29: 反抗と反攻のとき
本日二話目です!
順番にご注意くださいませ!
総崩れになった最前線の部隊が撤退してくると、前線基地の空気はさらに悪化した。
「なぜ勝手に撤退する! 帝都になんて報告するつもりだ!」
基地の総司令カナン大佐が怒鳴ると、すかさず負けぬほどの怒鳴り声が返ってきた。
「兵もないのに戦線の維持もなにもないだろうが! お前ならひとりでオーリンと戦うってのか!」
「…にしても! 帝都になんと言えば!」
「知るかそんなこと! 総司令のお前が考えろ! 最前線の苦労なんかこれっぽちも知らず、あったかい部屋でのうのうと寛いでやがったくせに!」
「んな! なんだそのいい方は!」
「何度でも言ってやる! リアルに血が流れて人が殺し殺される戦場を知らん馬鹿な奴らが、馬鹿な戦を始めんだよ!」
「ぐっ! お前は戦線離脱で懲罰房行きだ!」
「おう! ふて寝三昧の日々なら大歓迎だ。とっとと連れていきやがれ!」
これ以上収容するのは無理では、というほど懲罰房が膨れ上がったその夜。中に収容された兵士たちが次々に解放され、上層部への反乱を起こした。
懲罰房に入っていなかった兵士たちにも反乱に賛同しない者はほぼなく、総司令のカナン大佐をはじめとする上層部はなす術もなく捕らえられ、逆に懲罰房に閉じ込められた。
これもまた、独立予備軍の元近衛騎士の扇動によるものだった。
反乱者たちはごっそりと独立予備軍の秘密基地へ移動し、オーリン侵攻前線基地に残されたのは懲罰房に閉じ込められた上層部の者たちだけとなった。
帝都にいる者は、誰もこのことを知らない。
*×*×*×*×*
サーラとタナトスが初めて出会った冬を過ごした別荘に、彼らはいた。その裏手の小さな山を越えてすぐのところに独立予備軍の秘密基地はあり、状況も逐一報告されていた。
「タナトスって悪魔みたいね。次から次にあらゆるところに手を伸ばして。信じられないわ」
「はっはっは! 今頃言うセリフじゃないわ、お嬢ちゃん。こやつの目配りの細かさといざという時の非情さは、まさに悪魔そのものだわ」
「ええ、ジヴェ将軍。私、とんでもない男に魂を売ってしまったみたい」
「おやサーラ。後悔でもしてるのか」
タナトスがサーラの髪を指に巻きつけながら囁いた。
「今さら後悔したって遅いって言いたいんでしょ?」
「その通り。もう後戻りはできないぞ。帝都の討伐軍、いや奴らは援軍などとぬかしてるか…は、二日後にウラヌス谷に到達する。いよいよ仕上げの時だ」
ウラヌス谷は、領都ウラーヌと別荘との中間にある急峻な谷で、その底を通る川沿いの街道は非常に狭い。
七年前にタナトスがサーラの兄ブノアを陥れ、傀儡化した場所でもある。
「討伐軍への仕込みは順調なのか」
「ええ。エドたちがうまくやってますね。鳥の連絡では八割以上がこちらにつくだろうと」
「はっはっは! 近衛隊も騎兵団もこっちに取られて、帝都は丸裸か! ウラ領の独立などとせこいことを言わず、フォボスを丸ごと盗ったらどうだ」
「稔りの少ないフォボスを、帝都の馬鹿どもごと丸々抱えるのは益体もない悪手ですよ。優秀な人材をいただいた上で、まだまだ豊かになる余地のあるウラ領を馬鹿どもに邪魔されることなく発展させていくぐらいがちょうどいい」
「うむ。忙しすぎて愛する者と過ごす時間がとれなくなるのは本末転倒だからな」
「おっしゃる通りです」
ご機嫌で髪を弄ぶ彼を横目で見ながらサーラは溜息をつく。
これってリヨンやルーをなでてる感じなのかしら…
タナトスはすべてが終わったら愛する者を…
みずはを迎えるつもりなの?
