10: 山の秘殿 (九年前:異世界)
本日7話投稿のうちの2話目です。
順番にご注意ください!
初夏のある日、罔象と狭霧と焔の三人は社から半里ほど離れた岩山の頂近くにある羅真洞という秘殿に来ていた。
黙々と洞窟の中を掃き清め、周りの草を一心に刈る。一帯は岩だらけの山肌がごつごつしているのに、神域である洞窟のまわりだけはしっとりした新緑が映え、木陰にひっそりと水を湛える泉と色とりどりの花菖蒲が美しい。
春の梅、秋の紅葉と季節ごとの彩りに富み、空気までなんとなく芳しいこの神域が三人は大好きだった。特に罔象は紫紺の花菖蒲がお気に入りで、凛とした佇まいがそっくりだ、と狭霧は罔象の横顔を覗きながら思うのだった。
帰り道、中腹の温かい湧き水で手足や顔の汚れを落とし、狭霧の言葉にしたがって、草刈りでできた切り傷に摘みとった薬草を揉みこんでいく。
「それはただの草だよ。まちがえやすいから気をつけて…」
「狭霧はすごいよね! 槐さまに一回教えてもらっただけでなんでも覚えちゃうんだから!」
「ほんとになぁ。毎朝の祈祷もじきに任せられるって槐さまが喜んでらしたなぁ」
「うーん、狭霧はかしこい! かしこい! …やっぱかわいいっ!」
「だから罔象っ! 頭をそんなにわしわしするな! 狭霧がばかになるっ」
「あっ」
罔象をとめようとした焔の左腕から、槐さまからいただいたといって大事にしている組紐が落ちた。炎の力を持つ焔にふさわしく臙脂色と朱色のふた色の美しい組紐だ。
「ごめん! 焔!」 慌てて罔象が拾い上げる。
焔は大きな溜息をつきながら、そっと組み紐を受け取った。
「だからお前は、その馬鹿力をなんとかしろって…」
*×*×*×*×*
籠を背負って社に帰ると、狩の帰りか犬二匹と家臣を伴って立ち寄った忠利が縁先に腰かけ槐と話しこんでいた。
里の民が畑仕事の手を抜いている。栄養のある森の土を畑に鋤きこむのを怠けると、痩せた土地の稔りがますます悪くなる。病を得た自分の神力はもうあまり保たない、と槐は忠利に訴えていた。
槐の話に真剣に頷いていた忠利は、庭先に籠を置きにきた罔象の美しさに一瞬で目を奪われた。
…なんだ、この輝きは。
粗削りで女らしさのかけらもないのに
すっと伸びた青竹の凛々しさか、清冽な湧き水か…
幼いこの子を思うさま育て上げ…
月影に手折って泣かせたい
茶をもう一杯所望されて応じた罔象は、蛇のような目つきで湯呑を持つ手に触れる忠利に名を聞かれ、背筋がぞくりとした。
なにこれ。こわい。こわい。
夕餉の支度を始めた焔の元に慌てて逃げかえると、ぬくもりを求めるかのように意味もなくじゃれつくのだった。
*×*×*×*×*
数日後、花街いちの楼閣にて。
「社の親なしの娘が、そんなに器量よしでございますか」
「あぁ、あれはなかなかのものだぞ。神力もかなりありそうだ。ここで仕込めば、都の夕霧太夫にも負けぬ妖花に育つやもしれん」
罔象の仕草を脳裏に浮かべ、ひとり頷く忠利。
幼いころに亡くした姉様に少し似ているか…
姉との日々が心の奥底から噴き出しそうになって、慌てて蓋をする。
やめろ…もう忘れろ。
罔象は磨かれるのを待つ玉だ。ここに囲い込んで誰の手にも触れさせず磨き上げ、水揚げしたらすぐ側室に迎え入れ…
思いを巡らせる忠利に、傍らの女が機嫌を損ねる。
「まぁお館さまったら。小娘にそこまでおっしゃるなんて、妬けますなぁ」
酒をつぐのを装ってしなだれかかる女のやわらかい肩を抱き寄せ耳元に唇を寄せる。
「ふ…今はそなたがいちばん美しい。まだまだ先の話だ…」
七福持ちの賢君と褒めそやされている忠利だが、その実は七福すべての神力の弱さをひた隠しにし、心の歪みを隠して生きてきた一筋縄ではいかない野心家だった。




