14: 山の業火 (八年前:異世界)
本日7話投稿のうちの6話目です。
順番にご注意ください!
「すごい揺れだったね」
「びっくりした…狭霧は大丈夫?」
お互いにすがりつくようにして揺れをやり過ごした二人は、泉のほとりで顔を見合わせた。
「あれ? その石?」
「えっ?」
狭霧の視線を追って慌てて首飾りを見おろすと、水晶のように透き通っていた石が黒瑪瑙のように黒く染まっている。
「槐さまがっ!」
思わず叫んで、羅真洞に向かって駆け出す罔象。狭霧も慌てて後を追う。
そのとき、再び地鳴りが響いたかと思うと山の頂きから轟音ともに火柱が噴き上がった。
罔象と狭霧は、降りそそぐ噴石を避けて秘殿に駆け込もうとするが、あと数歩のところでひときわ大きな燃えたぎる岩が飛んでくる。
「危ないっ! ××!」
罔象を突き飛ばして庇った身体を岩が圧し潰し、狭霧は火だるまになる。さらに、二人を秘殿ごと取り囲むように地面にひび割れが走り、激しく火が噴き出してきた。
あまりの火の勢いに半狂乱の罔象の水術はまさに焼け石に水で、天を衝くかのように炎が燃え盛る。
「狭霧っ! 狭霧っ!」
泣きわめく罔象をなだめようとするが、狭霧の体の感覚はもうなく、掠れる声も届かない。
なんとか微笑みを浮かべた狭霧は、最後に心の中で呟きながらゆっくり瞼を閉じるのだった。
「僕のせいでごめんね…誰よりも幸せにしたかったのに」
「やだっ! 狭霧! 狭霧っ! いやーっ!」
風に煙がさらわれたせいか、向こうの洞窟の中の様子がふと目に飛び込んできた。
煙がしみて涙ではっきりしないが、男の後ろ姿が見える。
槐さま? お願い! 狭霧を助けて!
叫ぼうとした罔象は、ひっと息をのんでへたりこんだ。
後ろ姿は領主の忠利だった。小振りの刀を持つその右腕は肘から先が真っ赤に濡れ、だらだらと血が滴りおちている。
いや… どういうこと?
槐さまはどうなったの?
狭霧はどうなるの?
みんな みんな 死んじゃうの?
絶望に突き落とされた罔象のこめかみに噴石が当たり、罔象の意識は闇に呑まれていった。
*×*×*×*×*
頭の痛みに呻きながら気がついた罔象の目に映ったのは、あたり一面まっ白な濃い霧だった。目の前にかざした自分の手さえぼやけるぐらい何も見えない。
「え?……え?」
今までこんな景色見たことがない。
なんでこんなところに寝てたんだっけ…。
「あっ!」
ようやくはっきりしてきた頭に浮かんだのは、滝をひっくり返したように地面から噴き上がる灼熱の炎と、岩の下敷きになり火だるまになりながら必死に笑顔を浮かべる…
「やだっ! 狭霧っ! 狭霧っ!」
四つん這いになってまわりの地面をぱたぱた探る罔象の頬に、涙がとめどなくこぼれ落ちてくる。
「ぅっ…さ ぎり…ぃくっ…どこ?…ひっ きゃぁぁぁっ!」
体を支えようとしてついた右手の先に、あるはずの地面がなかった。そのまま罔象の体は崖のような急斜面をぐりんと一回転、二回転、なん回転もしたところで崖下の灌木の上に強かに打ち身をこしらえながら着地した。
頭がくらくらして何もする気になれずしばらくじっと仰向けに横たわっていたが、ふとすぐそばで風にちらちら揺れるものが目に入った。
「なにこの葉っぱ。こんな色の木、見たことない…痛っ」
起き上がろうとして灌木からさらにずり落ちた。地面にすった頰がひりひりするが、そんなのどうだっていい。
ここは崖の上より霧がましだ。
一面に広がる野の草は、どれも見たことのない花をつけていた。
「どこ…ここ…」
もう訳がわからない。
この崖をあがって狭霧を探すことも、きっともうできない。
あまりのできごとが続いたせいで感情が振り切れて麻痺してしまったようだ。涙すらでてこない。
しばらく茫然と座り込んでいた罔象は、やがて自分自身に月輪の術をかけて傷や痛みを癒やすと、ゆっくり立ち上がって水音がするほうへ歩き出した。
*×*×*×*×*
数刻後。洞窟の中で。
「くっ! くそっ! 私の傀儡をかえせっ!」
意識を取り戻した忠利は、槐を閉じ込めている水晶のような結界を妖刀の柄で必死に崩そうとするが、傷ひとつつけることができなかった。
疲れて胡坐をかくように座り込むと、暗い目つきで法陣と崩れた岩にあたって倒れている二匹の犬を見やる。
「…神力の違いは話にならんが…試してみてもかまうまい」
酒瓶を法陣の中央に置き、見よう見まねの祈祷を行うと酒瓶が淡い光を放った。
「おぉっ」 思わず身を乗り出した忠利の目が爛々と輝く。
酒に血を混ぜ、犬の脚に妖刀で傷をつけてたらしこむと、弱々しくも光を放ちゆらりと立ち上がった。
瞳の赤味も先の傀儡より薄いから、完璧なできではないのかもしれない。それでもかまうものか。この妖刀と法陣さえあれば、いずれ傀儡の軍団をつくることも夢ではない。
犬を従えて洞窟の外にでると、一面の濃霧だったので風の術で霧を払う。ついでに血にまみれた妖刀と体を、水の術で綺麗にする。そうして忠利は、野心を胸に里のある右手へと山を下っていった。




