30: オーリンの山越え
本日三話目です!
順番にご注意くださいませ!
ノーズ砦とヒーツ村を出発した追撃隊は、昼前に洞窟下の野原で合流を完了し、軍議を行いつつ小休憩をとっていた。
「こりゃ噂どおりの霧だな! 上はもっと凄いのか?」
ヤヌス伯も驚きを隠せないようだ。
「もう半端ないから! こう手を伸ばして掌見えないから」
ハーディが自慢げに手を伸ばすとすかさずバルドが突っ込む。
「お前~、かなり盛ってるだろ~」
「ひどっ! イリス、ほんとだって言ってやって!」
「うそです」
「イリスーっ!」
なんだか平和な追撃隊だ。
「つまり、昔イリスの国の領主だったやつが今はウラ領参謀のタナトスで、イリスのお師匠さんの術で作った不死身の傀儡? あー、犬おそらく二匹と若者一人を操ってるってことか?」
「はい。…信じられなくてもしょうがないと思いますが…」
「いやいや、君を信じてないわけじゃないよ。あまりにも奇想天外なことばかりで驚いてるだけっていうか…、とにかくタナトスが傀儡を操るところは見たんだろう?」
「はい。夜は十人力だって言ってました。ハーディも首を絞められてじたばたしましたが、ビクともしませんでした」
「ちょ、イリス! その言い方!」
「事実です」
「ですよね…」
「犬は作るときに不具合があったそうで炎の大技で傷つけることができますが、人のほうは虹色持ちの究極の炎技じゃないとだめみたいです」
「ってことはイリスだけか…。そいつはお目にかかりたくないな…。特に夜な」
「犬と同じで青白く光っています。霧丸という名で、長めの黒髪をうしろの高いところでくくっていて私より少し若い青年で…あ、目も犬と同じで赤いです」
「わかった。気をつけるよう皆にも通達しよう」
ヤヌス伯が深刻な顔で頷き、ハーディに問いかける。
「ほかにも気になることがありそうだな」
「ん、タナトスだけど…。どうもフォボスの中央にかなり不満がたまってるみたいで、戦のたびにこき使われてうんざりだとか、傀儡を使って帝都の馬鹿どもをなんとかしたいとか言ってたんだよね」
「ほう。そんなことを」
「あれから一か月たつから、向こうでなにかやってんじゃないかな…」
「なるほど?」
「この一か月、攻撃はどんどんしょぼくなって、しまいに撤退でしょ? オーリンへの手出しどころじゃなくなるような何かがフォボスの国内で起きてるんじゃないかな…」
「なるほど、十分ありうる。それが最終的にこちらに吉となるなら大歓迎だが、油断はできん」
「ん。そういうこと」
イリスがつけ加える。
「タナトスは一見爽やかな二枚目ですが、狡猾でとても冷酷な男です」
えー、俺とどっちが二枚目?と言いたげに尻尾をファサファサさせる隣の彼はまるっとムシムシ。
「こちらにいい条件をちらつかせてきても罠の可能性もあります。気をつけてください」
「そうか、わかった。気をつけよう」
秋の山頂は、長く座っているには寒い。
軽く食事をとったらすぐ出発することになった。
「おいハーディ! 上に行ってみたぞ! ほんとすごいな! 掌がまじで見えん!」
「…なに暇なことやってんの、にいさん…」
「食事なんて歩きながら食えるし!」
「もー、親父にいいつけてやる…」
「親父たちもみんな一緒に行ったし!」
…とにかく平和な追撃隊だ。
*×*×*×*×*
山を越えフォボス側へ下る道にも、敵兵の姿はまったく見あたらなかった。波が引くような撤退ぶりだ。
夕刻が近づくころ、森を抜けると湖が見えてきた。まだ夕焼けには早いが傾きかけた陽が湖面に映え、秋草や水鳥たちの群れがシルエットになって物語の挿絵のようだ。
「うわー、こりゃいい眺めだな!」
