93、湖畔の町防衛戦14 side洛 ~その気持ち、プライスレス~
宝貝とは――仙人が自らの持つ技巧と叡智を結集して作り出した摩訶不思議な道具のことである。
その形態は様々で、紙片にしか見えないものから、武器の形状を取るもの、果ては衣料品に至るまで、種類に関しては挙げるのに暇がない程である。
それには勿論、生物まで含まれる。
「何なんだよぉ~! アレはぁ~!」
「アレ? アレは泥呑だよ! けーちゃん!」
「私をちゃん呼びするなぁ~! それに、私はケーティだぁ~! 十二柱将が一人、魔獣姫のケーティ・ティアッサだ~! 馴れ馴れしく呼びかけるんじゃない~! そして、笑顔を向けるんじゃない~! もっとこう緊張感を――って、来た、来た、来たぁ~!?」
土煙を上げる程の爆走でケーティと名乗った十二柱将は走る速度を上げる。
その背後には、獏を酷く醜く巨大にしたような茶色の巨大生物が巨体を揺らしながら走る姿が見えた。
遠くから見れば、恐らくはボールにじゃれつく犬のように見えたことだろう。
だが、今回ボールの役割を果たしているのは、洛とケーティと僅かばかりの冒険者と魔族たちだ。
その巨体で戯れられたら堪ったものではない。
「おい、お前ぇ~! アレの飼い主だろ~! 何とかしろぉ~!」
ケーティが叫ぶが、洛は心底楽しそうに「えっほ、えっほ」と彼女と並走するばかりだ。
もしかしたら、彼女にとってはこの状況も、運動不足解消程度にしか感じていないのかもしれない。
「おい、聞いているのか~!?」
「聞いてるぞ! でも、泥呑、元々気性の穏やかな宝貝! 気が済むまで付き合ってあげるのが一番!」
「ふざけるなぁ~! お前が呼び出した動物だろうが~! ペットの責任はちゃんと飼い主が責任取れぇ~!」
「ペットじゃなくて、宝貝だよ! それに、泥呑に攻撃したらヒドイ事になるって、洛、最初に言ったぞ! それを無視して攻撃したのは、けーちゃんだ!」
「私の召喚獣の二千匹に対抗して、アイツを呼び出したら、それは召喚獣使いとしては対抗されたと思って攻撃するだろぉ~!? フツ~!?」
「洛は宝貝職人だから、その気持ちは良く分からないぞ!」
「ふざけるなぁ~! その結果、二千匹の召喚獣が全部アイツに食われたじゃないかぁ~!」
「泥呑は食いしん坊さんだからな!」
「やっぱり生き物じゃないかぁ~!」
「違う! 宝貝だぞ!」
ぐぬぬ、と唸るケーティの姿は洛と変わらぬぐらいに幼い。
実際、魔族としての年齢も若く、その歳でよく十二柱将になれたなと驚かれることも多い。
それが、ケーティにとっては心地良く、ひとつの自慢でもあった。
そして、それを成し得てくれたのが、彼女のユニークスキル【魔獣姫】であったのだが……。
……現状では完全に裏目である。
「私が召喚した魔獣二千匹だぞ~!? その辺の十二柱将が率いる雑兵とはワケが違うぐらい強いんだぞぉ~!? 何で、それが戦闘開始三十分も経たずに全滅してるんだよぉ~!?」
「泥呑は食べれば食べる程強くなるからな! それに自動修復機能も付けたから、ちょっと今では洛でも止められない感じだ! あははは!」
「笑い事じゃないんだよぉ~!? このトンチンカン~!」
洛を引っ叩こうとケーティが手を出すが、洛は笑いながらそれを避ける。
ケーティ・ティアッサ――魔獣召喚の分野にて天才的な才能を持つ彼女だが、一極特化型のためか身体能力は余り高くない。
それこそ、洛が余裕を持って回避できる程度だ。
「だいじょぶ、だいじょぶ! 後一時間も逃げ回れば、泥呑もきっと機嫌を直してくれるぞ!」
「本当だな~!? 本当に、本当だな~!?」
「うんっ、多分!」
