誘拐2
------謎の人物 アリス
私は教団から派遣された暗殺者・工作員だ。
教団信者第9位階級、アリス。
アリスというのは教団から与えられた名だ、それ以外は知らない。
私は教団からカイエンという男を拉致するよう指示された。
理由は知らない、教団の意思を私が問う事は無い。
命令があれば実行する。
それが私の存在理由だ。
カイエン。
監視してからというもの彼の底知れない魔力量には驚かされる。
普通の若者を装ってはいるものの、行動の数々から自身の力を内外に知らしめている。
学園に入学後もその力は周囲の者を驚かせている。
個人的には常に女性を侍らせているのが気に入らない。
だが、彼の魔力は膨大だ。
ぜひとも我が教団が有効利用するべき。
彼の秘密を探り、そして力を奪う。
教団に栄光あれ。
---
「ギギィ! ガッ」
ゴブリンが悲鳴を上げて倒れた。
まぁ、こんな雑魚に今更手こずる理由は無い。
「流石ですご主人様!」
ミが黄色い声を上げる。
これで、学園から指示されたゴブリンは全て倒したはずだ。
元々ゴブリンは弱く、僕達は万全の準備をしていた。
負ける理由は無い。
既に他の班も規定数を討伐したようだ。
「へっ、物足りないぜ!」
「シルバークラスの私に対してゴブリンなどでは役不足だ」
などと、腕に覚えのある人達は不満をもらしていた。
その時である。
「グギヤァァァァァァァ!」
「カイエン様! リュシアさんがモンスターに!」
「助けてくださいマシー」
見ると、森の中から突然出て来たミノタウロスにリュシアが攫われかけていた。
ゴブリンしかいない森に、何故頭部が牛の巨大モンスター、ミノタウロスが?
「へっ、ミノタウロス如き俺がぶっ殺してやるぜ」
ライザーとシルバークラスのレオン君が掛かっていくが、
「ブモォォォォォォ!」
「「グアァ!」」
凄まじい突撃により弾き飛ばされてしまう。
意外と役に立たないのね、彼ら。
「大変、リュシアさんが攫われてしまいます!」
「チッ!」
即時詠唱。
足を止める魔法を唱える。
その場に足止めする魔法だ、かかれば最後、僕が解除するまで動けなくなる。
それでミノタウロスの足を止め、リュシアを救出するつもりだった。
だが……
「ブモウ!」
そのままミノタウロスはどこかへ行ってしまった。
リュシアを連れて。
「助けてカイエン様ー」
リュシアの声が遠くなっていく。
「どーすんだよおい!」
「お前強いんだろ、何とかしろよ!」
近くに居た他の班の生徒達が口々に叫ぶ。
勿論リュシアの事は何とかする。
しかし……
「あのモンスター、自然発生した個体じゃない」
僕の魔法がキャンセルされた。
ありえない事だ、野生のミノタウロスは魔法防御スペルを唱えられるはずもない。
僕の魔法が防がれたのはあのミノタウロスに何らかの魔法防御が施されていたからだ。
……つまり、あのミノタウロスを操っている奴がいる。
「一体どういう事なんだ、こんな学園の実習なんかに……」
僕は走り去ったミノタウロスの足跡を見ながら言った。
---森の中のどこか
僕はミノタウロスを転移魔法で追いかけた。
僕に目を付けられた以上、どこに逃げようが関係ない。
一瞬で移動できる転移魔法さえあれば相手がどこに居ようが一瞬で追いつく事が出来る。
勇者からは逃げられないのである、今は勇者じゃないけどね……
「よくやったね、ダーク」
「ブモウ!」
アリスさんはミノタウロスの頭を撫で、労う。
どうやらあのミノタウロスはダークという名で、アリスさんのペットらしい。
そして、アリスさんが犯人という事が確定した。
恐らく彼女が僕のポケットに誘拐予告の紙を入れたのだろう。
何故そんな事をしたのかが謎だが、今の状況を見るに彼女しか思い当たる犯人が居ない。
僕は物陰から彼女達を観察していた。
だがもう隠れている必要も無いな。
「アリスさん、僕のリュシアを返してもらおうか」
僕は物陰から姿を現して言った。
「なっ、君はカイエン!? 何時の間にここへ、早すぎる」
「流石ですわカイエン様! 愛の力ですわ~!」
良かった、リュシアは無事みたいだ。
「一体どうやってここまで来たの? ダークは君達を上手く巻いたはずだが」
「転移魔法でワープして来たんだよ、君達がどこに逃げようが僕にとっては関係ない事さ」
「転移魔法……そんなものまで……道理で貴方を監視中に頻繁に見失うと思った……」
「何故こんな事をする? 僕達はクラスメートじゃないか」
「答えられないな。ただ、君は特定の人達にとって邪魔なんだよ。
強すぎる力は時としてパワーバランスを崩す。それを神は許さない」
何となく宗教関係の人とゲロっちゃってるような気もするが、僕はスルーした。
女性に恥をかかせてはならない、それが僕の哲学である。
「僕としては穏便に済ませたいんだアリスさん、
リュシアは無事みたいだし、これまでの事は無かった事にするから武器を納めてくれないかな?」
「……カイエン、ボクは君を拉致する。
リュシア嬢を先に攫ったのは君を助けの来ない場所に誘い込むため。
これは計算通りなんだよ、君はボクの罠にまんまとハマったのさ!!」
アリスさんは短刀を構え、姿勢を低くする。
あれはとある新興宗教の戦闘員が使う格闘術だ。
僕が勇者をやっていた一週目の時、散々手を焼かされた覚えがある。
