へとつながるこの街道を戦時中に通るのは兵士ぐらいで、それも最近はめったに見かけない。ハーブティーの柘榴のように透き通る紅色に見るともなく見とれていたら、複数の馬の蹄の音が響いてきた。
-----珍しい。しかも軍服じゃない集団なんて?
そう思ってなんとなく見つめていたサーラの目がしだいに丸くなり、思わず椅子から立ち上がる。
馬上からこちらを見つめる二組の目も同じようにまん丸になり、慌てたように手綱が引き絞られた。
こんな偶然があるだろうか、というほど劇的な再会だった。




