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霧の彼方の虹  作者: 鷹 樹
26/37

26: タナトスの暗躍

本日五話目です。

順番にご注意くださいませ!



ジヴェ将軍は“フォボスに北の狼あり”と言われるほど名高い勇猛果敢な戦神だった。爵位も公爵と高く、帝室の者であってもおいそれと下手なことは言えない存在だ。


ところが七年前に年若い愛人を召し抱えたとたん戦への興味を著しく失った彼は、前線に出ようともせずに愛人の好むオーリン山の麓に四季を楽しむ山荘を建て、引き籠もるようになってしまった。


今日も湖を望むサンルームで膝に美女をのせ、いつ終わるともしれない戯れを楽しんでいた彼の元へ訪問客があった。


「おお、タナトスではないか。最近顔を見せなんだがどうだ。相変わらず帝室の馬鹿どもの尻ぬぐいにうんざりか」

「ご明察で。オーリンに手を出しても痛い目を見るだけだと、いいかげん子供でもわかりましょうに」

「はっはっは。お前もわしのようにサーラとどこかに引き籠もったらどうだ。戦なんぞに手を貸すのはやめて、帝室の馬鹿どもに勝手にやらせておけばよいよい」


そう言って将軍は、膝の上のかわいい愛人の口にベリーをひとつ放り込んだ。愛人は(ねぶ)るようにその指に桃色の舌を這わせてから、甘えるように妖艶な笑みを見せる。将軍の目尻がますますさがった。


「うむ。わしも昔は戦功だ褒賞だと名誉を追っかけたもんだが、今思えばくだらんことに時間をむだにしたもんだ。愛する者と共にある。その幸せやありがたさが若い頃はよくわかっとらんかった。妻にはほんとうにすまんことをした」

将軍の視線が、今は亡き愛妻を思うように湖の遥か彼方に向けられた。


「将軍のように引き籠もりたいのは山々ですが、ウラ領として思うまま動くわけにもいかず、雁字搦(がんじがら)めですよ」

わざとらしく肩を竦めるタナトスに、将軍がふんっと鼻を鳴らした。


「いい加減に本題を言わんか。わざわざ戦の最中にこんなところまで遊びにこれるほどお前も暇ではあるまい」


タナトスの目が微妙に細められた。


「将軍。最後のひと働きをお願いしたく参りました」

「はっ。お前にはこいつを贈ってもらった大きな借りがある。この山荘も半分お前に建ててもらったようなもんだ」


「将軍がいつまでもこちらで心安らかに過ごしていただくためには、遅かれ早かれ通らねばならぬ道かと」

「わかったわかった。それでわしにどうしろと。お前さんのことだからもう細かいところまで段取りは組んどるんだろう」


タナトスはにやりと笑うことで答えを返し、将軍は満足げに頷いた。

「して、勝算のほどは」

「私をよくご存じの将軍ならおわかりかと」

「はっはっは! まったく抜け目のない頼もしい男よ!」


将軍は上機嫌でまたベリーを摘まみあげると、ねだるように僅かに開かれた艶やかな唇にぐにゅりと押し込んだ。


*×*×*×*×*


帝都に不思議な噂が流れた。

オーリン山の頂の神域には謎の洞窟があり、そこに宝の山が眠っているのが見つかった。

ウラ領の領地経営がここ数年たいそう潤っているのは、実はそのせいだと。



今代の帝王ヴァハグン・フォボスは、王の器のかけらもないでっぷりと肥えた中年男だった。周りをかためる側近たちも私利私欲と保身にしか関心のない愚か者ぞろいで、いかに楽をして利益を得るかばかり考えていた。


ヴァハグンの先代が多くの妃と愛人を抱えて種まきしまくったせいで、世継ぎ争いは醜かった。おどろおどろしい策謀がこれでもかと張り巡らされ、優秀な息子たちからつぶしあい殺し合い消えていった。残った者は心穏やかに眠れぬ毎日に根をあげ、早々に継承権放棄を宣言したり神の道に進んだりしたため、残りものをいただくかたちで王座についたのがヴァハグンだ。


彼は先代の愚はくりかえすまいと愛人は多く抱えても種をまくのは正妃に限り、生まれたのが二人の王子と一人の姫だった。

だが、無策な王のもとに、数は少なくても二人王子がいれば後継争いは起きる。第一王子のアンラと年子の第二王子マンユはことあるごとに功名を競い合い、今回のオーリン王国への手出しも二人が何らかの戦果で相手を出し抜こうとしたために起こったようなものだった。


*×*×*×*×*


第一王子アンラは、噂の真偽をなかなか確かめられない取り巻きたちに当たり散らしていた。


「申し訳ございません。神域に踏み入って山頂までたどりついた者は、帝都にはおりませんでした」

「馬鹿者! 帝都で探す馬鹿があるか! ウラ領で探してこい!」




「殿下、ウラ領の参謀タナトスに仕えていたという者が見つかりましてございます」

「おお。それだそれ! タナトスがウラ領に現れてからどうもあそこはあやしい。なにかと歯向かってきたりやたら金回りがよくなったり、ああ、くそいまいましい」


「殿下が密かに妃に望んでいらしたサーラ嬢がいきなり伯爵位についたのも、タナトスがなにやら手を回したとか」

「しかも、二人はただならぬ仲だと領内でもっぱらの噂で」


「な…なに! ますますもって許しがたい! 早くそのウラ領の者をここへ通せ! タナトスが戦で忙しい隙に、私自ら神域へ遠征隊を率いて宝を手に入れてみせる!」


まったく同じような会話がマンユ王子の元でも交わされた。

二人の王子は宝を手に帝都へ凱旋する己の姿を夢想したり、他の者に任せると宝を横取りされてしまうと疑心暗鬼に陥ったり、器の小ささを存分に発揮して我先にとウラ領へ押しかけた。それぞれが、近衛隊の精鋭を大勢引き連れて。


*×*×*×*×*


帝都では、別の噂も下町を中心に流れていた。


勝ち目のないオーリン王国への手出しをいつまでたってもやめない帝室に、“北の狼”ジヴェ将軍がついに愛想を尽かしたという噂だ。ウラ領の山荘に籠もっているのも、なにか大きなことを企んでいるからだと。


また、数年おきにくり返される戦のせいで民の暮らしが疲弊しているのに貴族たちが贅沢の限りを尽くし遊興にふけっていることは誰しも知っていたが、その具体的な乱痴気ぶりが実名とともに次々に流れ出した。


いわく、〇〇侯爵が高級娼館を貸し切りにして何人もの美女に奉仕させ続けた。××子爵が屋敷の平民のメイドに次々に手を出しては孕ませ捨てた。△△伯爵夫人は、仕立てさせたドレスが気に入らないとお針子数名を半裸にして侍従に鞭打たせた。などなど。


その日をやり過ごすのに精いっぱいの民にしたら聞くもおぞましい話が、毎日毎日これでもかと流れつづけたのだ。





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