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フラれて自暴自棄になっていたところを異世界召喚された結果がコレだよ!  作者: 荒薙裕也
第四章、新魔王争奪戦が開幕したと思ったら、俺の妹にそっくりな娘が狙われてブチ切れた結果がコレだよ!
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95、湖畔の町防衛戦16 sideアスタロテ ~天魔~

 湖畔の町の、湖側の入り口とは正反対に位置する入り口――通称、森門。


 その森門を塞ぐようにして、フード付きコートを目深に被り、優雅に御茶を嗜む者がいる。


 八大守護の一人、アスタロテ。


 彼女は戦場に出ているにも関わらず、豪奢なテーブルと椅子のセットを用意して、その場で優雅にくつろいでいる。


 ……それも一時間ほど。


 常識ある人間ならば、その者の神経を疑いたくなるような長い時間である。


「う、動きませんね? 店長……?」


 傍らで御相伴に預かる形でクッキーを食べているのは、早川明菜。


 彼女は、自分の声が震えるのを誤魔化すようにして、声を張って話す。


 その声は少し離れた所に待機する冒険者たちにも届いているだろうから、彼らが勇気を出すのにも一役買いそうではあった。


「えぇ。彼らは(わたくし)たちに姿を見せないことで心理的な重圧を与えているつもりなのでしょう。明菜さんもそんなに緊張しないで、リラックスなさると宜しいですわ。……あ、紅茶のお代わりなんてどうかしら?」


 優雅に微笑むアスタロテの表情には、明菜と違って緊張の『き』の字も浮かんでいない。


 その表情を見る限りでは、本気で紅茶を楽しんでいるようだ。


 肝の太さに、思わず明菜は関心してしまう。


「で、でも、もう一時間ぐらいですよ? そろそろ動き出すんじゃ?」

「あら、もうそんな時間になるのね。いけないわ、私ったら紅茶が美味しくてつい……」


 アスタロテが頬を少しだけ朱に染めて微笑む。


 目深に被った外套のせいで、表情が仔細には見れないがどうやら照れているようだ。


 そんな様子を見て、明菜も気が抜けたのか思わず苦笑を漏らす。


 アスタロテ隊がこの場所に布陣したのは、一時間と三十分程前――。


 その時より、この場所の様相は一片足りとも変わってはいない。


 だが、この場にいる冒険者たちは否応もなく知っていることだろう。


 森の奥――その場所に隠し切れないほどの凶悪で莫大な数の気配が息を潜めて、こちらの様子を窺っていることを。


「ひとつ教えてあげるわね、明菜さん。向こうは動き出すタイミングを見計らっているのではないの。ただ単純に私たちが苦悩する姿を見て喜んでいるのよ」

「……何です、……その趣味が悪いの」

「魔族とはそういうものなの。ごめんなさいね」

「いえっ、そのっ、別にアスタさんのことを責めているわけではないので!?」

「ふふっ、冗談ですわ。でも、いつまでもこうしていては埒が明きませんわね。各地の戦場も時間が経てば経つほど不利になっていくでしょうし」

「でも、魔族は森に潜んでこちらを窺っているんですよね? どうやって、状況を打開するんですか?」


 顔色を青くして武器を構える冒険者たちの姿を眺めながら、明菜はクッキーを齧る。


 ほんのりと甘いそれは、アスタロテの性格も相まってやけに上品な味に感じる。


 そして、その味は明菜に落ち着きと思慮深さを取り戻させてくれていた。


 先程よりも幾分か気が軽い。


 もしかしたら、クッキーの中に何かが入っているのかもしれない。


「それは簡単ですわ。でも、その前に……」


 アスタロテはクッキーの盛られた皿を明菜に手渡す。


「このクッキーを皆さんに食べて頂くようお願いできないかしら」

「えぇっと、それってつまり……」

「うふふ、差し入れよ」


 子供っぽく笑うアスタロテの微笑みを見てしまっては、明菜も笑うしかない。


 まるで魅了されてしまったかのように軽い足取りで、明菜はアスタロテ隊の皆にクッキーを配って歩く。


 冒険者たちの殆どは沈んだ表情を隠しもせずに疲労の色を濃く滲ませていたが、アスタロテが差し入れたクッキーを齧ると無理矢理にでも笑顔を作って気持ちを昂揚させてくれていた。


 この場を受け持つ大将の心意気を受け取って、その気持ちに応えたのだろう。


 一過性とはいえ、元気を取り戻す冒険者たちを見て、アスタロテは柔らかな微笑と共に、目深に被っていたフードを脱ぐ。


 現れたのは、魔族すらも見惚れる美の化身の如き姿――。


 だが、そんなものは副産物に過ぎない、とアスタロテは思っている。


(……十二柱将ともなれば、知っているでしょう? だから、それを確かめるためにも出ざるを得ない。今まで主導権は十二柱将(あなた)が握っていると思っていたようですけど、それがここで簡単に逆転するのは、さぞ悔しいことでしょう。本当、ごめんなさいね)


