宮中マナー
「うわぁ、皆さん凄く綺麗で恰好いいですねぇ」
「ミーちゃんも綺麗だよ」
「うふ、有難うございますご主人様。ご主人様もとっても素敵です! あ、何時も素敵ですけど!」
ミはとても素敵なドレスを着ていた、まるで王宮のお姫様みたいだ。
僕もタキシードで着飾っていた。
だが、本当に王宮に居るわけでは無い。
ここは学園のホールである。
「カイエン! 私には何か無いんですの?」
「ああ、リュシアも可愛いよ。その黒のドレス、とても似合ってるよ」
「うふふ、許してあげますわ! カイエンも素敵な御召し物ですわよ」
「ねぇ、カイエン、ボクはどうかな……クラスメートとして意見を聞きたいんだ」
次から次へと女の子達が寄ってくる。
皆着飾っていた。
「せんせぇ、私の衣装、どうですか?」
「あーずるーい。カイエン様ぁ、私は?」
教授という地位や奴隷主であることから、ふざけて様呼びされていたのが女子達に定着してしまい、今では普通の女子生徒達にもカイエン様とか教授とか呼ばれるようになってしまった。
「ちょ、ちょっと。旦那様は私達の旦那様ですわよ」と、リュシア。
リュシアが割り込むも
「えー、私達だってカイエン様のクラスメートだしぃ」
「ねぇ?」
「そうだよ、ボク等はカイエンのクラスメートさ」
と、女子クラスメート達は引き下がらない。
「あ、アリスさん……ご主人様に近すぎます、ええと……またご主人様に変な事しないでくださいね!」
「ミィさん。変な事されたのは私ですわよ」
「この間は巻き込んでごめんねリュシア、今度からはカイエンを直接狙うよ」
やれやれ、また随分と目立つことになってしまったなぁ。
今日はマナーの授業だというのに。
マナー授業。
宮中晩餐会等、高貴な催し物に御呼ばれした場合に恥ずかしくない立ち振る舞いをするため練習する授業だ。
この学園では冒険者として名を馳せる者が数多く輩出される。
冒険者たるもの、冒険の成果次第では王族等に招かれ高貴な席に出向くこともありえるかもしれない。
ならば、その際に無作法で恥をかかないようあらかじめ準備しておく事が望ましいというわけだ。
「理にかなっているな」
実際、僕も勇者として各地を冒険していた頃はこの手の問題に多々直面した。
王家の冠を盗んだ賊を討伐した際は王宮のパーティーに呼ばれたが、作法が分からなくて偉く苦労したものである。
勝手が分からないのでボロボロの旅人の服を着たまま行って、偉く恥を掻いたことを思い出す。
この中で何人がそういう場に行く機会があるかどうかは分からないが、知っておいて損は無いだろう。
「皆さん、今日は各自自分の役割を担ってください。ロールプレイングゲームです」
講師がゲームの開始を告げる。
生徒それぞれが各人に割り振られた役割を演じるのだ。
殆どの生徒は王宮のパーティーに招かれた冒険者、という設定だ。
「各々方、今宵は楽しんでくれ!」
王様役はガタイの良いライザー君。
「あら、この料理おいしいですわね」
「ご主人さまっ! じゃなかった、カイエン様。この卵料理も美味しいですよ」
授業と言っても、今日は遊びのようなものである。
皆好き勝手にテーブルの上に用意された料理をついばみ、雑談に興じている。
一種の仮装お楽しみ会のようなものだった。
「あー、ここで国王に直接謁見するイベントが発生します。冒険者役の人は国王役のライザー君に挨拶を」
講師の促しに従い、皆、呼ばれた順からライザー王に謁見し順繰りに挨拶していく。
「此度はお主の活躍で助かった、これからも冒険にて正義を示すが良い」
「へへー」
「ははー」
皆テキトーに挨拶し、さっさと料理の方へ戻っていく。
「なんで俺だけ……国王役になるんじゃなかった」
ライザー君は国王役だ。
玉座にででんと座って冒険者を労い続ける役割があった。
なので料理が食べられなかった。
少し可哀そうである。
「ほら、これあげるよ陛下」
僕は自分の番になるとフライドチキンをライザー君の口に突っ込んであげた。
「モグモグ、あ、有難うよカイエン。大儀であった」
親切に対し感謝で返すライザー君。
もしかしたらこういうくだらないことから友情が育まれていくのかもしれない。
謁見の"作業"をほとんどの生徒が終え、そろそろお開きになりそうなところで"事件"は起こった。
「済まない、準備に手間取った。まだ授業は継続中か? カイエンはどこだ?」
ホールに居る皆が息をのんだ。
経った今遅刻して来た少女に、一人のエルフに驚いたのだ。
美しい青髪にピンと張った耳、純白のドレスに身を包んだニーナはまるでお姫様だった。
いや、実際にお姫様だったから当然なのだが。
それにしても実に堂に入っていた。
まさにプリンセスといった佇まいだ。
「ニーナさん。国王に挨拶していないのは貴女だけですよ」教官が促す。
すると、ニーナの空気が変わった。
元々伸びていた背筋がさらにピンと張り、挙動が優雅になった、と僕は感じた。
なんだろう、視線の置き方から足運びまで全ては別人になったような……
ニーナは玉座へ静々と歩き、ドレスのスカートを両手で詰まみ、広げながら屈んで挨拶する。
カーテシーという手法である。
「国王陛下、今宵はお招きにあずかり有難うございます」
優雅、と言った表現がぴったりであった。
ニーナの立ち振る舞いはまさしく王族のそれである。
周囲の付け焼刃の挨拶とは全く違った。
ニーナからは気品のオーラがあふれ出すようだ。
姫騎士などと言って、普段は武人然と振る舞っていたから今まで分からなかったが、ニーナはやはりお姫様なのだ。
「あ、うぅ。う、うむ。ご苦労」
ライザー国王は圧倒され、言葉が継げなくなる。
美しき姫騎士ニーナ、その美貌を前に絶句した居た。
「ニーナさん、素敵ねえ」
「え? 何々? 本当のお姫様が来たって? どこどこ?」
クラスメート達も料理や雑談に興じるのを止め、玉座に視線を集中する。
ニーナは動じない。
普段はちょっとした事で怖がり、僕に引っ付いて回るあのニーナと同じには見えなかった。
だが……
「ほ、惚れた! 俺と付き合え!」
ライザーは突然何をトチ狂ったかニーナの手を掴み、交際を申し込んだ。
「御免なさい、私はカイエン様の物なのです。身も心も」
謝る姿も優雅そのもののニーナ。
「ライザー王、悪いけどこのニーナは僕の所有物なんだ」
僕はニーナの隣に行き、"僕の女"を取り戻した。
「カイエン様、嬉しいです!」
ニーナの優しい抱擁が僕を包む。
僕も彼女の腰に手を当て、「それでは」と玉座を後にする。
「なっ!? カイエン、てめぇ」
チキンで餌付けに成功したかに見えたけど、やっぱりライザー君は僕に憎しみを持ってしまったみたいだ。
やれやれ、である。
「はい、それではそろそろダンスパーティーの時間です
各自ペアを組んで踊りの練習をしてください」
講師がそう告げると、ホールの生徒達が次々とペアを組み踊り始める。
「カイエン様、一緒に踊って頂けますか?」
「喜んで、お姫様」
僕はニーナの手を取り、共に踊る。
後にこのロールプレイは学園の語り草となり、ニーナは学園の人気者となっていった。
ちなみにニーナとばかり踊って放ったらかしにしてしまった他の奴隷達には後で散々文句を言われた。




