第二夜:眠り姫
イバラの城で夢を見続ける少女。
彼女が眠りについたのはどれ程前のことか。
百年、二百年…千年前か。
少なくとも此処に豊かな国があり、姫君の誕生を喜べるほど昔のことだ。
今や大地は枯れひび割れた表をさらしている。
城は廃墟と化し、取り巻くイバラは鉄のように固い。
少女を守るはずの兵士は骸となり悲しげに頭を垂れる。
かつての栄光は砂に埋もれ忘れ去られた。
それなのに少女だけが時を止めて夢を見る。僅かに微笑む唇はみずみずしく、金に煌めく髪も艶やかだ。
「ほぅれ、お探しの姫君だよ。眠り姫さ」
シワだらけの細い指先が少女を指す。
老婆は嬉しげに口元を歪め、青年を前方へと押しやった。
くたびれた旅装の主は、深い緑の瞳に少女を閉じ込めたまま動かない。
その姿に焦れたように老婆が声を上げた。
「さぁ呪いを解くんだよぅ。姫君の呪いを解くには王子様の口づけが必要さ。」
青年は、あと一歩の距離を頑なに動こうとしない。
「ここまで来て怖じけついたのかい?お前さんの探していた夢物語の人物まですぐそこじゃないか!」
イライラしげな声にも青年は身動ぎせず、小さく呟いた。
「夢から覚めて彼女は幸せになると思うかい?」
「呪いが解けるんだ。当たり前じゃないか!!」
「現実より夢の方が幸せでも?」
「所詮は夢さ。どれだけよかろうと虚しいだけだよ!!」
次第に強くなる語気に初めて青年は老婆を振り向いた。
老婆の暗い瞳には様々な感情が入り乱れている。
「あんたのかけた呪いは恐ろしいな」
その言葉に老婆の瞳が色を無くし、鏡の面のように凪いだ。
「解いて初めて成就する」
目覚めた少女は絶望するに違いない。
己の愛したものは何一つ残っていない。
父も母も国も慣れ親しんだものは他人によって蹂躙され、彼女を拒絶する。
それこそが本当の呪いだった。
「だが、あんたが考えてたほど人間は優しくないだろう」
もう少女のことを覚えているものはいない。
王国の名前も地上から消え失せ久しい。
「我が身に降りかからなければ、他人の呪いを解いてやろうなんて人間いないさ」
呪いは唯の夢物語にかわり、人々の口の端にすら上らなくなった。
少女が目覚めたとしても、彼女の現実だったものを示すものは何も無く、それこそ夢を見ていただけだと思うかもしれない。
「お前さんもかい」
笑みが答えだった。
「オレは夢物語が本当かどうか知りたかっただけさ」
老婆は力が抜けたように、座り込むと長く重い息を吐いた。
「お前さんもかい」
老婆の体がぼろりと崩れていく。
体を土くれに変えながらも老婆は同じ言葉を繰り返した。
呪いは完璧のはずだった。
それなのに、どれほど待っても己のかけた呪いを解いてくれるものは現れない。
少女の顔が絶望に染まるまで、己の魂はこの土くれから離れてはくれない。
もう諦め、疲れきっているというのに、気の遠くなるほど昔の妄執が引き止める
「呪われているのはどっちなんだろうね」
夢を見続ける少女と
諦めた呪いが成就する時を待ち続ける老婆
「救われたいのは」
ーワタシのほうさ……
どれほど悲痛な声も少女の夢にも青年の耳にも届かなかった。