 心の中でアスタロテが謝罪を述べるのとほぼ同時か。


 森の奥が微かに揺れ、今まで姿を見せてこなかった魔族の一人が、呆然とした表情のままに歩み出てくる。


「お前……、まさか……、何でこんな所に……?」

「あら、どなたがいらっしゃったのかと思えば、お知り合いの方で良かったですわ。御機嫌麗しゅう。十二柱将ルーファス・カーマイン様――」


 椅子から立ち上がり、スカートの裾を摘んでアスタロテは優雅に礼をする。


 だが、そんなアスタロテの様子にも気付かないのか、金髪碧眼の美形の魔族は声を震わせながらアスタロテに疑問の声を上げる。


「何で……、お前が、此処にいる……?」

「あら、つれないですわね。ご挨拶ぐらいは返してくれても宜しいでしょうに」

「答えろ! 何故貴様が此処にいる! 【天魔】アスタロテ!」


 砂を喰む思いで吐き出された言葉を受けて、アスタロテは妖艶に微笑むのであった。


     ●


 ルーファス・カーマイン。


 その男が湖畔の町を攻めなかった理由は二つある。


 ひとつは先にアスタロテが予想したように、獲物を徐々に苦しめるために放置していたということ。


 そして、もうひとつはルーファスが率いる部隊が魔界でも一、二を争う侵略速度を誇っていたということである。


 つまりは、その侵略速度を誇示するが故のハンデキャップを自らに課したのである。


 他の十二柱将が攻略に手間取る中、一時間遅れで攻略を開始したルーファスの部隊が誰よりも早く湖畔の町を落とす――彼が描いていたのは、そんな絵図ではなかっただろうか?


 だが、それも全ては、一人の魔族の存在によって覆ることになる。


「天魔……、懐かしい二つ名ですわ。ですが、私はそう名乗ったことはありませんの。だって、そう呼ばれるということは、それだけ人でなしなことをしてきたということですもの。それは、悪魔としては誇らしいことでしょうけど、私としては不名誉なことこの上ないのですわ」


 懐かしむように笑みを浮かべるアスタロテ。


 そう、この誰もが見惚れるような美少女――、それこそがルーファスの計画が狂ってしまった大きな要因である。


「……数多の戦場で功を上げてきたことを嘆くのか、天魔?」

「私は同胞を守るために最善手を打ってきただけですわ。常々、静かにのんびりと暮らしたいと思っていましたのよ? それこそ、御茶や読書に没頭したいと思っていた程に。まぁ、今は花を愛でることが楽しいのですけれど」

「……堕落だな。スネアが聞いたら何というか」

「あの方は人ではなく、能力を見ていらっしゃいますわ。ですから、特に何も言わないでしょう。私自身は前と何も変わっていないのですから」


 そう言って柔らかな笑みを浮かべる、かつて、天魔と呼ばれていた少女。


 四天王一の暴君ベリアル・ブラッドに竜軍師ファルカオが居るのならば、四天王一の智謀を持つスネア・フェメリには天魔アスタロテが付いている――そう揶揄される時代があった。


 ファルカオが強大な戦力を率いれば、如何な神算鬼謀をも打ち砕き、常勝不敗の軍団を体現すると言われていたのに対して、アスタロテは如何なる状況にも複数の策を用意し、その状況を必ず打ち破ることができる神算鬼謀の徒であるとされていた。


 そんな彼女がスネアの下を去ったのが、数年前。


 そして、何故、キルメヒアの下にいるのかは定かではないが、今は事実としてキルメヒアの側にいる。


 そして、そんな異名を持つ彼女に十二分な時間を与えてしまった。


 それは、まさに、ルーファスにとっては落ち度であった。


 ……アスタロテの元に届くまでに一体幾つの罠や仕掛けが用意されているのか?