「にこやかに不確定であると告げるんじゃない~!? アンポンタンか、お前は~!?」
ケーティの拳が加速するが、洛はひょいひょいと躱し続ける。
そんな少女二人が戯れる傍らを、速度を上げるでも落とすでもなく並走するのは、彼女たちの部下である冒険者と魔族たちだ。
普通に考えると、いがみ合い、殺し合いを始める展開が待っていそうなものだが、彼らの殆どはだらしなく鼻の下を伸ばしている。
(あぁ~、可愛いのが可愛いのと戯れとるんじゃあ~)
どうやら、彼らにとっては楽園のような光景が広がっていたらしい。
巨大生物に追われながらも、終始笑顔を浮かべて冒険者と魔族はマラソンを敢行している。
そんな中には、小さなお友達大好きな娼館三人組の一人、増岡の姿もあった。
彼は緩みきった冒険者や魔族とは違い、至極真面目な表情で洛とケーティの後ろを走る。
その表情からは、いつ魔族が襲ってくるか分からないといった緊張感が滲み出ているかのようだ。
「フッ、どうやら、ニンゲンにも出来る奴が居たようだな……」
耳まで口が裂け、黄色く濁った目を持つ魔族が感心したように増岡の隣を並走する。
かれこれ、十分以上は泥呑に追い掛け回されているはずだが、息一つ見だしていないところを見ると、この魔族も魔族側の実力者なのかもしれない。
増岡は、フッとニヒルな笑みを浮かべてみせる。
「並走したらどうです? そちらの方が洛ちゃんたちの天使の声が聞き取りやすいですよ?」
「馬鹿を言うな。お前の考えぐらい読めている」
「……と言いますと?」
増岡が余裕ぶった笑みで魔族を挑発するが、口裂け魔族も実に深い笑みを見せて返す。
「あれだけ、派手に走りながら戯れているんだ。いつかきっと転ぶはず――」
「そこをすかさず、お姫様だっこして救い出す――」
「「キュン、おにいちゃん、ステキ……」」
「…………」
「…………」
ピシ! パシ! グッ! グッ!
増岡と口裂け魔族は拳を軽く合わせてから、互いに固く握手を交わす。
「考えることは同じか」
「えぇ、チャンスを見逃さないようにしましょう」
二人は戦地に赴く兵の時よりも真剣な表情を見せて、その時を待ち侘びるのであった。
一時間後――。
「全然消えないじゃないかぁ~!」
「うん、消えないな!」
「お前、一時間前に消えるって言ったよなぁ~!」
「うん、言ったな!」
「嘘つきか~! このぉ~!」
「違うぞ!」
ケーティのポコポコパンチを躱しながら、洛は膨れっ面を浮かべる。
「けーちゃんが泥呑に追いつかれそうになる度に魔獣を召喚するから、泥呑が追ってきているんだぞ!」
「仕方ないだろぉ~!? 私は戦闘タイプではないんだぞ~!? 一時間も走ってれば流石に疲れるだろぉ~!? それこそ、追いつかれそうになっちゃうじゃないか~!」
だから、魔獣を召喚して泥呑の足を一時的に止めたのだ。
正直、そうでもしないと食べられてしまっていたことだろう。
少なくともケーティは本気でそう思っている。
「それがいけないんだぞ!」
「分かっているよぉ~!? 攻撃をして怒らせたってことだろ~!?」
「違うぞ!」
洛はきっぱりと断言する。
「けーちゃんのこと、餌をくれる優しい人だと勘違いして、追ってきてるんだぞ!」
「完全に勘違いされてるじゃないかぁ~!?」
半泣きになりながらケーティが駆ける横を、洛は涼しい顔で走り続けている。
「…………」
一時間ずっと巨大な宝貝に追い回されているにも関わらず、息一つ乱さない洛。
その様子に、ケーティは少しだけ疑問を持ったようだ。
確かに体力差はあるのかもしれない。
だが、あまりにも洛の体力が図抜けていないだろうか?