「こんな山の中腹にこんな大きい湖が!」
「カルデラ湖ってやつじゃないか?」
「なるほど! オーリン山は火山なんだな?」
さらに近づくと、駐屯地らしき建物が見えてきた。
「フォボス軍の前線基地か?」
「まわりに人影はありませんね。斥候を出します」
建物内部にも人の気配がないと斥候から報告があり、そのまま中に突入することになった。
気合を入れて突入してみると中はもぬけの殻で、みな狐につままれたような気分になる。
とりあえず指揮官の指令室らしき部屋で軍議を行おうとしたら、建物内部を探索していた兵が慌ててやってきた。
「地下に上級将校らしい数名が収監されています!」
「はぁ?」
急いで見に行くと、確かに指揮官らしい人物を始めとするいかにもお偉方っぽい十数名がぐったりと牢屋に閉じ込められていた。何日分かの糧食と水は置いてあるが、かなり疲弊しているようすだ。
指揮官らしき人物のカナン大佐に尋ねてみると、四日前に兵士の反乱があって閉じ込められ、兵士たちがその後どうなったかはわからないという。
「至急医務室の手配を済ませて収容しろ。栄養を与えて尋問できそうになったらする」
もう一度指令室に集まる。
「…ハーディの予想が当たってるみたいだな」
「兵士の反乱か。タナトスもやるな」
「…やつが兵をまとめ直してオーリンに攻めてきたら?」
ハーディが首をひねりつつ答えた。
「んー、タナトスが反乱の首謀者なら…それはないかな。やつはオーリンに攻め込む意味がないと言いたげだった。帝都の馬鹿どもが欲の皮を突っ張らせるせいで戦にこき使われて迷惑とか言ってたし」
「…じゃあ、とりあえずは反乱の規模が知りたいな…」
「反乱が成功して国境沿いの領地が反戦派になってくれれば嬉しいが…。まぁそうこっちの思い通りにはいかんか」
「どこまで状況が進んでるのか、とにかくどんな情報でもいいから早く探ってこんといかんな」
ヤヌス伯が最後にまとめる。
「敵さんが残してくれたこの基地をありがたく使わせてもらうとして、神力持ち中心にチームを組んで明日から情報収集に出てもらうぞ」
基地には無防備かつありがたいことに、地図などの資料がかなり残されていた。急いでいたのかもしれないが、見られたら困るという頭はあまりないようだ。
「警戒されてない?」
「フォボスをとる利点がないって俺が奴に言ったからか?」
「だとしたらでかしたぞハーディ。こちらに敵意がないとわかっていれば、交渉のはかどり方が違ってくるからな」
「とりあえず、領都のウラーヌってとこを探るべきか? タナトスは今どこにいるんだ」
「もしかして女伯爵にも会えるかも」
おおっ!と期待の眼差しがハーディに集まる。
「洞窟でちらっと見たけど、すっげー美人だった」
おおーっ! 男どもが歓声をあげる。
「タナトスにベタ惚れ丸出しだった」
肩ががっくり下がる。わかりやすい。
*×*×*×*×*
翌朝早く、基地に残っていた私服を借用して、バルドたち神力持ち四人と騎士四名は情報収集に出発した。
馬がないのが辛いが仕方ない。どこかで手に入れられることを祈ろう。
鳥の鳴き声が遠く近く静かに響く湖畔の道は秋晴れの下快適この上なく、まるで行楽にきているようだった。湖はとても大きく、また不思議なくらいの透明度のよさでかなり深くまで見ることができて、なんだか神秘的だった。
四分の一周も行かないうちに街道は湖から離れ始め、道には湖から流れ出た川がつかず離れず寄り添うようになった。
時折九十九折りに差しかかると、どーっと激しい飛瀑の音がする。一度ならず滝がよく見える橋を渡ることもあって、ウラ領は美しい自然に満ちたいいところだなぁ、などと暢気に思ってしまう一行だった。




