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霧の彼方の虹  作者: 鷹 樹
24/37

24: 焔の願い

本日三話目です。

順番にご注意くださいませ!


ルーが二人に飛びかかろうと立ち上がる。


ハーディは素早く罔象(イリス)の前に出てルーめがけて炎の大技を放った。

ルーは巧みに後ろに避けるともう一度姿勢を低くする。


イリスも負けじと炎の大技を放った。

ルーが横に避け、そして思いがけないことが起こる。


イリスの放った炎が槐たちの結界を包みこむように輝き、結界がぼろりぼろりと崩れ始めたのだ。


「お…!おぉ!」

忠利(タナトス)の歓喜の声が響く。

この世のものとは思えぬ光景を、三人は固唾をのんで見つめ続けた。


やがて炎が結界の一部を崩しておさまったとき、右端にいた焔と左端にいた男が結界から解放された。焦点を結んでいなかった焔の瞳に力が戻っていき、罔象の姿を捉える。


「みず…は? いや…あんな大きいはずは…」

懐かしい焔の声に、イリスの目から涙があふれる。


「焔、…罔象だよ。八年…も焔…眠ってたん、だよ」

ふらふらとイリスは焔に近寄る。

焔も信じがたいという表情を浮かべながら、罔象をよく見ようと足を踏み出す。


「焔…。よかった。…とにかく…一緒に帰ろう?」


ハッと気づきタナトスが叫ぶ。

「そいつは俺の傀儡(くぐつ)だ! お前にはやれん!」

イリスはタナトスをギッと睨んで叫び返した。

「焔は誰のものでもないよ!」


二人はしばらく睨みあったが、やがてタナトスがにやりと笑った。

「ちょうどいい。真の傀儡はどこまで私の命ずるとおり動けるか確かめたかったんだ」

焔がハッと顔をこわばらせ、イリスの肩に置こうと伸ばしかけた手が止まる。


「焔! 罔象とその男を、この神力封じの手枷で繋げ!」

タナトスが懐から、鎖でできた手枷を取り出した。


焔の表情が歪んだが、体は忠利の命に逆らえない。

伸ばしかけていた左腕がそのままイリスの首を絞めるように巻きつき、体を吊るしあげた。

「ほ…むらっ! め…さませっ! あんな男…いいなり…だめだっ」

悲鳴のような罔象の切れ切れの声が響く。


慌ててハーディが焔の足元めがけて炎の大技を放った。

「なっ! 効かない!」


「七福の神力持ちの炎でなければ、効かん…」

焔が静かにいい、ハーディの後ろに音もなく回り込むとイリス同様に右腕で首を締めあげた。凄まじい剛力にハーディもなす術がない。


タナトスは満足そうに笑うと、もう一人の傀儡である、自分に仕えていた近習きんじゅに命じた。

「霧丸! この枷であの二人を繋げ!」


唖然と眺めていた霧丸だったが、ハッとしてタナトスが差し出す手枷を恭しく受け取ると、イリスの右腕を枷の一端につなぎ、法陣の四隅にある柱に鎖をひと巻きしてからもう一端をハーディの左腕につないだ。


「それでいい。…焔、俺が戻るまでそいつらから目を離すな」

そう言い残し、タナトスは霧丸を伴って洞窟を後にした。


*×*×*×*×*


忠利が消えてしばらくしてから、なす術なく座り込んだイリスとハーディの前に焔が跪いた。


「罔象…」


悔しさのおさまらないイリスは顔をあげることができない。

どうして焔が。どうして。

槐さまはいったい何をしたの。


「罔象。許してくれ。俺たちはお館さまに命じられると逆らえない不死の傀儡にされてしまったんだ」


イリスが慌てて、焔のせいではない!と顔をあげる。


「槐さまを責めるな。槐さまは死罪になった老人を使って、里や社の未来を豊かにしようとされただけなんだ」

「そんな…」

「俺は神力が強いからか、お館さまがそばにいなければ少しは自由がきく。だから今のうちにお前に頼みたい」


そう言うと、焔はイリスとハーディの手首から力任せに枷をちぎり取った。


「不死の傀儡は、七福持ちの操る炎の奥義でしか滅することができない」

「まさか…」

「お館さまが帰らぬうちに、俺と槐さまをお前の炎で燃やしてくれ」

「そんな…そんなこと、できないよ…」

イリスが必死に首を振る。

「すまない。お前ばかりに酷い業を負わせて」


「…いやだ、いやだよ焔! 一緒に逃げよう? ね、焔!」

必死にすがりつくイリスの手を、焔はそっとはずす。


「罔象。俺はもう死んでいる。今の俺は動く死体だ。野心に狂ったお館さまに操られるただの傀儡だ」


焔の言うことは頭では理解できる。

でも、できないものはどうしたってできない。

「い…やだ」


「お館さまに命じられれば、俺はお前を殺すことさえできる。…そんなことを俺にさせてくれるな」

きつく瞼を閉じて焔がうつむく。


「俺に永久(とわ)の安寧を。…頼む、罔象」

ふるふると首を振るイリス。


「…仕方ない。許せ!」

焔はハーディを抱え上げ槐の結界の傍らに立つと、ハーディの首を左手で締めるようにして吊り上げた。


「ぐぅっ」顔を苦悶に歪め、万力のような締めつけから逃れようと身をよじるハーディ。

「無駄だ。俺たち傀儡は、夜になると十人力だ」


怯えて息を呑むイリスに向かって焔は声を張り上げる。

「傀儡は炎の奥義にしか屈さない。お前が何もしなければ、この男は、死ぬぞ」

「やめて…焔。お願い、やめて…」

イリスの頬を涙がこぼれ落ちる。


「うぅっ」と呻くハーディの顔がいよいよ青黒くなる。

「早くしろっ罔象! この男を殺したいのか!」


ついにイリスは心を決め、きっと焔を見つめた。


その顔を慈しむように見つめる焔。


「美しくなったな罔象。…誰よりも幸せに…」


小さな呟きは誰の耳にも届かない。

「…俺が、したかった」


「炎獄…業火っ!」

焔と槐に向かって、眩くも美しい炎の波濤が襲いかかる。


満足げに微笑んだ焔は

「罔象を頼んだぞ、狭霧(さぎり)

と呟いてハーディの体を手放した。


焔と槐と傀儡二体を包み込んだ炎は、ひときわまぶしく輝いて、消えた。


あとに残ったのは、喉をおさえて呻くハーディと泣きむせぶイリスだけ。

焔と槐の痕跡は、イリスが持っていた組紐以外、法陣を含め何ひとつ残らなかった。





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