いや、そもそも洛だけではなく他の人間の冒険者にしたってそうだ。
彼らは洛と並走したり、途中で休憩を取りに行ったり――どうやら、泥呑の目標は完全にケーティに絞られたらしい――しているにも関わらず、大して疲れた様子が見受けられない。
魔族の中でもタフなものはまだペースを乱さずにいられているようだが、殆どの者は少し離れた場所で休憩を取ったり、足をもつれさせて転んで泥呑に轢き殺されている。
……ここまで来ると流石にケーティでも気付く。
「何か、おかしな事をしてないか? ニンゲン……?」
「ん? おかしなこと?」
「お前ら、余りに走るのが得意過ぎるだろぉ~!?」
「おぉ! その理由ならコレだな!」
「はぁ~?」
【防具】風火輪シューズ【伝説級靴】
防御力:一〇二四 耐久:五九二一 品質:最高品質
説明:洛淋と鈴木拓斗の共同開発で出来上がった靴。防御力よりも壊れにくさを追求しており、靴を履き潰すことが多い冒険者には嬉しい一品。また、浮遊石と呼ばれる仙人界の特殊素材を用いることで、風火輪同様速度上昇効果を得られる。速度+二〇〇〇。疲労軽減効果【中】。
「…………」
「これを洛の部隊とタクトの部隊に全配備させてるからな! 走って疲れることはあんまりないぞ!」
「ふざけるなぁ~!? ズルっこじゃないかぁ~!?」
怒髪天を衝くようにケーティが怒るが、洛はケロリとした顔で返す。
「けーちゃんが魔獣召喚士なように、洛は宝貝職人だからな! 宝貝職人には、宝貝職人としての戦い方があるんだぞ!」
「ぐぐぐぐぐ……ッ!」
歯軋りなのか何なのか、ケーティの口から悔しげな声が漏れる。
彼女が魔獣召喚に特化しているのなら、洛だって宝貝や道具の開発、作成に特化した能力を有しているのだ。
戦局を優位にするために魔獣二千匹を召喚するなんてマネは洛にはできないが、その代わりに戦局を優位にするための道具や宝貝なら千でも二千でも用意できる。
それが、洛淋という少女の戦場での戦い方であった。
「この靴、売ろうか?」
そして、洛は走っている最中にそんなことを言い出す。
まさか、そんな取引を持ちかけられると思ってもみなかったケーティは驚愕の表情を浮かべ、やがて推し量るようにして眉を顰める。
「何を考えていやがるぅ~!?」
「洛は最近職人だけじゃなくて、商売人にもなった! 高く売れそうな時に売るのは、商売人の基本だって、タクト言ってたから基本に則ったんだぞ!」
「足元見てやがるなぁ~!? チクショー!」
「別に要らないんだったら、いいんだぞ?」
「い、要らないなんて言ってないだろ~!? コラァ~!?」
洛が興味を失くしたようにそっぽを向くのを見て、ケーティは焦ったように言葉を重ねる。
確かに汚い交渉の仕掛け方だとは思ったが、別段、風火輪シューズが欲しくないわけではない。
というか、現状、喉から手が出るほど欲しい。
「い、いくらだぁ~……?」
「プライスレスだ!」
「売る気ないじゃないかぁ~!?」
「違うぞ! 対価は――」
そこで、洛は少しだけ真面目な顔をして、ケーティの瞳を覗きこむ。
「――この町の平和だぞ」
「それは、私にこの町に攻撃するなって言ってるのかぁ~!? 十二柱将であるこの私にかぁ~!?」
「……魔族だって生き物だ。死んだら何にもなんないぞ」
「私の命の値段が、町ひとつ分だとでも言うのかぁ~!?」
それが、安いのか高いのかは本人の取りように因るだろう。
だが、ケーティにその交渉は通じない。
(此処で命を拾った所で、町を落とせなきゃあ親父様に殺されるだろぉ~!? どっちにしろ、死んじゃうじゃん、私ぃ~!?)
考えろ、考えろ、考えろ――。
ケーティの思考がぐるぐると回転する中、そんな考えを見透かしたように洛が笑う。
「仲間の報復を恐れてるなら、杞憂だぞ!」
「なにぃ~!?」
「泥呑が町を襲わずに、けーちゃんを追いかけ回していたのは何でだ! 何で泥呑が町を襲わない!」
「それは、私に狙いを定めた――」
それもあるかもしれない。
だが、逃げる標的を狙うよりも、動かない町を狙って食い荒らした方が百万倍楽だし、効率的だろう。
「あるのかよぅ~!? あのバケモノすら躊躇する何かがあの町にぃ~!」
「ニシシ、泥呑も本能的に畏れる『フツーの人』が居るからな! 魔族を裏切っちゃった方がお得だぞ、けーちゃん!」
「お前、宝貝職人とか言っていなかったかぁ~!? それで、平気で裏切りを持ちかけてくるとか、腹黒過ぎだぞぉ~!?」
「職人であると同時に商人だ! ……でも、それ以上にこの町の住人だ! ですニャーの利益になることなら手段はあんまり選ばない!」
可愛い顔をしてなかなか恐ろしいことを言う。
それが、人と仙人としての価値観というか、物の見方の違いなのだろう。
過程ではなく、結果をとことんまで重視する考え方――。
ある意味、浩助にとっては心強い味方と言えるかもしれない。
だが、浩助にとって本当に喜ばしいことは、そういった味方が存在したことではない。
当初はモノ作りにしか興味を持っていなかったはずの少女が、今は町のためを考えて行動しているという事実が、浩助にとっては最も喜ばしい事なのではないだろうか?
「どうするんだ? けーちゃん?」
「私は――……」
ケーティは考える。
結論を出すには、まだもう少しの時間が掛かりそうであった――。




