学園に入学したと思ったら初日から教鞭を取る事になってしまった件について3
2回目の授業である。
前回の授業が好評だったのか、今日は教室が満員だった。
「あの教授、面白いんだぜ」
「へー楽しみね、今日この講義を取っておいてよかったわ」
今日は僕のうわさを聞きつけてわざわざ僕の授業を聞きに来た人が結構居るようだ。
うーん、また目立ってしまうぞ。
今日は普通に初めて普通に終われると思っていたのが、やはりトラブルが起きてしまった。
やれやれである。
「ええー。普通に授業させてよ?」
「俺の弟分が世話になったな、センセイ」
講義を始めようと教壇に立った瞬間、なんかごっつい人が目の前に立ちふさがった。
勝負させろ、レオンの敵討ちだと言う。
前回僕の講義の時にはいなかった生徒だ。
バキボキバキボキ。
あらやだ、手を組んで関節鳴らしてる。
何この人、生徒なの?
オリンピックに出そうな筋肉してる。
正直、圧倒される大きさだ。
まぁ、この世界では一定レベル以上になると大きさなど実力などあてにはならない。
僕レベルになってくると、相手の大きさより魔力係数の方を見るからだ。
魔力の気を感じ取り、実力を判断する。
しかし強いモンスターや魔族はそれを隠して奇襲してくる事もある。
なのでそれも絶対的に信頼できるわけじゃないが、それでも相手を姿形で判断するのではなく相手が発する魔力を元に判断するというのは、一定以上のレベルになってくると命を懸けて戦う場合はセオリーとなる。
それはさておき
「えーとライザー君だったかな? 授業を――」
僕がそう言ってなだめようとすると
「問答無用」
と言って、彼は制服の上着を脱いだ。
うーん、凄い筋肉だ。
この人絶対プロテインやってるよ。
若い頃のシュ○ルツネッガーみたい。
「問答しようよ――」
僕は教育者らしく言葉で諭そうとした。
しかし……
「秘拳、連山!」
言い終わる前に、拳で襲い掛かってきた。
やれやれである、この学園は学級崩壊してるんじゃないだろうか。
「おらおらぁ!」
僕の眼前に無数の拳が迫ってくるように見える。
うん、なかなかの拳速だ。
凄まじい速度で拳を繰り出し、まるで無数の拳が迫ってくるように見えるのだ。
「……」
「フンッ! フンッ! ハァァァッ!」
僕は手と腕で彼の攻撃を防ぎ、防御一辺倒になる。
「で、出たー! ライザーの連続攻撃! あれをされたらもう抜け出す事は出来ない!」
レオン君が野次を呼ばす。
なるほど、彼の兄貴分だったのかこのライザー君と言うのは。
なかなか良いナックルをしている。
無呼吸連打による連続攻撃。
並みのモンスターなら相手にならないだろう。
右ストレート、左フック、僕の見たことが無い打撃。
大小様々な券打を繰り出してくる。
並みの冒険者なら反撃の隙を見つけ出せずにこの連続攻撃の前に倒れてしまうのだろうな。
「ご主人様ー!」
ミが悲鳴を上げる。
僕は「大丈夫だよ」、と防御に使っていない方の手を振る。
5分後。
「ハァッ! ハァッ! ……ど、どうなってんだ……」
「うん、君、筋がいいよ!」
僕はライザー君の攻撃を全て防ぎ切った。
彼は攻撃を止め、今は肩で息をしている。
「く、糞! だが、お前は俺の攻撃を防ぐばかりで抜け出せなかった、だから俺の勝ちだ!」
「う、うーん。そうだね?」
「なんだ! じゃあもう一度やってやる! 抜け出せるものなら抜け出してみろ! うおおおお!」
「はい」
僕はでこピンをライザー君の額に当てた。
ザサァァァァ。
ライザー君は大きく仰け反って教室の端まで吹っ飛んだ。
うむ、僕の攻撃をデコピンとは言え食らっても倒れなかった。
この子はなかなか才能があるようだ。
「な!」
「思いあがっちゃだめだよ、上には上が居るんだ」
「俺の攻撃をぉ……」
ライザー君は額から血を流しながら呻く。
防御力も素晴らしい。
レオン君ぐらいだと多分気絶していただろうに。
「まさかライザーが子供同然に扱われるなんて……」
「知っているわ、ライザーは王都の格闘技大会でも優勝していたのよ」
「すげええええええ! あの教授、凄すぎるぜ」
