92、湖畔の町防衛戦13 sideウエンディ ~孤高の関わり合い~
本日二本目。
たまには、連続更新も良いんじゃないでしょうか。
「愚かなり、我が姪よ!」
大剣が唸りを上げてウエンディを頭頂から真っ二つにしようと襲い掛かるが、ウエンディはそれを天秤のように構えた剣で受け、その勢いを左側へと逃し、バルムブルクの左側面へと回り込む。
左腕の、更に外側に逃げられてしまえば、バルムブルクも存分に剣を振るうことはできない。
バルムブルクは自分の不利を一瞬にして看破すると、通り抜けるようにしてその場を駆け抜け、一瞬でウエンディとの間合いを引き離す。
その直後を、ウエンディの剣閃が駆け抜け、バルムブルクの漆黒のマントが深く切り裂かれてバサリと翻るが、それだけだ。
……致命となる一撃は与えていない。
間一髪――、いや、バルムブルクにとっては余裕の回避というものか。
「ククク……」
まるで探り合いのような一合を経て、笑みを漏らしたのはバルムブルクだ。
彼は可笑しくて仕方がないとばかりに、ひとしきり笑うとビタリと堂に入った構えで大剣を構え直す。
「何を考えて儂の前に立ち塞がったのかは知らぬが、愚かにも程があるぞ、ウエンディ。……脚といえば、全ての武技の基本。それが不完全な状態で儂にわざわざ挑もうとは、自殺願望と取られても文句は言えまい」
「…………。叔父上だって隻腕だ。条件は五分に近いだろう」
「これだから、愚かだというのだ。隻腕でも武を極めた猛者は居る――。だが、脚はいかん。それをやってしまえば、武技はキレを失い、力は五割も出せぬであろう。それだけ、動きの基本は脚にあるということだ」
そんな事はバルムブルクに言われるまでもなく、ウエンディも理解している。
だが、それでも、ウエンディは足を止めてバルムブルクに挑みたかった。
いや、打ち合ってみたかった、というのが正しいのか。
ウエンディの瞳が、一瞬だけ郷愁の念を湛える。
(辛かった……。苦しかった……。戦場を一生懸命駆け抜けて、何処へ行っても敵も味方もなく、気の抜けない日々を続けてきた……。そんな年月の先に得たモノを叔父上に見てもらいたくて……、認めて貰いたくて……、だから、私は叔父上と足を止めて切り結んでみたかったのかもしれない……。叔父上ならきっと分かってくれると思って……)
心の師が英雄である自身の父親であるのなら、ウエンディの技の師は間違いなくバルムブルクなのだ。
そんな師に認めてもらいたいという気持ちが、勝敗の行く末に拘る執着を淘汰したとして、誰が責められようか。
彼女は自分が積み重ねたものを、バルムブルクに認めて欲しかったのだ。
それこそまさに、親の愛を求める子供のように……。
(戦場では、いつでも決死隊に組み込まれた……。私の実力が突出していて、手柄を取られるのを恐れた貴族たちの策謀だった……。私はそれでも文句を言わず、これも叔父上の教えであるところの戦場の経験だと考えて戦い続けてきた……。それは、私の心を荒ませ、人との輪に入る方法を忘れさせた……)
バルムブルクの膂力任せの一撃を、ウエンディは何とか受け流して凌ぐ。
即座に彼女は反撃に移ろうとするが、駆け抜けるようにして射程外に逃れたバルムブルクはニヤリと兜の奥で濁った笑みを浮かべていた。
(私は孤独だった……。何処の戦場に行っても一番危険な場所に放り込まれ、そしていつでも私だけが生き残った……。私は仲間と思っていた連中にも疎まれ……、貴族にも疎まれ……、それでも叔父上の教えを拠り所に戦ってきたのだ。戦って……、きたのだ……、叔父上……)
バルムブルクの息をもつかせぬ三連撃。
それら全てを、ウエンディは上半身を捻り、あるいは無理矢理脚を動かすことで躱し切る。
……脚の痛みが、また少しだけ増えた気がするのは気のせいではあるまい。
(叔父上は言ったな……、私は将としては失格だと……。仕方ないじゃないか……、私はいつだって独りだったのだから……。人を率いるなんてこともなく……、ただただ戦場に『殺されろ』と送り込まれる死兵だったのだから……、統率する方法など覚えられるわけがない……)
