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霧の彼方の虹  作者: 鷹 樹
23/37

23: 洞窟の再会

本日二話目です。

順番にご注意くださいませ!


その夜。寝静まったヒーツ村にひっそりと忍び寄る影があった。忠利(タナトス)の愛犬、不死身のルーだ。

さすがに昨晩(マルティス)の大技で痛い目にあったばかりなので、今晩は派手なことはせずに(あるじ)から与えられた使命を果たすべく隠密行動中だ。村のはずれの一軒家に近づくと、昨晩の戦果-----主に褒められた!-----を目につきそうな場所に置き、こっそりいそいそと山頂の主の元へ帰るのだった。


翌日。ハーディが仮眠から目覚め、『夜の見回りを二人交代で続けるのはいろいろな意味でツライなぁ』と心の中でぼやきながら夕飯の場に出ると人だかりができていた。


「ん? なにかあった?」

「あ、副長、これなんですけど」

そう示され、割れた人垣の中心にあったのは羊の角だった。

「んん? どしたのこれ?」

「村のはずれの寝たきりのじいさんの家の外に置いてあったそうです。毎日様子を見にいっている娘が昼過ぎに見つけたそうで」

「角だけってのも不思議なんすけど、これ、なんでしょね?」

弄んでいた赤い組紐を差し出してくる。

「その角に巻いてあったんすよ」


「んー?」顔の前につまみあげて念入りに観察する。

臙脂色と朱色のふた色で丁寧に編まれた美しい組紐だ。

「なにかメッセージでもあるのかねー…って。イリス?」


ふと気づくと、まっ青なイリスが食い入るように組紐を見つめ、聞こえるか聞こえないかの声で呟いていた。


「うそ…(ほむら)の組紐…なんで…まさか焔も…」


まずい。この反応は前の世界の辛い思い出にかかわるものだ。

「いつ見てもかわいいねーイリス! ちょっと二人だけの相談タイムね!」

わざとらしく肩に手を回し、急いで執務室に連れ込んだ。


*×*×*×*×*


「ぜったい罠だって! そのお館さまってのがイリスをおびき出そうとしてるんだ! それしかありえない!」

「わ…わかってる。わかってるんだけど、でも…、でも焔がこの世界に来てるなら行かなきゃ! 焔に会いに行かないなんてそれこそありえない!」


ハーディは目を据わらせ、しばしむっつり考えてから言った。

「…ホムラってイリスのなんなの…」

「え?」

「ただの兄がわりにしちゃ、イリスが必死すぎる」


そう言われても、焔は焔だ。大切な家族だ。

「この世界に来る前、私は九つで焔は十四だった。親のない私たちは(えんじゅ)さまを父親みたいに頼りにしてたけど、槐さまはお体の具合が悪いときは起きるのも辛そうで、だから、十四の焔が大人のやる仕事を全部引き受けて私たちを育ててくれて…。だから焔は兄でもあり父でもあり…。とにかく、そこらの家族よりずっとずっと絆は強くて!」


イリスは必死になってハーディに訴えた。

気がつくと、ハーディのむっつりした顔がいつのまにか機嫌よさそうな顔に変わっていた。


「そっかそっか。そんなに大切な家族か」

「そ…そう。わかってくれた?」

「うーん、ホムラって男が大事でどうしても会いたいってのはわかるんだけど、危険すぎるよねぇやっぱり」

「でも、でも、私の神力に勝てる人はなかなかいないし、剣もバルド隊長ぐらいしか…」


またハーディの機嫌が微妙に下降する。

「ふーん。まぁ神力は無理として、一回イリスと手合わせしとかなきゃね…。腕相撲は完敗だし…」

「え? え? なんでいきなりそんな話に!」


なにかとめんどくさいハーディの説得だったが、ハーディにもわかっているのだ。イリスは止めたってきっと目を盗んで行こうとするだろう。自分の知らないところでイリスだけ危険な目に合うなんて論外。とすれば、結論はひとつしかないのだ。


詳しい事情を他の誰かに説明するわけにもいかないので、『もう一度洞窟の探索に二人して出かける必要がある』というかなり無理やりな名目で周りを強引に納得させ、夕食後に出発した。


*×*×*×*×*


洞窟の入り口で。


「やっぱり罠だね。静かすぎる」

「でもここまで来たら中に入るしか!」

イリスが目を潤ませてハーディの胸にすがりつき、必死に訴える。


「はぁ、しょうがないなぁ。今からこんなに尻に敷かれてていいのか、俺」

「なっ!」

「まっかなその顔に免じて、さ、中に入るよ」


*×*×*×*×*


洞窟の中では、忠利(タナトス)が座禅を組み瞑目していた。外に二人分の気配が近づいてきたのはわかっている。

きっと罔象(みずは)だ。もう一人はこの前のあの男か。

早く来い、罔象。大人になったお前を俺に見せてくれ。


足音が近づいてきて、少し離れたところで止まった。タナトスはゆっくりと目を開く。

罔象(イリス)とタナトスの予想どおりの男は、タナトスの背後にある槐と四体の傀儡の塊に言葉を失っていた。


「やはり罔象だったか。思ったとおり美しい女になったな」

イリスの隣の男からぶわっと冷たい空気が流れてきた。


「ふっ…。まぁそう苛立つな。お前たちと話がしたくて招待状を送ったわけだが、ちゃんと受け取ってもらえたようだな」

タナトスは右隣りに寝そべるルーの頭をわしわしとなでた。ルーは気持ちよさそうに耳を寝かせて目を閉じる。

「とにかく立ち話ではなんだ。そこに座ってくれ」


二人は警戒するように目で語り合っていたが、男のほうが腰を下ろしイリスも正座する。やがて、イリスが口を開いた。


「槐さまたちはどうしてこんなことに…。なんで…なんで焔がそこにいるんです。しかも時が止まったまま…。槐さまと焔の胸の…胸の傷はなんなんですか。もしかしてもう、みんな死んでるんですか! 早くそこから出してあげてください!」