そのとき私はどうしたらいいんだろう…
悪魔に魂を食べられて壊れちゃうのかしらね
*×*×*×*×*
同じころ。
ヒーツ村の駐屯地では、ハーディを中心に軍議が行われていた。
「ノーズ砦からは明朝進撃を開始するそうだ。それにあわせてこちらの追撃隊も明日朝の出立になる」
「最近はフォボスの兵も犬もまったく見かけませんからね。平時の人数をここに残しておけばまったく問題ないと思います」
「ん。当直兵以外は皆、早めに就寝してよく寝ておくように。戦闘が久しぶりの者が多いからな。お互いによく目配りしあって、犠牲者を出さないことを第一に行動しよう。目標は敵の殲滅じゃない。やつらのケツを適度に叩けば十分だ」
ハーディは心配そうにちらっと隣のイリスを見た。
あれから一か月以上が過ぎた。愛する彼女は気丈に何もなかったように振る舞っているものの、きっとまだ焔たちを自分の炎で葬った衝撃から立ち直れていない。
今も笑顔を見せているけど、どことなく寂しげでハーディの目には泣いているようにも見える。
あーぁ、こればっかりは時に任せるしかないんだけど、なんでイリスばっかりこんな目にあうかなぁ。
誰よりも幸せにって心から願ってたのに。
…ん? 願ってたって過去形? あれ?
でも確かに、幸せにって誰かが願ってたよなぁ。
…んん? 誰が?
「ハーディ、ハーディ!」
小声で呼ぶイリスに我に返った。
「ん?」
「百面相してないで軍議を続けてくださいよっ」
…あっ、やっべ。
「んーとね、山頂近くは霧が濃くなるけど神域のてっぺんに上がらなければ歩行に支障はないから大丈夫。あと、上流にいくほど沢が細くなって岩だらけだから、荷物も多いし気をつけて。こんなとこかな。だれか何かある?」
勢いよく手が挙がった。
「はい! 問題がひとつあります」
「ん?」
「副長が色ボケで使いものにならないおそれが!」
皆がどっと笑う。
「えー! 俺はね、やるときゃやる子だから!」
「イリスの顔見てもう一回言ってください!」
ん? イリスの顔?
…かわいいなぁ!
ほっぺつるつるで黒い瞳がつぶらで…
「…だめでしょ、こりゃ」
「も…ハーディっ!」
軍議のあと、二人は隅のほうでこそこそしながら昼食をとっていた。
「ねぇイリス。タナトスが言ってたこと覚えてる?」
「あー、すみません。あのとき頭がいろんなことでいっぱいであんまりかも」
「ん…そりゃそうだ。ウラ領参謀として奴は、戦はうんざりで帝都の馬鹿どもをあの傀儡?を使ってなんとかしたいって言ってたんだよね」
『傀儡』のところでイリスの顔が大きく歪む。
「あー、やな話だよね。ほんとごめんね…」
「いえ…気にしないで…。それで?」
「あれから一か月、奴がおとなしくしてるはずないと思わない? フォボスの撤退もなんか関係あるんじゃないかな」
「たしかに…」
「そこんとこ、親父やにいさんたちと山頂で合流したら詳しく話さないといけないんだけど、イリスの秘密ももしかしたら隠しておくのは難しいかなって思って…」
ハーディの顔が心配そうにくしゃっとなって、イリスの目を申し訳なさそうに見つめる。
ハーディ…。優しい人。
イリスの胸がきゅんと温まる。
「私なら大丈夫ですよ。ぜんぶ本当のことなんですから」
ハーディの顔がほっとしたようにゆるんだ。
「むしろ、こんな荒唐無稽な話を疑いもせず信じてるハーディにみんな引くかも」
「えー! そんなのってある?」
「私でさえ引くレベルのお人よしです」
イリスの笑顔に、ハーディの頭の中にまた花が咲きまくるのだった。




