ドロップアウト
「大体、僕に戦いなんて向いてなかったんだ」
異世界転移して99回、僕は魔王を討伐した。
「結局、魔王を倒し続けるだけじゃこの世界の謎は解けなかった」
もっと具体的に言うと、自分が元の世界に戻るための方法をだ。
僕は転生者だ。
転生する前の苗字と名前は甲斐炎。
ある日、コンビニから家に帰る途中トラックに轢かれて死んだ。
気が付いた時にはこの世界のカイエンという名前の赤ん坊に転生していた。
両親は普通の村人だった。
僕は元の世界に帰りたかった。
子供の頃はこの新しい世界にわくわくしたが、魔王討伐に行かせられるとは聞いていなかった。
お前は天命を受けた勇者だ、魔王レギオンを討伐する星の元に生まれたのだ。
と、両親に告げられて、16歳になったら村の仲間と共に無理やり魔王討伐に行かされた。
旅は苦しかった。
見たことも無いような魔物、恐ろしいダンジョン、過酷な環境。
そして長い旅の末に魔王レギオンを倒した。
なんとなく信じていたんだ、魔王を倒せば元の世界に帰る事が出来る、と。
だが、待っていた現実は想像を絶するものだった。
魔王レギオンを倒した瞬間、僕は旅立ちの朝に戻っていた。
理解出来なかった。
自分の旅が間違っていたのだと思った。
だから、
最初の旅では助けられなかった村を滅びから救った。
最初の旅で助けられなかった獣人の一族を救った。
最初の旅で解決出来なかった事件のほとんどを解決した。
それでも、2週目の魔王を倒した後、また旅立ちの朝に戻った。
それでも僕はめげなかった。
今度こそ、と何度も魔王を倒した。
が……結果は同じだった。
また同じ朝に戻るだけだった。
99回目の魔王を倒し、また最初の朝に戻った時、僕は悟った。
もう、いい。
もう戻れなくてもいい。
僕は投げやりになった。
もういいじゃないか。
諦めよう。
そして考えた。
そうだ、楽しもうこの世界に来てからと言うものは戦いばかりだった。
今の自分には一般人が想像できないようなぐらいの力がある。
この力を使って面白おかしく暮らそうじゃないか。
悪い事をしなくても、僕には今までの旅で蓄えた力や財産がある。
元の世界に戻っても楽しいとは限らない。
だったら、楽しもうじゃないか、この世界を。
これから本当の第二の人生を始めるんだ。
---貿易都市アオヤマ
僕は旅止め、とある街に流れ着いた。
貿易都市アオヤマ。
この世界では有名な商業が盛んな都市だ。
最初はブルーマウンテンという名の荒れ果てた土地だったらしい。
この都市を開発した人物が「なんなら東方の国風の名前にしよう」と名をアオヤマに変えたらしい。
「どうでもいい話だ」
そう、どうでもいい。
それより僕にはこれから住む場所が必要だ。
貿易都市アオヤマには様々な人種が生活していた。
普通の人間、鱗が全身に生えているリザードマン、人間に獣の耳と尻尾が生えた獣人。
定番のエルフ、ドワーフ。
ドワーフよりさらに小さいノーム。
雑多な人種が生活し、商売をし、その世界を生きていた。
この活気、素晴らしい。
元の世界での生活を思い出す。
冒険者として旅している間はいつも素通りしていた。
特別なイベントが無かったので買い物や休息を済ませるとすぐに次の街へ旅立って行ったのだ。
正直、住むならこんな街が良いと思っていた。
どことなく、元の世界に雰囲気が似ているし。
グゥ~
お腹がなる。
うん、まずは腹ごしらえだ。
ただし、お金は無い。
ならば何か売ってお金を手に入れよう。
「え、お客さんいいんですかい? こんな業物を……」
「うん、換金できるかな」
「そりゃこっちも商売ですから買い取りますけど、この剣は凄すぎる……」
僕はメインストリートに面している商業区に行った。
そして"なんでも買い取ります"と看板を掲げていた大店に"聖剣ブリュンヒルデ"を売ろうとした。
はっきり言って値がつけられない程価値があるものだ。
神託の勇者に女神から与えられる究極の剣。
超鉱石オリハルコンより錬成したこの世に唯一無二の大業物。
これで魔王を何度葬った事か。
ちなみに僕はこの剣を99本持っている。
この世界を何度も周回したおかげでこの世に一つしかない物でも沢山手に入っているのだ。
「貴方がこの剣の持ち主ですか?」
見ると、恰幅の良い人が目の前に立っていた。
「ええと貴方は?」
「これは失礼、この店のオーナーです。こんな業物は見たことがありません、ぜひ買い取りたいのですが生憎この支店を一つ潰してもこれだけの物に見合う金額を用意出来ないのです」
「はぁ」
「それでですね、相談なのですがこれを買い取れるだけの金貨を用意するまでお待ちいただけないかと」
「どれくらいですか?」
「一週間以内には必ず」
一週間!?
そんなに待てない。
僕はすぐにお金が欲しいんだ。
安くても良いから買い取って欲しい。
「すぐにお金が欲しいんです。この店にあるだけで構いませんから今すぐ買い取ってくれますか」
「そ、それは可能ですが本当に良いのですか?」
「無理でしたら別の店に行きますけど」
「お、おい! すぐにお金を用意してきなさい! 今すぐ!」
「へいっ!」
店員は奥へ行って従業員に「今すぐ金を掻き集めろ、金庫の中のも全てだ!」と叫んでいた。
店員全員が店中の金目の物を掻き集めている間、僕は店の応接間でVIP待遇を受けた。