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誘拐



 今日は生徒サイドとしての参加である。

 なんだか入学早々色々と仕事を押し付けられて学園生活を楽しむどころではなくなってしまっていたが、

 今日からはようやく普通の生徒として授業に参加する事が出来る。


 今回は目立たないように過ごしたいものである。


 「ご主人様、楽しみですねぇ」


 ミが呟く。

 今日のミはとてもエッチ……じゃなくて動きやすそうな恰好をしていた。


 「そうだね」


 ミは皆に受け入れられた。

 リュシアが自らを奴隷だとカミングアウトした事でクラスのムードが一気に奴隷容認に傾いたのだ。


 世界的影響力のあるハーネス商会、その血族が奴隷であるという事が皆の認識を変えたようだ。

 ハーネス商会が大なり小なりにこの世界の周囲に及ぼしている影響力を思い知った。


 以前の僕は冒険ばかりしていたから、市井の空気を知っているようで知らなかったらしい。


 何にせよ、ミが受け入れられてほっとした。


 



 「あらーご主人様、今日はお手柔らかにお願いしますね、クスクス」

 「素敵よね~、教授」


 女生徒達が僕の方に手を振りながら、ニヤニヤしながら通りすがっていく。




 

 「うーん、すっかり目立っちゃってるな」


 呟くと、僕の奴隷達がすかさずフォローを入れてくる。


 「ご主人様が凄いからですよねっ!」

 「うふふ、旦那様はこの学園で一番目立っていますわ」

 「うむ、今日も格好いいぞカイエン」



 「ははは、有難う皆……」


 確かに、僕は不本意ながら目立っていた。

 顔に傷がありながらも美貌を放つ獣人奴隷のミ。

 大商会の令嬢にして自らも若くして商才を発揮するリュシア

 亡国の姫君である長い青髪と憂いある美貌が人をきつけるニーナ。


 その三人に常に取り囲まれているのだ、目立たない訳が無い。



 はぁ、やれやれだ。


 まあ仕方がない。

 ある程度目立つのは諦めて、今は学園生活をまっとうに楽しむことにしよう。

 








 今日は外に出て実習だ。

 1クラス丸ごと、街の外のモンスターが潜む森の前に居る。


 僕らの眼前には大きく、何もかもを飲み込みそうな程深く暗い深淵が広がっていた。




 「とっても広い森ですね、故郷を思い出します」


 ミはそう呟いて胸に手を当てる。

 動きやすそうな格好だ……スパッツに黒インナー。

 うん、正解だ、正解なのだが、体のラインがはっきりしていて見ようによっては……とってもエッチである。

 ミの容姿は例え傷があろうと見劣りする事は無い。

 小柄ながら引き締まった健康的な肉体。

 白い体に走る赤みがかった傷がむしろエキゾチックな雰囲気を醸し出す。

 他の男子生徒達がチラチラとこちらを見ているのが分かる。


 「旦那様、わたくしとても怖いですわぁ」


 リュシアは魔法のローブに杖を持ち、スタンダードな装備をしていた。


 「大丈夫だぞリュシアよ。このニーナが守ってやる、カイエンの代わりにな」ニーナは勿論姫騎士鎧で身を固めている。


 「私は旦那様に守ってもらいたいのですけれども……」


 僕の奴隷達は遠足気分だった。




 「それにしても大きな森だなぁ」


 日本の森とは全く違う。

 全長何十メートルにもなる巨大な木が立ち並び、上空を枝や葉が塞いでいるので昼間でもとても暗い。


 今日はこの中に入っていき課題をこなすのだ。



 今日は数クラスでの合同実習である。

 皆冒険に行くのと同じ格好をして集まり、教官を前に整列していた。

 

 「えー、それでは今日は実習です。実技としてこの森に潜む邪悪なゴブリンを規定数退治して貰いますが、ゴブリンとは言え武器を持って反撃してきます。みなさん怪我しないよう気を付けてください」


 僕達は教官の説明を聞く。

 まぁゴブリン程度なら余程の事が無ければこの学園に入学出来た生徒なら問題なく倒せるだろう。



 「即席でパーティーを作って下さい、冒険の準備段階も評価対象です。普段皆さんが生活するうえで他人と強調しやすい人間関係を作れていたかどうかも間接的に評価に入ると考えて下さい。授業でありテストでもある事を忘れないで下さい」


 つまり、コミュ障はどこにも入れずに課題を達成できず、落第するよ! という事である。

 ある意味恐ろしい試験だ。

 この世界に転生する前のボッチな僕だったら危なかったかもしれない……


 

 だが、今の僕にとって怖い授業では無い。


 


 「カイエン、私と一緒に組みましょう」

 「自分を置いていくな、カイエンと手をつなぐのはこのニーナだ」

 「ご主人様ぁ」


 三人の奴隷達が僕と手を繋ごうと僕にまとわりついてくる。



 「こらこら、喧嘩しないの……」



 それに加えて……


 「カイエン様ぁ、私達も連れて行ってくれませんかぁ?」

 「私も私もぉ」


 振り返ると他の数人の女生徒達も僕のパーティーに参加希望だった。

 戦士の子や僧侶の子、盗賊ローグスタイルの子も居る。

 うわっ、戦士の子はおへそがまる見えだぁ。

 お腹冷えないのかな……

  