それは、ウエンディの出自にも関係したことだろう。
今も語られる英雄の娘といえば聞こえはいいが、裏を返せば、現魔王に弓を引いた最大の怨敵の娘という立ち位置である。
そんな者を重用して、現魔王の不興を買いたい者もいないだろう。
だからこそ、ウエンディは戦場で死地にばかり送り込まれ、その結果、様々な技に精通することになる。
……それこそ、彼女の望む、望まないに関わらずだ。
それは、彼女が数多の死地に飛び込んできた何よりもの証左とも言えた。
(私は独りだ……。きっとこれからも……。いや、キルメヒアぐらいなら一緒に歩んでくれるかもしれないな……。何にせよ、私が戦場で得てきたものを……、叔父上、貴方にも伝えたい……、その上で私は……)
「――頑張れ、ウエンディさん!」
突如として飛んできた声に、ウエンディの背筋が思わずピンっと伸びる。
そのせいで、バルムブルクの剣を受けるのが一拍遅れてしまったが、ウエンディは自らの技巧で上手く大剣の刃を滑らせていなしていく。
その彼女の視線はバルムブルクの後方、ボロボロになった鎧を纏う緒方の姿を捉えていた。
「俺でも耐えられたんだ! ウエンディさんなら、きっと勝てる!」
戦場に響く、朗々とした声。
その言葉に、何故だかウエンディの剣を振る速度が少しだけ上がる。
交えた刃の重さに、バルムブルクは思わず怪訝そうな表情を見せていた。
「何だ? 急に一撃が重くなりおった……」
「何だろうな? 私にも分からないよ、叔父上」
ウエンディは口元に薄く笑みを刻む。
戦場では余裕を見せるな、とバルムブルクには口を酸っぱくして言われていた。
余裕は慢心に繋がる。だから、程よい緊張感と集中力を保てと言われ続けてきた。
だが――。
「ウエンディさん、頑張って!」
「相手は腕一本ねぇんだ! アンタならいける!」
「有馬に比べたら何てことない敵だ。倒せない相手ではないはずだぜ、ウエンディさん!」
声が飛ぶ度、その者の力を少しだけ分け与えられた気がして、ウエンディの剣速は徐々にだが、確実に早くなっていく。
その様子にバルムブルクは攻撃の割合を少なくし、防御に重きをおかざるを得ない。
「――勝て! ウエンディさん!」
緒方の言葉に満面の笑みを刻みながら、ウエンディはバルムブルクに神速の七連撃を見舞う。
その半分以上を鎧に当てられたためか、バルムブルクは痛みに顔を顰める。
いや、彼の顔が歪んだのはそんな事のためではない。
「ウエンディよ……。御主、何故そこまで戦場で笑える!」
彼女はニッコリと天使のような笑みを浮かべて微笑むと、悪魔のような斬撃をバルムブルクに向けることで応えていた。
「……多分、嬉しいからだよ、叔父上」
ウエンディはぽつりと零す。
「嬉しい? 儂を斃すということが、か?」
「いや……」
ウエンディは少しだけ言葉を詰まらせ、照れたように小さく呟いていた。
「……ヒトとの関わりあいが持てたことを、だ」
それは、人という種を指す言葉だったのだろうか。
それとも、他人という意味合いの言葉だったのだろうか。
何にせよ、バルムブルクには戦場でそんな表情を浮かべることは一生掛かっても出来ないことであろう。
最も、彼の良く知る人物はそれを得意としていたのだが……。
(我が弟、コーウェンよ。御主の娘は順調に御主の後を継いでいるようだぞ……)
途端、ウエンディの体から力が抜け落ち、彼女はバランスを失ったかのように体勢を崩す。
それでも、倒れたり、隙を見せたりしなかったのは流石か。
不審げな表情を見せた後で、彼女は自分の体に何が起こったのかを知る。
「【宣告】が解けた……?」
「これで条件は五分だろう。我が姪よ……、いや『白銀の閃光』ウエンディよ! 貴様の全てを以って、この儂に挑んでこいッ! 捻り潰してやる!」
ビリビリと大気を震わす鬼気を全身に受けながら、それでもウエンディは実に充実した表情で頷きを返す。
「あぁ! 叔父上! 遠慮なんかしない! 全力で行くぞ!」
その爽やかさにバルムブルクは苦笑を漏らし、そして二人は何度目か分からない本気の斬り結びを開始するのであった。




