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最後



 ドボン


 ドボン


 ドボンドボンドボン!


 月明かりだけが頼りの闇の世界で僕は作業に従事していた。


 「こんなところ他人に見られたら大変だよね。

 街灯の無い場所でよかった~」


 僕は次々と円柱の物体を転がして海に落としていく。

 質量のたっぷり詰まった円柱は水に浮かばない。


 永遠に海の底に沈むのだ。




 そして、最後の円柱の物体が残った。

 僕はそれをのぞき込む。


 「ッ……あぁ……」


 ん。

 どうやら中の人の目が覚めたようだ。

 目覚めなかった方が幸せだったのに……



 「どうも、伯爵。月が綺麗ですね。貴方が最後の見る物です、ようくご覧になっておいた方がいいですよ」



 「き、貴様! 何をする!?

 このセッツァーにこのような真似をしてタダで済むと思っているのか?」


 「……」


 僕は答えずに円柱、つまり"ドラム缶"に液体を注ぎ込む。

 ドラム缶に入っていた伯爵に灰色の液体が降り注ぐ。


 魔法の大袋から注がれるドロドロの液体はものの数分でドラム缶の半分程を埋めた。

 



 「こ、これはなんだ? 溺れさせようというのか?」


 「半分正解、半分間違いかな」


 「おいっ! 今すぐ止めろ!

 私は伯爵だ、身分をわきまえるのだ。

 み、み、身分を考えろ。

 こんな事をして許されると思っているのか!?

 この私を裸にしてこのような事をするなど……」


 そう、セッツァー伯爵は衣服を全て剥ぎ取られ裸の状態である。

 そして腕と足をきつく縛られてドラム缶の中に居る。


 「……」


 どうやらこのセッツァー君はまだ状況を理解していないようだった。

 既に、対話の道は閉じられている。

 僕と交渉したいのなら手を上げる前に行うべきだった。

 

 しかしこの憐れな貴族は自分がこれから何をされようとしているのかおぼろげながら察し始めているようだった。

 僕に罵声を浴びせながらも、ただならぬ様子を感じ取りブルブルと震えはじめていたのだ。


 そして彼にとって最後の時間が始まった。



 「な、なんだこれは。

 段々液体が固まって……」


 伯爵は動けないよう縄で縛ってはいるが身じろぎぐらいは出来る。

 だが灰色の液体が凝固していくうちに、体を動かすこともままならなくなってきているようだ。



 「これはね、コンクリートって言うんだよ。

 セメントと水を混ぜると段々粒子が結合して固まってくるんだ。

 全然動けないだろう?

 この世界の君達はまだ知らない技術かな?」


 僕は抑揚のない声で淡々と告げる。



 「……お、お前が凄いのは分かった。

 今日はこの辺にしておくのだ。

 いまならまだ間に合うぞ?」



 「僕はねぇ、勇者だったんだよ。

 勇者ってのは面倒な職業でねぇ」


 「……」

 

 セッツァーがごくりと息をのむ音が聞こえる。

 僕の雰囲気が先程と全く違っていることに気が付いたのだろう。


 「血がね、落ちないんだよ。

 何度切っても、何度殺しても……モンスターは無限に湧いてくるからね。

 僕が使っていた武器は聖剣、でもね聖剣と言ってもただの剣さ。

 何十匹、何百体と敵を切り殺していくうちにね、血と油でべっどべとになって切れなくなってくるんだ、そうなるとほとんど鈍器だよ。

 オリハルコンで出来た鈍器。

 そうなると滑稽だね、魔王を打ち倒すため神々が作り出した究極の武器?

 違うね、敵の頭を叩き潰すための鈍器になるんだ

 権威も糞も無いよ、100体を越え始めるとただの作業だね。

 自分が屠畜場の豚を殺す作業員になったような気分だったよ」



 「何を言っているのだ、もう止めろ。

 君が強いのは分かった、もうミからは手を引く。

 だからもう灰色の液体を入れるのは止めてくれ!

 うぷっ」


 僕が話している間にもコンクリートはどんどんセッツァーのドラム缶に注がれている。

 もう水位が顎にまで達し、灰色の液体は口に入りかけていた。



 

 「もうね、飽き飽きしてね。

 止める事にしたんだ、勇者を……」


 

 「な、なにを言っているのか分からんが。

 カイエン君、君が――」


 

 「君って言われるほど僕は若くないんだけどね。

 僕は多分今、40歳ぐらいかな、いや、50歳なのかなあ。

 随分長い事冒険してたから忘れちゃったけど、100週目だからねぇ」


 「分かった、私が悪かった。

 ミには手を出さない、お願いだ許してくれぇ!」



 「僕、思い出したんだよセッツァー君の事」


 「え?」


 「君、数ヶ月後ぐらいに死ぬんだよ。魔王軍のモンスターに襲撃されてね。

 だったら、今ここで殺しちゃってもいいよね?」


 「さっきから何を言っているのだ!?

 お前は私を殺そうとするのか、私は国王陛下と懇意にしているのだぞ、私を殺せばお前は大罪を犯し――ガボボッ!」


 セッツァー君の頭の上から最後のコンクリートを流し込む。

 よく養生したのでもうすぐにでも固まるだろう。



 「嫌だぁ! 許せ! 許してくれぇ!」


 「嫌だね」


 「お、お願いしますカイエン殿! 靴でも何でも舐めます! だから命だけわぁ!」


 「僕はね、最初から君を殺すつもりだったんだよ」


 「え?」

 

 「え? じゃないよ。当たり前だろう? 

 僕の愛するミーちゃんに酷い事をした奴を生かしておけるわけがないじゃないか。

 君が僕達の目の前に現れなかったとしても、何らかの方法で君を殺すつもりだったんだよ」


 「そ、そんな! 酷過ぎるぞ!」


 「笑っちゃうよね、君はそれを知らずにノコノコと僕の目の前に現れて自分の死を御膳立てしてたんだよ。僕の奴隷達も君が死んだ事を訝しむだろうが、仕方ない事だと思うだろう。

 だって、君は僕達の幸せな生活を壊そうとしたんだ。

 だから、僕は奴隷達にとっては生活を守ってくれる守護者のままでいられるんだ。

 決して要らぬ殺生をした悪人では無い。

 うふふ、あはは! 馬鹿だねぇ、本当に馬鹿だねぇ。ミーちゃんの事を放っておけばもう少しは長生き出来たかもしれないのに」



 「ぶく……ぶくぶく……」


 僕が気持ちよくしゃべっている間にセッツァー君はセメントに沈んでいっていた。


 ブクブクブクと、ドラム缶に沈んだセッツァー君は最後の呼吸をしようとするがそれはもう叶わない。

 数分もするとセメントは完全に凝固し、コンクリートとなった。


 ガチガチに固まった灰色の奥に人間が埋まっているとは誰も思わないだろう。






 「僕と可愛い奴隷達の生活を邪魔する奴は誰だろうと許さないんだぞ、ふふっ!」






 ゴロゴロゴロ


 ドボンッ!


 僕は最後のドラム缶を海に投棄し、その場を後にした。


 この日、とある伯爵が人知れず行方不明となった。


 結構な騒ぎとなったが、今は戦時下。

 今や国境に迫り来る魔王軍と国家の戦いの方がニュースバリューがある。


 一伯爵の失踪など物の一ヶ月で誰も話題にしなくなるのであった。




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