12: 里の早春 (八年前:異世界)
本日7話投稿のうちの4話目です。
順番にご注意ください!
里にようやく春がやってきた。冬の間は床に臥せがちだった槐も少し持ち直したようだ。いや、床に沈み込むようにもがきながらずっと抱えていた悩みに、ようやく結論を出し憑き物が落ちたとでもいうべきか。
忠利の館を訪れた槐は、誰にも聞かせられない話だと人払いを求め、秘伝の禁術を行う決心がついたと話をもちかける。
「この者たちが剛力を使えるのは夜だけですが、時々数滴の血を酒にまぜて与えさえすれば蓄えを食いつぶす心配もなく、ひと言の文句も言わずに主の命に従いましょう」
「むう。十人力の不死の働き手が作れると。それはまことか」
「用意していただくのは死後半日以内の咎人です。死罪の決まった弱った老人でかまいませぬ。私に残された神力から、限度は五体かと。その内の一体だけ社にいただければ、残りの四体はお館さまに差しあげましょう。いかがでございます」
きつく瞼を閉じ腕を組んでしばらく考えこんでいた忠利だったが、ひたと槐を見つめて静かに言った。
「あいわかった。万事そなたの言うとおりととのえよう」
「では、わたくしはこれから山中の秘殿にて法陣に秘呪をほどこすなどいたしてまいります。ふた月ほどかかると思いますが、お館さまにおかれましてはくれぐれもこの話が外に漏れることのございませぬよう」
*×*×*×*×*
槐は夕餉のあとに子供たちを呼び集めて言った。
「これからふた月ほどのあいだ、山中の秘殿に入ってはいけないよ。特別な祈祷を行うために法陣をかまえることになるからね」
不思議そうに顔を見合わせた三人だったが、いつものように穏やかに微笑む槐さまに言うことはない。槐さまのなさることにはいつも深い意味があるのだ。気にすまい。
三人が夕餉の片づけに立ち上がると罔象だけ呼び止められ、もう一度槐の前に膝をそろえて座った。焔と狭霧が厨にさがったことを確かめてから、槐が厳かに語りだした。
「よいか罔象。私は里と社のこの先のために、何代も秘法とされてきた口伝の禁術を行うことに決めたよ」
「えっ、禁術って…」
「恐ろしい秘法ゆえ、私の代限りとして後世には伝えぬことにする」
「槐さまは…槐さまは危ないのではないのですか? お体がこんなに弱っておられるのに!」
槐は優しく微笑んで言った。
「私の身体のことは私がいちばんよく知っている。心配いらぬよ。ただ、ひとつだけ罔象に頼みたいことがある。もし秘術が失敗してなにか恐ろしいことが起きたときは…罔象の術ですべてを消し去ってほしいのだ」
「なにか恐ろしいこと? …私の術で消す?」
「そう。これには、強い七福持ちだけが遣える炎の奥義しか効かないのだよ」
「そんな…そんな、槐さまがいるのになんで私が…」
おろおろと戸惑いながらすがるように槐を見つめる罔象に、槐はひとつ溜息をこぼしてこたえた。
「秘術が失敗したとき何が起こるのか、私にも見当がつかぬ…そのとき私がこの世にいるのか、それすらわからぬのだよ」
微笑みを浮かべながら淡々と話す槐にひっと顔を歪める罔象。大きな塊をむりやり呑み込むようにごくりと喉が動く。
「あるいは、罔象に私ごと消してもらうようなことも…」
「そんなっ!」
まるで他人事のように言う槐が信じられなかった。その表情すらぼやけてにじんでよく見えない。思わずきつく瞼を閉じたら、手の甲にぼとりぼとりと雫が落ちた。
槐さまはなにをしようというの?
…こわい。こわいよ。
つむじにふわりと手がのるのがわかった。
でも、頭の中が痛くてなにも考えられない。
「あぁ…お前には本当にすまないと思っているよ、罔象」
いやだ、そんな言葉聞きたくない。
「でも…罔象がいてくれて本当によかった」
罔象にひとしきり思うさま泣かせ、その涙が落ち着くと槐は罔象の手を取った。しゃらりと何かが掌に落ちる。
槐になにかあった時には色が変わり、槐が死んだら砕け散るという水晶のようなものがついた首飾りだった。
「なにかあったときは、秘殿にかけつけてすべてを消し去っておくれ。罔象だけが頼りなのだ。頼んだよ」
槐の顔を見ていられなくて罔象は外に飛び出した。
掌の中にあるものを見るたび、今聞いた話が夢ではないと思い知らされて正直触るのもいやだった。
また涙があふれそうになり、ぐっと顎をあげる。
春には珍しい蘇芳色の夕焼けが燃えるようだった。胃の底に呑み込んだ塊がひときわ苦しくなり、吐きそうになる。
いやだ、こわい、誰か助けて。
神さま、槐さまを死なせないで。
…私に槐さまを殺させないで。




