13: 神域の秘術 (八年前:異世界)
本日7話投稿のうちの5話目です。
順番にご注意ください!
ふた月後。里の渇きはますますひどくなり、どこを歩いても砂埃が舞い上がるようだった。畑はひからび里の田んぼもひび割れている。
社では珍しく狭霧が罔象を困らせていた。
「焔が街の手伝いから戻るまで、ちょっとだけ花菖蒲を見に行こうよ。きっと見頃だよ!」
「なに言ってるの。夕餉のしたくがあるじゃない。羅真洞に行っちゃいけないって槐さまにも言われたよ。遊びになんかいけないよ」
「羅真洞の中に入っちゃだめって言われただけだよ! 野菜の成りが悪くてお金も足りないんだから、薬草と山菜を摘んでくればいいじゃない! 最近気がふさぐことばかりだよね! たまには綺麗なものを見に行こうよ!」
狭霧のめったにないわがままを叱りつける気にもなれず、結局根負けして山の上まで来てしまった。
洞の中には槐さまがいるのだろうか。まだ秘術のための法陣づくりに時間がかかっているのかな。いつまでも準備が終わらなければいいのに。
神域の中は、里のひからび具合が嘘のように瑞々しい緑に溢れていた。たくさんの萌葱色の葉の切っ先から滴るように鮮やかなな紫紺や藤色の花が顔を覗かせている。
二人で手をつないで泉の前に佇んでいると、じんわり心が潤っていくのがわかった。
「狭霧…ありがとう」
「ん」
「見に来てよかった…ほんとうに」
「きっとそういうと思ったんだ」
久しぶりの罔象の心からの笑みに狭霧も照れて笑った。
*×*×*×*×*
柔らかい手のぬくもりを二人が噛みしめていた頃、羅真洞の中では岩がむき出しになった床に忠利の二匹の犬が忠利に侍るように伏せ、そのうしろに転がる四体の簀巻きに尻尾を打ちつけていた。
眼光を炯炯とさせた忠利が見つめる中、腹に響くような槐の祈祷の声がしんしんと洞内に降り積もる。
やがて、複雑な秘呪の描かれた陣がぼうっと陽炎のように揺らぎ、中央に鎮座する小振りの刀と盃一杯の秘酒からカッと光が迸った。
「お…おぉっ」
荒い息を弾ませ法陣ににじり寄った忠利は、両の手で中央に置かれた妖刀をぐっと握り鞘から抜くと身をひるがえし、傍らに転がる簀巻き四体の胸に次々と突き立てていった。
「ぐふっ」
「うぐっ」
犬の耳がピンとそばだつ。
「なっ! まだ生きているのですかっ」
「眠らせていただけだ。活きのよいほうがよかろう?」
忠利の狂気の滲む笑みを目のあたりにして、いつもの冷静さもどこへやら焦る槐。
そんな槐を置き去りに最後の一人の胸に刃を突き立てると、忠利は自らの指を噛んで盃に血を垂らし、待ちきれぬとばかりに再び妖刀を引っ掴んで莚を切り裂いていく。
莚の下から現れた苦悶に歪む若者の死に顔など目もくれず、胸の切り口に秘酒の雫を落としていく忠利。
哀れな生贄たちは、うす紫の眩い光を放ったかと思うと青ざめた肌に血の滴るような赤い瞳をかっと見開いて異形へと変化し、ゆらりと立ち上がるのだった。
「はっ! これでそなたらは不死の傀儡だ! 私の意のままに動く鬼神となるのだ! はーっはっはっは!」
莚に巻かれているのは老いた罪人のはずが、精悍な若者ばかりで愕然とする槐。
「羽虫の分際で私の蕾にまとわりついて目障りなお前も…思い知れっ!」
最後の莚が切り裂かれ、まだ息があるのか傷口に垂らされる秘酒に血まみれの口を歪めるのは、焔だった。
「なっ! 焔!」
驚愕して駆け寄る槐の胸をも、忠利は血まみれの刃で一気に貫く。額を擦り合わせんばかりに睨み合う両者に、突如として骨まで響くような地鳴りと激しい揺れが襲いかかった。
驚いて槐の胸から妖刀を引き抜きたたらを踏む忠利の左手から盃が落ちた時、槐は最後の神力を振り絞って叫んだ。
「すまぬ! 罔象ーーーーっ!」
ようよう足を踏ん張って顔をあげた忠利の目に映ったのは、四体の生贄とともに自らを水晶のような結界に閉じ込め仁王立ちする槐だった。