 「ええと、あんまり多すぎても大丈夫なのかな」

 

 「お前達! カイエンは私達の主人だぞ」


 「別にいいじゃないですかぁ、私達奴隷じゃないけどぉ一緒にお勉強しましょうよぉ」

 「カイエン様がOKって言うなら貴女達は関係無いでしょ?」


 いつの間にか普通のクラスメートの女子も様呼びであった。

 

 そして戦士の子や盗賊の子が左右から腕に抱き着いてくる。

 ああ、たまらん。


 魔王討伐を止めてよかった。

 冒険を止めて本当によかった。

 僕は強くそう思った。


 「やだー! カイエンは私と行くんだ!」


 そしてニーナが泣きそうになって叫ぶ。






 「チッ!」


 レオン君やライザー君が遠巻きに僕らを見ていた。 

 彼らはむさい男子生徒達と共に課題に挑戦するようだ。

 うむ、僕は順調に彼らの憎しみを買っているみたい。



 やれやれ、困ったものだ。

 目立ちたくないのに目立ってしまう。

 実力があり過ぎると自然と僕に寄ってくる人と、憎んだり敵対的になる人に分かれる。


 能ある鷹は爪を隠すと言うが、僕は爪を隠すのが苦手のようだ。






 「流石ですご主人様!」突然ミが叫ぶ。


 「え、ミさん。ど、どうしたの突然?」


 女生徒達が若干引き気味に言う。

 

 「ミィさんは一日に何度かそれを言わないと気が済まないんですの」と、リュシア。


 「はぅ、皆さん御免なさい。私、突然叫んじゃう癖があるんです」

 「グスッ……うむ、ミはちょっとした病気だな! このニーナは気にしていないぞ、カイエンが凄いのは事実だからな!」



 ミは自分なりに僕の凄さを感じ取ると突然叫んでしまうのだ。

 今のは恐らく男子達の僕への嫉妬交じりの視線を感じ取ったからだろう。

 獣人らしく、色々な事に敏感な子なのである。







 「旦那様は渡しませんわ!」

 「ええー、ずるくないですかぁ?」

 「カイエン手ぇ離さないで!」


 楽勝で組めると思ったパーティー編成になかなか難儀する。

 うーん。

 持て過ぎるというのも考えものかもしれない。





 等とのんびり構えていたら、何か足に衝撃が走った。


 「……痛っ!」


 なんだか脛が痛い。


 「調子に乗るなよ……カイエン……」


 なんだか知らない女の子に蹴られた。

 蹴ってきた子はそのまま去っていった。


 ???

 僕、あの子に何かしたんだろうか。


 ……思い出した。

 多分同じクラスの子だ。


 ショートカットに、金髪。

 なんだかいつも講義の最中は後ろの席を取っているイメージがある。

 学園に入学して三か月ぐらい経つけどほとんど話したことは無いはずだ。

 どこかミステリアスな雰囲気の漂う女の子である。

 あまり他の人とも話している感じは無い。


 そんな子が、何故僕に蹴りを?








 「あ、カイエンさん。ちょっといいですか」


 教官に呼ばれた。


 「はい、なんでしょう」


 まだ僕の奴隷達と女生徒達が争っているのでその場を抜け出して教官の方へ行く。


 ……


 ……


 ……


 「ええ、そんな事まで僕が?」


 「すいませんがお願いしますよ。カイエン教授」

 

 「はぁ、分かりました。なるべく皆が危機に陥らないように注意しておきますね」


 何かと思えば……

 他の生徒が危険な目に遭わないよう注意を払ってくれとの依頼を受けた。

 


 

 しょうがない。

 なんとか頑張ろう。

 

 でもこの学校、危険な授業に安全配慮をしていないなんて大丈夫なんだろうか。


 いや、でも元々危険を承知で皆入学しているんだからこんなものか。

 元の世界の感覚だと理解出来ないが、この世界の人は人の死に鈍感な気がする。

 普段からモンスターと隣り合わせの生活をしていればそんな感覚にもなるか。



 どうも強くなりすぎて感覚が元々の日本人に戻ってきてしまっている気がする。


 転生した直後は生き延びる事に一生懸命だったんだけどなぁ。

 強くなりすぎた今ではドラゴンを倒すのにもコンビニに行く感覚である。

 緊張感が無い。


 これが自分の事だけならいいが、今の僕は可愛い奴隷達を守る必要もある。

 教官の依頼は僕の心を気を引き締めなおす機会を得たと考えよう。


 



 


 ん?


 ふと、違和感があったのでポケットに手を入れてみると、紙が出て来た。


 


 "お前を誘拐する、覚悟していろ"


 と書かれていた。



 な、なんだこれ……

 悪質な悪戯だなあ。

 気持ち悪い。


 何時の間にポケットに入っていたんだろう?



 持っているのも不気味だ。




 「へっ、どけよ先生」


 ライザー君がわざとぶつかってきた。

 お礼にこの脅迫のお手紙をライザー君の後ろのポケットに入れてあげた。

 休息時に「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ! 誰の悪戯いたずらだ!?」とライザー君が犯人捜しを始めたが僕は知らんぷりした。





 ……それにしても僕にぶつかってきた女の子、なんだか気になるなあ。

 確か、アリスって名前の子だったような気がする。


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