「出来るかな?」
「2対1だ、言っておくけど僕は強いよ。
このミノタウロスのダーク以下とは思わないで欲しいな。
教室でライザーに見せた実力がすべてだとしたら……カイエン、君はボクには勝てない」
ボクっ子、金髪、運動得意。
彼女の体にフィットしたスパッツが眩しい。
この子はそういう属性だったのか、と僕は思った。
「話し合いでなんとかならないかな、出来れば君を傷つけたくないんだ」
「何故? 僕は誘拐犯だよ?」
「僕達はほら、クラスメートじゃないか。それに、君みたいな可愛い子を傷つけたくないな」
「っ! 馬鹿にして、動揺させようってのかい?」
可愛いと言われた瞬間、少し表情が動いた。
この子はあまり褒められた経験が無いのかもしれない。
「行くよ、ダーク」
「ブモオオオ!」
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「アアッ!」
アリスは吹っ飛び、地面に尻もちをついた。
勿論、僕は勝った。
負ける理由が無い。
アリス達も弱くは無い。
アリスの魔法を織り交ぜた格闘術とミノタウロスとの息の合った連携攻撃。
その凄まじい破壊力は並みの冒険者では何人が束になって掛かっても太刀打ち出来ないだろう。
正直ミノタウロスと彼女だけで学園生徒全員を抹殺できるだけの力はある、それだけの実力者だった。
だが、彼女が挑んだのは学園では無い、この僕である。
魔王を99回倒し、100回目の人生を送っているこの僕にである。
今の僕なら魔王が1ダース襲ってきても倒せるだろう。
ならば魔王以下の彼女が僕に勝てる可能性は無いのである。
彼女は弱くない。だが、相手が悪すぎた。
「つ、強い……強すぎる……人間じゃ……ないっ……」
「ブモォォ……」
「流石ですわ旦那様~! 拉致実行犯を一撃でKOですわ」
多少痛めつけはしたが、アリスの顔には傷一つついていない。
本当に強い者は手加減も上手いのである。
特に女の子に対する手加減は。
「うぅ……任務……失敗……このボクが、教団でもトップクラスのボクが負けるなんて」
アリスは尻もちをついている。
何か体にフィットしているスーツを着ているので下着は見えない。
だけど、僕に向かって股を開く形で座っているので、くっきりと見えてしまうのであった。
「アリスさん、君ってば大胆なんだね」
「あっ!」
アリスは僕に見られている事に気が付き、顔を赤らめて急いで股を閉じる。
可愛い。
「くぅ、ボクを辱めて余裕を見せているつもりかい?」
無論、僕は手加減した。
女子には優しく。
それが僕のモットーだ。
アリスが可愛い女の子であればなおさらである。
「大丈夫? 立てるかい?」
僕はアリスに手を差し伸べた。
彼女は意外という顔をした。
「ボクを殺さないのかい? 君の大事な女性を誘拐しようとしたのに」
「まさか、君はクラスメートじゃないか。それに、さっき言ったじゃないか、可愛い子を傷つけたくないって」
「そ、そ、そんな事を言ってボクを騙そうったってそうはいかないよ!」
「あ、ちょっと待って」
僕はアリスを回復魔法で治してあげた。
「……礼は言わない……カイエン、お前の誘拐も諦めない……
だが、この娘は返してやろう」
「うん、ありがとう。アリスは優しいんだね」
「う、うぅー。よ、ボクの事を呼び捨てにするな!」
アリスは顔を赤らめながら姿を消した。
---後日
「稽古つけてくれやカイエン先生よぉ!」
講義が終わったと思ったら、ライザー君がまた絡んできた。
最近ライザー君は僕によく絡んでくる。
何度倒されても向かってくるタフネスさとチャレンジ精神は褒めるべきだ。
しかし、いい加減うざったいなぁ。
と思ったら……
「ぐへっ!」
回し蹴り一閃。
ライザー君は吹っ飛んでいった。
僕が放ったのではない。
ライザーを一撃で葬るは一人の女子生徒。
美しい回転と共に、スカートの中からパンツが覗く。
その足が地面につくと同時に正体が判明した。
「アリス、君は……」
「僕はまだここの学園生だ、居てもおかしくはないだろう?」
教団の工作員アリス。
学園に侵入して僕の拉致を画策している女子生徒。
この間撃退して依頼見かけなくなったので、てっきりもう学校にはもうこないかと思っていた。
だが、これは嬉しいサプライズだ。
「そうだね、問題ないね。アリスが居てくれて嬉しいよ」
「……チュッ」
突然、アリスは僕の頬にキスしてきた。
「な、なに?」
技を仕掛けてくるのではなく、接吻。
これには流石の僕も意表を突かれてたじろいだ。
「ど、どうだ? 私に誘拐されたくなって来ないか?」
「え?」
「いや……その……こないだボクに向かって、か、か、可愛いって言ってくれたし。
キスしたら誘拐されたくなるんじゃ……な、ないかと」
アリスはどうやら僕を篭絡する作戦に切り替えて来たらしい。
彼女の顔が真っ赤だ、相当無理したのだろう。
「うーん。どうだろう? でも、アリスがもっとキスしてくれたら分からないなあ」
僕は顔を突き出してせがむ。
「ば、バカ! ボクは工作員だぞ! これ以上出来るか!」
アリスはぷりぷりと怒って去っていった。
僕を誘拐すると言ったりキスしてきたり、忙しい子だなあ。
だが、僕は学園がさらに楽しくなってきたと思った。




