商売を始めよう3
翌日。
初日に商品が売れたので僕は気を良くしてまた同じ場所に露店を出した。
勿論僕の奴隷であるミも一緒だ。
「カイエンさん。ちょっと宜しいですかな」
昨日と同じ場所に敷物を敷いて開店早々お客が訪れた。
「はい」
昨日の老人だ、また奇跡の水を買いに来たのだろうか。
「奇跡の水なのですが、どのくらい用意出来ますか?」
「いくらでもありますよ? ほら」
僕は魔法の袋をさかさまにした。
すると、ドサーっと奇跡の水を入れた小瓶が降り注いだ。
「な、なんと……」
老人は驚いている様子だった。
しまった、もうちょっともったいぶれば良かっただろうか?
うーん、僕は商売が下手なようだ。
でも、まあいいか。
実際いくらでも用意出来るものだし、嘘をついてまで売りたくない。
お金に困ってはいない、趣味でやっているようなものだ、正直に商売するのが一番である。
「お願いします。私と独占契約を結んでくれませんか?」
「独占契約?」
「はい、私の店で奇跡の水を販売するのでカイエンさん、いやカイエン様には――」
「さ、様って。僕みたい若造にそんなヘリくだらなくても結構ですよ」
この御老人、立派な身なりをしているのだからそれなりの人なのだろうに。
随分と腰が低いなあ。
「いいえ、これから貴方は私の大事なビジネスパートナーですから。対等の付き合いでいきましょう」
「そうですか、分かりました。それでは、えーと……」
「これは申し遅れました。私はハーネス商会、会長のハーネス・ブルトンと申します」
「ええ!? あの大商会ハーネス?」ミが驚いた表情で声を上げた。
「知ってるのかい? ミーちゃん」
「ご主人様、普段から見ているじゃありませんか。ハーネス商会と言えば全国各地に支店を持つ最大規模の商会ですよ、世界で一番大きな商会です」
「そういえば……」
僕が冒険しているとき、ポーションやアイテムを買う時はいつもどこにでもある雑貨屋が重宝していた。
名前なんていちいち気にしてなかったけどハーネスと言うのは何となく覚えている。
ハーネスの雑貨屋。
ハーネスの魔法スクロール屋。
ハーネスの武器防具屋。
どんな田舎でも、どんな僻地でも、何故か回転している不思議なお店。
冒険を周回するようになってからはあまり利用しなくなったが、一週目では色々と助かった覚えがある。
---回想
「すいません雑貨屋のおじさん、薬草下さい」
「はいよっ! あんちゃん、マジックパワーが回復する秘薬もどうだい?」
「あ、それは間に合ってます」
「そうかい。気を付けてな!」
「はい。ところで」
「何だいあんちゃん」
「なんでこのお店、溶岩が流れる危険な場所でやってるんですか? 近くには魔王の城があるし」
僕は周囲を見渡した。
山、というより火山だ。
空気は灼熱、床は溶岩。
空は火山から飛び出してくる岩石が常に飛び回っている。
その場に立っているだけで一般人なら即死するだろう。
僕が無事なのは環境適応魔法を自分に使っているからだ。
「それはな! うちの経営者の方針だからさ! どこでも、誰にでも薬草を売る。それが信頼に繋がるんだ」
「じゃあこの店は赤字なんですね」
「おうよ! 他になにかあるかい? 薬草は使わないと効果が無いから気を付けろよ!」
「はい、お店の上にドラゴンが乗ってますけど、あれは雑貨屋さんが飼ってるんですか?」
「ありゃ、野生の奴だよ。うちの商品の干し肉を狙ってるんだ。
見つけてくれてありがとうよあんちゃん。うおりゃぁぁぁぁぁぁ!!」
雑貨屋のおじさんは剣を持ってドラゴンを倒しに行った。
---回想終わり
ただの店員なのに魔王の城の近くに出てくるモンスターとも戦えるのだ。
ハーネス商会は人材豊富なのだ。
そのハーネスの会長か。
「カイエン様、今後ともよろしくお願いします」
ただの御隠居かと思っていたが、こうして見るとなかなか精悍な顔つきのお爺さんだった事に気が付く。
よく見れば、来ている物も立派だ。
「はいハーネスさん。よろしくお願いしますね」
僕は手を差し出してきたハーネスさんの手を握り返した。
「凄いですご主人様!」
ミが喜んでくれているのを見るとなんだか自分まで嬉しくなってくる。
「それでですね、カイエン様。私は今度このアオヤマの土地に支店を増やそうと思いまして……」
「はい」
「新店長を連れて来たのですよ」
「ええと、つまり?」
話が見えてこないぞ?
僕と顔合わせしたいのかな?
「おおいリュシア、こちらへ来なさい!」
「はい、お爺様」
とても可愛らしい黒髪の子がハーネス会長の斜め後ろに立っていた。
僕より少し身長が低いくらいで、とてもスタイルが良いのが服の上からでも分かる。
「おおそんな所に居たか、昨日話していたカイエン様だ。
貴重な品を我々の商会に卸してくれる御方だ、挨拶しなさい」
「お爺様、失礼ですがこの方があの貴重な奇跡の水を持っている事が信じられませんわ。こんな所で露店をしている方が貴重な物を沢山持っているはずはありませんし、万が一盗品だった場合、うちの商会の信用を落としますわよ?」
「な、なんて失礼な! ご主人様は泥棒なんかじゃありません! 謝って下さい!」
ミが烈火の如く憤慨する。
耳や髪の毛が逆立つ。
うーん、獣人っぽい。
怒っているミも可愛いなあ。
「そうだぞ、謝りなさいリュシア」ハーネスさんがリュシアさんに命令する。
「でも……」
「リュシア、私はこれでも決断で商会を大きくしてきた男だ。
私の直感が告げている。
このカイエン様は信用出来る、と」
「……お爺様の、いえ、会長の決定が間違っていた事などありません。しかし……」
「リュシアさん。
僕は確かに奇跡の水を持っていますよ、ほら」
魔法の大袋から奇跡の水のガラス瓶をいくつか取り出して、見せた。
「うっ! す、凄いですわっ! ……奇跡の水がこんなに……キラキラ虹色に光っている。
で、でも現物があるからと言って盗品でない証拠にはなりませんわよ」
「うーん、カイエン様申し訳ない。リュシアは私の孫らしく、自分の判断を曲げないのです」ハーネス会長は腕組みをして考える。
「では今から仕入れに行きましょうか。
一緒にいけばすぐに僕が奇跡の水をいくらでも仕入れられる事が分かりますよ」
「え、良いのですか?」と、ハーネス会長。
「ええ、では皆僕の手を握って下さい。
服に触れているだけでも良いですよ」
皆が僕に触れている事を確認する。
「では、行きます!」
「ご主人様、どこへ行くんですか?」
「神秘の泉さ」
「ええ! あの幻の泉と言われている――」
ハーネス会長が言い切る前に僕は転送魔法の詠唱を完了させた。
僕を中心に、皆が浮かび上がる。
「ああ、う、浮いてますわぁ。空を飛ぶ魔法何て、貴方は一体何者なんですの? こんな高等魔法を使えるなんて」
「流石ご主人様ですねっ!」ミが鼻息を荒くしてリュシアに自慢する。
「こんな多人数を同時に飛ばせるなんて、聞いたことがありませんぞっ!」
「落ちないとは思うけど、なるべくしっかり捕まってて」
全員の体がフワッと浮かび上がり、そのまま猛烈な勢いで空へ飛びあがるまで何秒も掛からなかった。