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霧の彼方の虹  作者: 鷹 樹
15/37

15: 黎明のイリス

本日7話投稿のうちの7話目です。

順番にご注意ください!


ハーディに抱えられて逃げ込んだ山の中に、なかなか身体を休められる場所はなかった。

それでもやっと見つけた大樹の太い枝の上は、安心できる長椅子のようだった。

夕べから思いがけないことの連続で、二人とも疲れ切っている。

幹にもたれ、お互い支えあうようにして夜明け前までのひとときを眠ると、少しは頭がすっきりした気がした。


*×*×*×*×*


「お前が炎に怯えたのはそういうわけだったのか…」



犬とともに崖を落ちたときからさんざん迷惑のかけどおしで、そのたび必死になって助けてくれたハーディに今さら何を隠し立てするというのか。

ハーディに肩を抱かれたまま、イリスは里にいた頃から今まで起こったできごとをすべて話した。



自分でも嘘みたいな話だと思うのに、ハーディはこれっぽっちも疑わずに黙って最後まで話を聞いてくれた。

誰かに聞いてもらうだけで、随分心が軽くなった気がした。


「前の世界でもみなしごで苦労して、辛い目に何度もあって、大事な人を目の前でなくして。…お前、すごいな。よくこんなまっすぐに生きてこれたな」


イリスは力なく首を横に振った。

すごくなんかない。ちっとも。ただ必死に生きてきただけ。


でも、ハーディから褒められるのはなんだか嬉しかった。

狭霧をあんなふうにひとりで逝かせて、自分だけ生き残った後悔だらけの日々が、少し認められたような気がした。


「この世界でも、バルドに会うまで一人で苦労してきたんだろ…。ちっ、神様も不公平だな。お前、何人分の不幸をしょってんだ」


ハーディの力の抜けた言い方が、なんだか心地よかった。

もたれかかっているこの広い胸みたいに、じんわりとあったかい。


「お前のことだから、今でもその焼け死んだ友だちにごめんなさい、ごめんなさいって心の中で謝りたおしてんだろ」


当然だ。

狭霧(さぎり)があんなつらい思いをして死んでいったというのに、私だけのうのうと生き続けて。


あまつさえ恋に一喜一憂したりなんかして。


きょとんとして見上げたイリスを優しく見おろし、イリスの髪をそっとなでながらハーディは続ける。


「もしかして、私なんか死んじゃえばよかった、とかその友だちの方が生き残ればよかったとか思ったりしてる…」


思わずイリスは俯いた。

「いつもじゃないけど、時々…」


ハーディはイリスの髪をなでる手に力をこめ、深く溜息をついてからゆっくりと言った。


「いいか。いろんなことをぐるぐる考えてしまうのはしかたがない。お前みたいに心根の優しいまっすぐなやつは特にそうだ。でも、自分を否定するのだけはだめだ。もっと自分を認めて、…前向きに生きていかなきゃだめだ」


ハーディの言葉を素直にきけない自分が、下唇をかむ。


「その友だちは、お前にどう生きてほしいと思って逝ったと思う? …もしお前が逆の立場だったら、私が死ねばよかった、って思いながらそいつに生きてほしいと思うか?」


イリスはハッとしてハーディの目を見つめた。


ハーディはイリスのつむじから耳元までを優しくなでおろしながら、小さな子供に言い聞かせるように言った。


「んなわけないだろ。…幸せに…。自分の分も素晴らしい人生を送ってほしいと願いながら逝ったに決まってる」


夜明けの近い山の空気はひんやりと爽やかで、小鳥の鳴き声がだんだん賑やかになってくる。

朝露に濡れた木々の芳香に頭の中の靄が晴れていくようだ。


ハーディを見つめるイリスの目から涙が零れ落ちた。

狭霧…。そうなのかな。

ほんとにそう思っていいのかな。


「それに、その友だちはきっとお前のことを誰よりも大切に思って…おそらく子供なりに精一杯愛していたんだろう」


いきなりそんなことを言われてイリスの頬が赤くなる。


ハーディの顔も心なしかせつなげに色づいて、眉根が寄せられた。


「あー、ここでそんな風に見あげてくるな。俺までその友だちの思いがのりうつった気になってくる」


ハーディが驚かせてくるせいなのに、ひどい…。イリスは涙で潤んだ目でハーディを見上げた。


でも、でもハーディ、…ほんとは優しい人。

あなたのおかげで私なんだか…



「…ごめん、イリス」


うなじに回されたハーディの手にぐっと力が入ったのに気がついたときには、長い睫毛を伏せた顔が迫ってきて唇を重ねられていた。


あの日のバルドの激しい口づけとは違う、じんわりと体中をあたためてくれるような優しい、でも胸をぎゅっとしめつけられるような甘い甘い口づけ。


イリスは素直にハーディの唇を受け入れて、背中に手を回した。ハーディもイリスを力強く抱きしめると、さらに熱い口づけを何度も何度もくり返した。

お互いに息があがってくるのを感じながら必死に相手の舌を追ってからめあい、体中がとろけそうになりながら夢中で貪りあう。


そんな二人を、いつのまにかのぼった朝日があたたかく照らしていた。




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