低かった声がだんだん高くなり、最後は切羽詰まったように畳みかけてくる。まあ、無理もない。


「これは死の間際の槐が固めた結界だ。だから俺にはこいつらを出すことはできん。洞窟ごとこの世界に来てから八年、なんとかこの結界を崩そうとしてきたが無理だった。…俺よりずっと強い神力持ちのお前なら崩せんか」


イリスがふるふると首を振る。

「槐さまの術を解く? そんなの無理。できるわけない…」

茫然と呟くイリスにタナトスはやはりそうかと溜息をつく。


「槐は死にかけだ。この結界はだんだん崩れてきている。槐が死ぬときこの結界もなくなるだろう。その右端の組紐の男は焔というのか? 焔のほうは、そうだな、一度死んだ」


イリスの張りつめていた表情がぐしゃりと歪み、うつむいた頬にぼろぼろと涙が零れた。


「だが、槐の秘術で不死身の傀儡(くぐつ)として生まれ変わった」

イリスがばっと顔を上げる。

「不死身の傀儡?」

「この犬と同じだ。どんな攻め手にも傷つかず死ぬこともない。主となった私のどのような命にも忠実に従い、決して逆らうことはない」


ぼそっとハーディが口をはさむ。

「その犬は炎に傷ついてたけどな」

なんとなくルーが耳をへたれさせ、きゅーんと小さくなる。

「おや、そうだったか。これは作るときに不手際があったからそのせいかもしれん」

気にするなというように、またわしわしとなでる。


「ところでお前は誰だ」

「ヤヌス辺境伯領兵団副長のハーディ・クラース。ヤヌス伯の義理の息子でもある」

「そうか。それならある程度詳しいこともわかるだろう。単刀直入に訊く。オーリン王国はフォボスとの戦をどう思っている。隙あらばフォボスを取りたいと思っているのか」


ハーディがむっとしたように答えた。

「手を出してくるのは毎回そっちだろうが。オーリンは飢えてるわけでも資源が不足してるわけでもない。わざわざ山を越え犠牲を出してまで、稔りの乏しい国を手に入れる必要がどこにある?」


「まず、ないな」

「俺たちは、降りかかってくる火の粉を仕方なく払ってるだけだ。フォボスもいい加減無駄な手出しはやめて、おとなしく自分の国に引っこんでろ」


ハーディの糾弾にタナトスが微苦笑する。

「そうしたいのは山々だが、帝都の馬鹿どもの欲の皮の突っ張りにはつける薬がなくてね」

淡々と語るタナトスにハーディは思わず眉をあげた。


「ずいぶん物分かりがいいな。お前の帝国での立場はなんだ」

「ウラ伯爵の参謀タナトスだ。噂ぐらいは流れていないか。ウラ領としてはオーリン侵攻のたびにいいようにこき使われてうんざりなんだよ」

「そういうことか。だが、たかが一領地参謀のお前の一存ではどうすることもできないだろう?」

「腹立たしい限りだがその通りだ。だから、この傀儡を使って少しでも状況を変えたいと思っているのだがね」

タナトスは背後の傀儡を見上げ、溜息をついた。


すっかり放置されていたイリスが噛みつく。

「どんな目的だろうと焔を勝手に使うなんて許さない!」


タナトスは眩しげに罔象を見つめて、淡々と続けた。

「この戦でどれだけの者が無駄に死んだと思っている。いい加減に馬鹿どもをなんとかしないとさらに死人は増えるぞ。…罔象、オーリンにお前の大切な者はいないのか」


ふと頭にいろいろな顔が思い浮かんだ。

この人たちが死んだら? でも、でも!


そのとき、洞窟の入り口から何か物音がした。

「誰だっ!」

きつく問うタナトスの声に、ふらふらと指揮官姿の美女が現れる。


タナトスの顔が一瞬、叱られた子供のように歪んだ。

「サーラ? ここに来てはいけないと言ってあっただろう?」


女性はまるで声のない悲鳴をあげているかのように見えた。

「帝都から至急の使いがきて…なんて返事したらいいかわからなくて…タナトスがすぐ帰るって言ったのに三日も帰ってこないから心配で…」


タナトスは溜息をこぼした。女性の顔が大きく歪んだ。

「わかった、サーラ。今から一緒に基地に帰る。話が終わるまで、少しだけ外で待っていてくれないか」

女性の顔に絶望が浮かぶ。

「ええ…」



女性の姿が消えてから、タナトスが二人に訴えた。

「まだ話は終わっていない。数刻で戻るからここで待っていてくれないか。食うものや寝床なら奥にある」


二人は顔を見合わせてから首を横に振った。

「あんたをそこまで信用することはできない。軍隊を連れて戻ってくる可能性だってある」

「そんな真似するかっ。いま話しておかねばならんことがまだあるんだ!」

「こっちにはない。悪いが帰るぞ」

イリスとハーディは立ち上がった。


「くっ、ルー! 二人を帰すな!」

ルーの耳がぴんと立った。





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