 それを考えるだけでも、気が滅入る思いである。


「そうか。それは有り難い――」


 だが、ルーファスはそのことを引き摺らずに喜色を浮かべる。


 本来ならば計画に狂いが生じ、意気消沈するかと思われたが、ルーファスにとってはそれはそこまでの惨事ではないということなのだろう。


 端正な顔に、心の奥底から滲み出る悪意が凄みを加える。


「――それなら、天魔……お前を殺すことで俺の格が下がることもなさそうだ。いや、むしろ、俺の前に出てきてくれたことを感謝するべきか」


 まるで舌舐めずりをするようなルーファスの言葉にアスタロテの秀麗な眉目が歪む。


「どういう意味ですの?」

「俺の部隊は魔界の中でも随一の侵略速度を持っていると言われていることはお前も知っているだろう?」

「えぇ、随分と手を焼かされましたから」


 移動速度、侵略速度が速い部隊はそれだけで脅威になる。


 ルーファスの部隊が敵に存在しているというだけで、アスタロテは随分と思考の幅を広げた覚えがあった。


 それは、それだけルーファスの部隊を高く買っていたということでもある。


「それは兵の練度が高いと思われているようだが、実際は違う――」


 片手を上げ、ルーファスが合図すると同時に、森の奥から鍛え上げられた肉体を持つ魔族たちがゆっくりと姿を現し始める。


 その魔族たちの顔はいずれもが自信に溢れており、彼らがただの雑兵ではないことを如実に教えてくれていた。


「俺の速度に合わせようとしている内に勝手に早くなった――が正しい。そして、お前は軍師としての才能は一流であり、魔法の才覚もあるが……、接近戦は素人同然だ。その事実に俺の速度が組み合わさった時、何が起こるか分かるか?」

「何を起こして下さるのかしら?」

「お前が、死ぬということだ!」


 ルーファスの言葉と同時に、アスタロテはフードを目深に被る。


 それを合図にしたわけではないだろうが、ルーファスが戦場を駆ける。


 速い――。


 疲弊した冒険者の誰もが反応できない。


 だが、そんな戦場の中を少女漫画のように虹色の煌めきが浮かび上がる。


 シャボン玉のようなそれは、ふざけているわけでも、比喩表現でもなんでもなく、空気中に潜むようにして溶け込んでいたアスタロテの魔力だ。


 それが、近くを通った侵入者に反応し、一気に性質を変える。


 無味無臭、無色無形だったものの気配が、熱を帯び、眩い光を放ち始める。


 爆発する――。


 ルーファスが直感的にそれを感じ取った瞬間、彼の足元から地面の感触が消え失せていた。


(何というタイミング! 何という位置取り!)


 恐らくは、アスタロテは最初からこの位置にルーファスを追い込むように、魔力の爆弾を不可視の状態にして配置していたのだ。


 そして、絶好のタイミングで落とし穴に引っ掛け、相手を行動不能にさせる――。


(だが、そいつは俺には役不足だ!)


 風の魔法を足場として作成して、ルーファスはそれを蹴ることで落とし穴を見事回避。


 更に、全身に風を纏うことによって加速するルーファスは、立ち塞がる土の壁や突き出してきた土の槍などを、まるで児戯をあしらうかの如く避けて進む。


 アスタロテが息を呑む音が聞こえた気がした。


 アスタロテが常人には発することのできない声で高速詠唱を開始する。


 高音と低音、そしてやや低い高音とやや高い低音を使った四つの詠唱の同時進行。


 更には両手の十指による魔法陣の高速記載。


 都合、十四の魔法が完成し、それらが一斉にルーファスに向かって放たれる。


 それを見てから周囲の冒険者が慌てたように動き出し、一人だけ突出した形で戦場に立つアスタロテを守ろうと駆け出し始めるが……、――遅い。


「その命、貰ったぞ! 天魔!」

「――――ッ!」


 十四の様々な性質を持った魔法を悉く、躱し、弾き、あるいは叩き落としながらルーファスは一息でアスタロテに肉薄する。


(懐に入り込まれ――……)


 それをアスタロテが認識した次の瞬間には、彼女の体は風魔法によって作られた極太の棍によって打ち据えられていた。


 あまりの速度、あまりの威力、あまりの衝撃――。


 アスタロテの体は瞬時にくの字に曲がり、口腔から短い悲鳴を垂れ流しながら、そのまま大きく戦場の片隅へと弾き飛ばされる。


 ルーファスはその後も追撃の手を緩めずに、駆け出そうとして、すんでの所で足を止める。


 彼の目の前で起こったのは、視界を一瞬で覆うような強烈な黒煙の拡散。


 恐らくは、アスタロテの身につけていたフード付きのコートに何らかの細工が仕掛けてあったのだろう。


(チィ、風魔法で払ってもいいが、攻撃した瞬間を先の爆発で狙われてはたまらん!)


 視界を覆う程の黒煙が棚引き、ルーファスは第二、第三の爆発に備えるようにして、その足を止めて神経を研ぎ澄ます。


 やがて、黒煙が風によって散らされた時、ルーファスは口元を歪めて舌舐めずりをする。


 その視線の先には、大地に仰向けに倒れ、均整の取れた胸を上下させるアスタロテの姿があったからである。

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