また教室中がざわめく。
なんだが授業の度にイベントが起こる気がする。
やれやれ、目立ちたくないんだが、嫌がおうにも目立ってしまう。困ったものだ。
まぁ、生徒から尊敬を得られた方が授業自体は進めやすいのだが。
僕の奴隷達も喜んでいた。
「流石ですわ旦那さまー!」
「流石だぞカイエン!」
が、今日はそれが良くない方向に行った。
そして、見たくない光景を見るハメになる。
「流石ですご主人様!」
ミが立ち上がり叫ぶ。
何時もなら微笑ましい光景である。
だが、今日は運が悪かった。
いや、何時か起こり得る事でもあったのだが……
僕の配慮が不足していたのだ。
本来ならば、事前に話し合っておくべきだったのだ。
学園内での互いの呼称について。
「……ん? お前、ここの生徒じゃないの?」
一人の生徒が、ミに質問する。
「ここの生徒なんですけど、カイエン様の奴隷でもあるのです」
正直にも、ミは答えてしまったのだ。
自分が"奴隷"である事を。
「「「えええええ!」」」
そして、教室内が激昂した。
生徒達の一部がミを取り囲み、掴み立たせた。
「……! おい皆! ここに奴隷が紛れ込んでるぞ!」
「い、痛い! 掴まないでください」
「追い出せ追い出せ! 奴隷が教室に紛れ込んで一緒に授業を受けているなんてとんでもない事だ!」
この世界の奴隷に対する視線は厳しい。
同じ人間とは思わない……とまでは行かなくても、その身分には激しい差別がある。
このように、机を並べて勉強する事に抵抗を感じる生徒達も居るのだ。
僕の落ち度だ。
僕はミやリュシア達を本当の意味では奴隷とは思っていない。
家族と考えている。
元々身分の高いリュシアが普通に接しているのを見て、ここの生徒達も同じように接してくれると何となく期待してしまっていた。
それが良くなかったのだ、認識が甘かったのだ。
ミには徹底して自分の身分を隠すよう言っておけばよかった。
「「「追い出せ! 追い出せ! 追い出せ!」」」
教室中を追い出せコールが支配する。
正直、失望を禁じ得なかった。
彼らのそんな側面を見たくなかった。
曲がりなりにも僕の生徒達だと思っていたからだ。
「ちょっと待ってくれないかな皆――」
ミだって正規の学費を払って入学している。
学ぶ権利はあるのだ。
そう言おうと思った、その時である。
「皆様方、お待ちになりなさい!」
教室に凛と響く声。
僕の奴隷の一人が、仲間のために立ち上がった。
黒髪の美少女リュシアに教室中の視線が注がれる。
「あんたは?」
「リュシア・ブルトンですわ」
「どこかで見たことあるな」
「し、知ってるわ! ハーネス商会のトップ、ハーネス会長の娘よ。雑誌で見た事あるわ!」
「そんな身分の高い人がどうしてこの地方都市の学園に……」
「いや、そんな事はどうでもいい! リュシアさん。あんたとて奴隷と同席するのは嫌だろう?」
「全く嫌ではありませんわ!」
「何で!」
「友達だからですわ」
「何を言っているんだ? 奴隷とは友人になれん! 卑しい身分だ」
「そうですか?」
「貴女はこの奴隷の事が気に入ってるんだろうが……それとこれとは別だ。
貴女が友人を持つなら我々のような者が相応しい」
「そうよ! あのブルトン家の方とクラスメートになれるなら光栄だわ」
リュシアは首を振って言う。
「そうではありませんわ、貴方が奴隷と友達になれないなら、私の事も嫌いになるはずですもの」
「なんだって?」
「どういう事なんですか?」
「私も奴隷ですのよ、貴方達の言う卑しい身分の」
「はぁぁぁぁぁぁ?」
「性質の悪い冗談は止してくださいよリュシアさん!」
「冗談ではありませんわ。私にはご主人様がおりますの」
「まさか」
「そう、カイエン様ですわ。私の愛しのご主人様です」
「「「ええええーーーーーー!」」」
クラス中の視線が僕に注がれた。
やれやれ、また目立ってしまったな。
大陸中の商店を持つ大商会の会長の孫娘が僕の奴隷であるとばれてしまった。
暫くは五月蠅いことになるだろう。
でも、ミを堂々と友人であると言い放つリュシアに僕は軽い感動を覚えるのであった。




